第115話 違約金の罠
品薄状態の素材を定期的に納品できる人材。
それだけで、ギルドに対する俺の価値はかなり上がったはずだ。
ファモル草とギーオは、運が良ければ入手できる素材から、納品スケジュールがしっかり組める素材へと変わる。
処理に準備のかかる素材らしいので、スケジュールの組みやすい定期的な納品は大歓迎だろう。
ズルズルと都合のいいように扱われるのは御免だ。ここでしっかりと、自分の意志を表明する必要がある。
「定期的に採取が可能というのは、本当でしょうか?」
落ち着きを取り戻したクールさんが聞いてくる。
「はい、慎重に行動すれば可能だと思います」
「そうですか……」
クールさんは人差し指を顎に当てて、思案している。クッ、あざと可愛い。
「それが本当なら、素晴らしいことだと思います」
「本当なら、ですか?」
「はい、一度成功されたからと言って、次もまた成功するとは限りません」
「実際に採取を成功させていますよね?」
「大変失礼ですが、一度だけなら偶然成功することもあると思います」
うーん。いちゃもんを付けているというより、俺の信用度が低いから話を真に受けることはできないと……。
ビギナーズラックで偶然成功した奴が、イキって楽勝! とか言ってると思われてるっぽい。
もしくは、依頼主に事前準備が必要な依頼なため、慎重になっている可能性もあるな。
定期的に納品出来ますという話は、当然依頼主にもつたわる。
俺が次に採取依頼であっさりくたばれば、話が違うじゃないか! と依頼主に詰められる可能性が高い。
そうなると、話を持ち込んだクールさんの責任になってしまう。
やはり何度か採取依頼をこなして信用を勝ち取るか? 定期的に採取依頼をこなし、実力を証明してからの方が交渉はスムーズに行ったかもしれない。
でも、何回依頼をこなせば信頼されるのだろうか? 信頼を得るには何か月もかかることも十分考えられる。
その頃には素材のストックも豊富になり、結局交渉が不利になってしまう。多少強引でも、今のうちに上手く話をまとめるしかない。
「次も採取を成功させて実力を証明します。そのかわり、条件があります」
「条件ですか?」
笑顔のまま、不快さを滲ませるクールさん。
「採取依頼が成功するたび、ギルドの貢献度として認めて頂きたいのです」
「貢献度としてですか……」
「具体的に言えば、あと5回採取依頼を成功させたら、ランクアップを認めて頂きたいのです」
「ランクをギルドが認定するということは、人品を保証するということです。5級に相応しいとギルドが判断した人材が、それに相応しい実力や人格を有していないと、ギルドが批判されてしまいます」
そういうと、クールさんが眉をしかめる。
「信頼を築くには時間が掛かります。わずか5回の依頼達成で、人品を保証するのは難しいかと……」
「それでも、特別な貢献をした人には、特別な対応をしてもいいのではありませんか?」
「確かに、ファモル草とギーオは入手が難しくなっていますし、それなりに高価です。ですが、ギルド全体の利益から見れば微々たるものです」
クールさんはヤレヤレといった感じで、首を振る。意外とベタなリアクションをする人だな。
「確かに、金で考えれば特別扱いするほどの利益はないでしょう。ですが、金には替えられない利益があるはずです」
「具体的にはどのような利益でしょうか?」
「薬師ギルドとの関係改善ですよ」
俺がそう言うとクールさんの顔から表情がスッと消えた。今までの表情の変化やリアクションは演技か……。
何が狙いだったのか分からないが、何かを仕掛けていたんだな。クールさんの意図が全然わからねぇ……やっぱり俺に交渉はむいていない。
ゴンズの気持ちが少しだけ分かった。ぶん殴って言うことを聞かせたほうがはるかに早い。
そして、楽だ。世の中から暴力が無くならない訳だよ。
もちろん、暴力で人を支配するつもりなどない。
しかし、このまどろっこしいやり取りは精神を削られる。極端な数字でなければ、別に5回だろうが10回だろうが構わない。
ゴールが見えていない状態がキツイんだ。
42.195キロ走れって言われたら死ぬほど嫌だけど、頑張ればいつか終わる。終わりが見えるから、きっとゴールまで頑張れる。
だけど、ゴールも分からずひたすら走り続けるなんて俺には無理だ。
こんなにキツイ世界で、そんな拷問みたいな状態で命懸けの依頼をこなし続けるなんて、俺には絶対に耐えられない。
なんとしてでも、明確なゴールを設定する必要がある。
ギルドやクールさんを敵に回さないように気を付けながら、ランクアップまでの明確な条件を決定させる。それが交渉の最終目的だ。
なるべく労力を使わずとか、短い期間でなんてのはあまり重要視していない。
だけど、その部分にこだわりをみせて、最終的に譲歩すれば恨みは買いにくい。
条件を飲まされたと思うと、腹が立つ。
だけど、逆にコッチが有利な条件を突きつけてやった。そう思わせられれば、穏便にことが運べる。
相手の望むものをちらつかせて、本当に自分が欲しいものは隠す。言葉にすると簡単そうだが、
胃がキリキリ痛むが、ここが正念場だ。気合を入れて交渉しなければ……。
表情が消えたクールさんとのやり取りは、意外とスムーズに終わった。報酬は今回と同じ額。週に一度の納品。量は取引先と相談して決める。
5回達成でランクアップさせるが、その後も継続して依頼を受ける。
期間は最低でも3か月。ファモル草とギーオの採取依頼が突発的に発注されたら、優先して依頼を受ける。
完全にギルド優位の取引になった。
だけど、俺の望みは叶っている。依頼の成功率を上げるためにも、装備を更新するために早くランクアップしたい。そうゴネたら、5回でランクアップしてくれることになった。
さらに、トゥロンで一番の腕利きと噂されている鍛冶師と革職人への紹介状も書いてくれるそうだ。
俺の目的は完璧に達成され、クールさんもギルドに有利な条件で契約をかわすことが出来た。
お互い目的を果たせた状態だ。これが
懸念点があるとすれば、違約金の高さだ。
社会的信用度がゼロの冒険者が、高額商品をやり取りするときは必ず高額な違約金が設定されるらしい。
突発的な単体依頼ではなく、定期的な依頼となると多くの人が関係してくる。
納品先の薬師ギルドも、素材が手に入らないければ薬が作れない。わざわざ薬効の高い新鮮な素材で作るのだ。
納品先は、裕福な商家や貴族になる可能性が高い。
社会的地位の高い人間に、商品が用意できませんでした。などと言えば、どのような不利益が発生するのだろうか……想像するだけで恐ろしい。
俺が依頼を失敗したり、とんずらこいて逃げればケツを拭くのは冒険者ギルドだ。
根無し草の冒険者の保証人になるのは、めちゃくちゃリスクの高い行為だと思う。それを考えると、5級冒険者認定を渋る気持ちは理解できる。
ギルドの取り分も、税金込で4割というのは妥当なのかもしれない。
いや、妥当じゃねぇな。流石に4割は取りすぎだろ。
トゥロンのギルドがよそのギルドと比べて特別高いって訳じゃないが、改めて考えるとギルドの取り分えぐいな。
まぁ、社会的信用度ゼロの冒険者が仕事にありつけるだけ『ありがたい』と思わないといけないのかもしれないが……。
時代や場所。なんなら、世界が違っても弱者が搾取される構図は変わらないらしい。
はぁ、俺もいつかは『搾取する側』になれるのかねぇ……。
依頼失敗の違約金はとんでもない額で、ミスれば奴隷落ちは確定だろう。町から逃げた場合は、ギルドのネットワークを通じて手配書が回るらしい。
他国や他領へ逃げ込めばなんとかなりそうだが、しばらくは逃亡生活になるのは避けられない。
もう山での逃亡生活はこりごりなので、依頼をしっかりこなすとしよう。
交渉を終えた俺は、フルボッコにされた感を出してとぼとぼ歩く。
今の俺の姿をみれば、馬鹿な冒険者がギルドの受付嬢に交渉でボコボコにされたように見えるだろう。
しょんぼりしたまま歩き、ギルドを出て周囲に人気が無いことを確認してからガッツポーズをした。
うまくいった。個人的には最高の結果だ。
ランクアップも早く出来そうだし、紹介状まで書いてもらえる。報酬の金額も保証されている。
色々ギルドに有利な条件を付けられたが、その程度でクールさんやギルドを敵に回さないで済むなら軽いもんだ。
やはり、薬師ギルドのあたりをつついたのが良かった。
ギーオは魔法媒介なので、貴族が関わってくる。平民の底辺、冒険者の俺が近付くのは不可能だ。
だけど、薬師ギルドは平民出身者も多い。ギルドを通さず直接の納品することも可能だ。
そうやって、薬師ギルドとパイプを作る。
そして、薬師ギルド経由で冒険者ギルドに圧力を掛けてもらう。こちらも交渉が大変だし、冒険者ギルドと敵対してしまうので選びたくはない。
だけど、その選択肢もあると匂わせた。
元々、冒険者ギルドと薬師ギルドは関係が悪化していた。
ファモル草の採取依頼を出しても、納品されないことに怒ってる薬師ギルド。
報酬の額が低すぎるから依頼がこなされないのに、文句を言ってくる薬師ギルドにうんざりな冒険者ギルド。
お互いの意見がぶつかり、関係が悪化していた。
どちらも権力を持っているギルドだ。
冒険者という武力。冒険者から徴収する税と素材の販売で多額の利益をもたらす冒険者ギルド。
教会の回復魔法では治せない、病気を治せる唯一の存在薬師。
金も権力も持ち合わせている貴族が、一番恐れているのは病気だ。
大抵の願いが叶う権力者が最後に行き着く思いは『死にたくない』、それに尽きる。
地球でも、権力者たちは不老不死を求めた。
この世界でも権力者は自分の命が大事で、病気を治療できる薬師に一定の配慮をしている。
底辺の集まりだが、武力と金がある冒険者ギルド。貴族という強力な後ろ盾と、健康という誰もが望むものを提供する薬師ギルド。
武力と金。後ろ盾と民衆の支持。種類は違えど、どちらも強力な権力を有している。
冒険者ギルドが採算度外視で採取依頼を出せば採取は可能だろう。薬師ギルドが報酬を上げれば、腕のいい冒険者が採取してくれるはずだ。
だが、お互いの面子が邪魔をして譲歩できない状態になっていた。
町のチンケな情報屋ですら知っていた情報だから、冒険者ギルドと薬師ギルドの対立は有名なんだろうな。
対立するより、協力した方が利益は得られやすい。揉めてもろくなことがないとお互い知りつつも、面子が邪魔をしていた。
そこに俺が現れた。
ギルドに掲載されている条件で依頼をこなす人物だ。どちらも譲歩せず、お互いの目的が達成できる。
ある意味俺は、お互いのギルドの架け橋になる存在って訳だ。
交渉が苦手な俺でも、強力なカードが手元にあったおかげで、なんとか交渉をまとめられた。
いやー、運がいい。最初はどうなることかと思ったが、なんとかスムーズにランクアップできそうだ。
スキップでもしたいぐらいいい気分で町を歩いていると、恐ろしい可能性に気付いた。
冒険者ギルド側が、俺の依頼を妨害。俺は違約金を払えず奴隷落ちになる。奴隷になった俺をギルドが購入。そうやって、無料で俺をこき使う。
うわぁ……最悪な展開だ。
流石に、しばらくは大丈夫だと思う。せっかく薬師ギルドと関係改善が進んでいるのに、すぐに依頼を失敗させると揉める原因になる。
だが、ある程度需要が満たされればどうだろう? 俺の利用価値が薄くなれば、薬師ギルドとある程度関係が改善されれば……。
さっきまでのハッピー気分は一気に吹き飛び、嫌な汗が背中を濡らす。
しばらく猶予はあるが、楽観視はしていられない。猶予があるうちに足場を固める必要がある。
衛兵たちとの関係強化が必要だな。薬師ギルドにもすり寄ったほうがいい。
あとは……裏ギルドに頼ることも視野に入れるか。リスクが高いので、できれば関わりたくない相手だが。
ひとつの出来事が解決すると、そのたび問題に直面する。
まったく、くそったれな世界だぜ。
俺は鉛のように重いため息を吐くと、頭に浮かんだ最悪の未来を振り払う。
さっきまでハッピーだったのに、今は地獄に落ちたような気分だ。これはあれだな、パピーをモフって癒やされるしかねぇ。
軽い現実逃避をしながら、俺は足早に宿へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます