第116話 ランクアップ

 翌日になり、俺は正式にギルドと契約を交わした。


 ファモル草とギーオは旬など無く、一年を通して生えている。それでも、常にそこにあるとは限らない。


 意図せず依頼が不達成になってしまうリスクも有る。


 一年を通して生えているという情報はあくまでも、今まで採取してきた冒険者たちの経験から言われているだけだ。


 俺自身が、しっかり確認したわけじゃない。


 生えていないものは採取のしようがない訳で、これは依頼を出した側が悪い。そういった不測の事態の場合は、違約金を免除して欲しい。


 そうお願いしたのだが、ひとつ問題があった。


 実際にファモル草とギーオの群生地にたどり着けるのは、今のところ俺だけだ。俺が嘘をついたら、誰も確認できない。


 元冒険者のギルド職員に、群生地まで安全にたどり着ける方法を教え、その職員が確認するという条件も提案された。


 さすがの俺でも、自分の飯のタネを教えるほど馬鹿じゃない。その提案は却下させてもらった。


 いざ契約といった段階でゴネだした俺に、ギルド側が若干イラ付きを見せ始め、そのプレッシャーに負けた俺は仕方なく妥協案を飲んだ。


 若干報酬を増やし、違約金の額を下げる。


 違約金は法外な値段から、依頼5回分ぐらいの額へと減額された。それでも、通例よりはるかに高額だ。


 ただ、ギルド側に悪意は見られなかったように思う。


 薬師ギルドとの取引があるので、バックレられたり依頼を失敗されたくないという気持ちがあったみたいだ。


 俺をタダでこき使うというより、改善仕掛けている薬師ギルドとの関係が再び悪化するのを恐れているように感じられた。


 それなら、もっと俺に便宜を図れよ。そう思うが、特別扱いはできないらしい。


 冒険者ギルドが薬師ギルドに気を使った。風下に立ったと思われるからダメなようだ。


 特別扱いはしていないとアピールするため、俺への条件が厳しくなっている部分もあるのだろう。


 ギルドは通常の業務と同じく、ギルドとしての利益を追求しています。そんなアピールの割を食うなんて、フ◯ックな気分だぜ。




 それから週一の依頼を慎重にこなし、余った時間で狩りや鍛錬を行った。報酬が増え、宿と飯のグレードが上がり、生活が豊かになった。


 相変わらず、蟻塚地帯のプレッシャーは半端ない。胃がキリキリ痛み、皮膚がピリピリと痺れ、頭皮がずべずべと後退する。


 そんなストレスを解消するため、俺は生活環境の向上を目指した。


 装備と違約金のために金を貯めなければいけない。そんなことはわかっているが、これ以上ストレスを溜めると、毛根が死に頭皮と『こんにちは』してしまう。


 フカフカのベッドで眠り、うまい飯を食い、風呂に入る。高級品である、メガド帝国産の石鹸を使い体を綺麗にする。


 パピー用にブラシも買った。毛が千切れたりしないように、絡まった毛をブラシで解していく。


 高級石鹸で綺麗に洗われたパピーの毛は、ブラッシングすると艶やかさを取り戻し、ビロードのような滑らかな肌触りになる。


 ブラッシングが気持ちいいのか、若干アヘ顔になっているパピーを愛で、ブラッシングが終わりピカピカになった毛並みを堪能する。


「わふぅー」


 ブラッシングからのナデナデ攻撃で緩みきったパピーは、完全に野性を失っていた。可愛すぎて鼻血がでそう。もっと早くブラシを購入すればよかった。


 そんな風に緩みきった宿での生活と、常に死が隣り合わせな森での生活。両極端な生活をこなしながら、着実に依頼をこなしていく。


 蟻塚地帯や、ファモル草近辺の香りトラップにもすっかりなれ、宿で贅沢な生活をしていてもかなりの金銭が懐に手に入るようになった。


 そうすると、金に群がる金蝿共が寄ってくる。


 定期的に依頼を受けるということは、行動のパターン化を意味する。行動パターンが読めれば、尾行や待ち伏せが容易になってしまう。


 今回で四回目の依頼。ギルドで受付を済ませたが、さっそく尾行されていた。ギルドから二人。門を出た先で更に二人。


 どこぞのギルドの回し者なのか、冒険者個人で行っているのか。どちらにせよ、俺ほどではないが森歩きに慣れた、それなりに腕のいい男たちだった。


 そいつらは一定の距離を空けて俺を尾行してくる。


 森で俺を殺害して金品を奪う。そんな、短絡的な目的ではなさそうだ。これだけ腕がいいなら、真っ当に依頼をこなしても稼げるはず。


 おそらく、俺が安全に深層から帰ってこれるカラクリを探りにきたのだろう。


 どう見ても弱そうな俺が、ベテランでも命を落とす深層に向かい無傷で帰ってくるのだ。俺の能力が優れていると判断するより、なにか『秘密』があり、楽に依頼をこなせるのではないか? そう考えているのだろう。


 冒険者ギルドと薬師ギルド。トゥロンの町で大きな権力を持つ両ギルドへの伝が欲しい人間は山ほどいる。


 俺の『秘密』を探り、俺を殺して自分たちが後釜に座るつもりなのかもしれない。逆に言えば『秘密』を探るまで俺に手は出せない。


 両ギルドが絡んだ依頼をこなしている俺に手を出せば、どんな報復措置が取られるかわかったもんじゃないからだ。


 ここで俺を殺し依頼品の供給を断つということは、ようやく歩み寄りを始めた両ギルドの顔に泥を塗る行為に等しい。


 俺が行方不明に慣れば、森で勝手にくたばったなんて判断はされず徹底的に調査されるだろう。


 そうなると、犯人たちに待っているのは身の破滅だ。


 見せしめとして、とんでもない目に合わされる可能性は高い。『犯罪者崩れ』が多く所属している冒険者ギルドと『薬品』を取り扱う薬師ギルド。


 犯罪者と薬品のコラボによる見せしめなど、想像するだけで玉がヒュンとなる。


 尾行している奴らは、俺の『秘密』を盗み、自分たちが俺の代わりに採取依頼を確実にこなせるようにならない限り、俺に手を出せないって訳だ。


 もっとも、俺に『秘密』などないので、全くの無駄足になる。


 とはいえ、短絡的な行動に出ないとも限らない。警戒はする必要がある。ただでさえヤバイ森なのに、余計なことに意識を向けないといけない。


 少しうまく行っているとこれだ、まったく嫌になる。


 いっそ、皆殺しにするか? いや、得意の森とはいえ、流石に人数差がキツイ。パピーを頭数にいれても2対4。


 相手は腕のいい冒険者だ。無理に仕掛けるにはリスクが高い。


 深層に入った瞬間、一気に木の上を移動してまいてしまおう。





 結局この日の依頼も、無事完了。尾行してきた冒険者たちは、観察するだけで俺に手は出さなかった。


 ただ、常に監視されているという精神的なプレッシャーは俺の精神を削り、頭皮を後退させていく。


 やっぱり、殺そうかな……。


 そんな物騒な冗談が飛び出すぐらい、尾行にストレスを感じていた。


 ただ、異世界で揉まれた俺の精神はそこまでやわじゃなかったようだ。五度目の依頼。これが成功すればランクアップできる大事な依頼。


 そんな事情は知ったこっちゃないと言わんばかりに、今日も尾行を続ける冒険者たち。俺はこの状況をむしろ鍛錬に活かすことにした。


 あいつらは、ギルドという強力な盾に守られた俺に手出しはできない。その状態を利用して、冒険者たちの追跡をかわす練習を始めた。


 逆に俺が特定の冒険者を追跡したり、モンスターを誘導してけしかけたりと、色々試させてもらった。


 そうやって、深層に向かわず二日ほど森で鍛錬を重ね、疲弊してきた冒険者たちを深層で一気に引き離す。


 深層では特にトラブルもなく、いつも通り依頼をこなしていく。




 今回も無事、依頼を終えトゥロンの町に帰ってくることができた。記念すべき5回目の依頼達成だ。


 なにかトラブルに巻き込まれる前に、とっととギルドへの納品を済ませてしまおう。


 ギルド内に入ると、納品するためギルドカウンターに向かう俺を睨みつける冒険者たちがいた。


 どうやら、途中で諦めて帰ったようだ。


 そんなに睨んだら、尾行しているのは自分たちです。そう宣伝しているようなものじゃないか。俺はとびっきりの笑顔で冒険者たちを見る。


 顔を真っ赤に染めて俺を睨みつける冒険者たち。おちょくられたと思ったのだろう。だが、俺は真剣に鍛錬をしていた。


 気配隠蔽のON/OFFを切り替えて冒険者たちを誘導したり、特定の冒険者をストーキングしてあえてプレッシャーを与えたり。


 俺の森での能力もある程度バレたが、実にいい鍛錬になった。


 追跡するのには慣れていても、自分たちより能力が優れた相手に追跡されるのは慣れていないみたいだ。


 上手く立ち回れば、俺ひとりでもアイツらを始末できるかもしれない。


 リスクが高そうなので、できればやりたくはないが……。


 


 今回の依頼達成で、めでたくランクアップする予定。さらに、一流の武器職人に紹介状を書いてもらえる。


 今までの依頼をこなした分。盗賊村での臨時収入を宝石に変えた分。違約金の支払い分を取り除いても、かなりの金額を所持している。


 黒鋼のナイフに文句はないし、見てくれは悪いがこの革鎧も上物だ。裸足で行動することにも慣れている。それでも、新しい装備というのは胸が躍る。


 懸念点があるとすれば、俺のみすぼらしい格好と冒険者にしては低い身長か。


 頑固な職人気質の鍛冶師なら、てめぇなんぞに装備なんか作れるか! なんて怒鳴ってきそうではある。


 まぁ、ギルドからの紹介状があるため、そこまで無下にはされないはずだ。


 せっかくの機会だ。金に糸目は付けない。楽しいショッピングと行こう。




 完璧な営業スマイルのまま、定型文の祝辞を述べ、木製から金属製になったギルドタグを渡してくるクールさん。


 俺は受け取ると感謝を告げる。予め用意してあったと思われる紹介状を受け取り、笑顔でギルドを後にする。睨んでくる冒険者の顔など、すでに眼中にない。


 スキップしたくなる気持ちを抑え、俺は教えられた鍛冶師の工房へと向かった。

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