第114話 クールさん

 草原から飛び出してきた深森狼フォレスト・ウルフは、速度を落とさず走り続ける。


 木の上にいる俺との距離が縮まった、そのときだった。


 加速をそのままに、俺の登っている木とは関係のない木に深森狼フォレスト・ウルフが飛び込む。


 そして、その木を後ろ足で蹴り、俺の方へと飛びかかってきた。所謂いわゆる三角跳びというやつだ。


 その速度と行動に驚いたが、それは悪手だ。俺は冷静に脇腹に仕込んだ棒手裏剣を投げつける。


 空中では、体の位置を変えることができない。棒手裏剣は回避できないはずだ。


 ズドっと重い音を立てて、棒手裏剣が眼球に深く突き刺さった。高速で飛び込んだことが仇となったようだ。


 棒手裏剣は、恐らく脳まで達している。


 深森狼フォレスト・ウルフの体から力が抜け、だらんと弛緩した深森狼フォレスト・ウルフの死体が勢いよくこちらに向かってきた。


 俺は体をひねり深森狼フォレスト・ウルフの死体をかわす。その隙を付くように、4体の深森狼深森狼フォレスト・ウルフがそれぞれ別方向から飛びかかってきた。


 木の上は足場が狭い。これでは、ろくな回避行動が取れない。俺は慌てて棒手裏剣をもう一本投げる。


 投擲スキルによって放たれた棒手裏剣は、愚直にまっすぐ進んでくる深森狼フォレスト・ウルフの頭骨を突き破り脳を破壊する。


 遠距離攻撃で対処出来たのは、そこまでだった。


 俺の首筋に向かって、3体の深森狼フォレスト・ウルフが牙を突き立てようとする。


 そのとき、俺のフードからパピーが飛び出した。俺の肩を蹴り、深森狼フォレスト・ウルフへと飛び込んでいく。


 弾丸のように加速したパピーは、深森狼フォレスト・ウルフの首筋に噛み付き、そのまま絡み合うように落下していった。


 パピーの心配をする余裕もなく、残る2体の深森狼フォレスト・ウルフが目前まで迫っている。


 俺は右足を半歩踏み込み、サウスポーにスイッチしながら縦肘で深森狼フォレスト・ウルフの顎をカチ上げる。


 そのまま即座に反転。後ろ足の左足に体重をかけオーソドックスにスイッチしながら、縦肘で振り上げた状態の拳を鉄槌で落とす。


 前腕に力を入れるのではなく、背筋を絞りながら肩を支点に振り下ろす。メギャっという、肉を打つ音と骨が砕ける音が同時に響く。


 鉄槌で頭骨を砕かれた深森狼フォレスト・ウルフは、頭が変形し、眼球が飛び出していた。


 パピーを確認すると、頸動脈を食い破られ出血している深森狼フォレスト・ウルフを、少し離れたところで警戒しながら見ている。


 無理に止めを刺そうとせず、失血死するまで待っていたようだ。


 縦肘を食らわせた深森狼フォレスト・ウルフは、顎が砕けていたが、まだ息があった。


 棒手裏剣を投げ止めを刺す。


 毛皮を剥ぎたいが、荷物になる。それに、血の匂いに誘われてモンスターが集まってくる危険がある。


 俺は手早く棒手裏剣を回収してその場を離れた。



 深森狼フォレスト・ウルフの毛皮には正直未練を感じるが、まだ森の深部だ。危険な蟻塚地帯も待っている。


 リスクを回避するための、正しい行動だと自分に言い聞かせ欲を押さえつけた。


 その後、慎重に移動を続け、日が暮れる前に一泊した野営地へとたどり着く。


 周辺で川を探し、血の匂いを洗い流す。パピーの口元は血でべっとりだったので、しっかりと洗った。


 しかし、パピーは強いな。


 不意打ちとはいえ、自分の何倍もある深森狼フォレスト・ウルフを仕留めていた。


 可愛くて強いとか最高じゃないか。


 深森狼フォレスト・ウルフとの戦いで変なテンションになった俺は、パピーをモフりまくった。


「よーしよしよし、いい子ですねー」

「ひゃんひゃん」


 最初は喜んでいたパピーだったが、しつこく撫ですぎたようだ。回路パスを通じて、怒られてしまった。すまぬ、パピー。


 夜になり、パピーと交代で仮眠を取る。


 夜の森は相変わらず不気味だ。木々に月明かりは遮られ、自分の手元すらろくに見えない暗闇に包まれる。


 時折、モンスターの餌になった生物の断末魔の声が響く。完全にホラー映画の世界だ。


 全く恐怖心が浮かんでこないわけじゃないが、闇にも少しずつ慣れてきた。気配察知と五感強化で周囲は確認できる。


 見えない、わからない、という最大の恐怖から開放された俺は、かなり闇に適応している。


 闇の住人か、ふふふ。


 そんな中二病的なことを考えていると、神にいじられると気付いた俺の額から汗が流れる。


 やべぇ、これ以上変な称号を増やされちゃたまんねぇや。


 暇だからといってアホなことを考えるのは止めよう。神の『いじり』を恐れた俺は、真面目に今日の総括をすることにした。


 蟻は確かにヤバそうだが、こちらから刺激をしなければ比較的おとなしい感じだったな。


 木から木へと飛び移る移動方も安全にこなせそうだ。


 ファモル草の群生地は、やべぇトラップが仕込んであった。


 しかし、あの罠は所謂いわゆる初見殺しだ。からくりさえわかっていれば対処は簡単。甘い匂いも、意識を強く持てば耐えられる。


 懸念だった深森狼フォレスト・ウルフも、リーダーなどの上位種がいなければ十分対処は可能だった。


 スピードは厄介だったが、やはり耐久力がない。格下の相手ということもあり、無傷で倒すことが出来た。


 もちろん、木の上という有利ポジションでのことだが。


 普通に姿が隠れる平原や、深森狼フォレスト・ウルフが縦横無尽に動き回れる森の地面なら苦戦は必至かもしれない。


 三角跳びを併用して、立体的な攻撃を仕掛けてくる深森狼フォレスト・ウルフとか想像しただけで恐ろしい。


 だが、木の上でなら十分対処は可能だ。


 森の深部へ向かう採取依頼。確かに危険な塩漬け依頼だが、これなら定期的に採取依頼をこなせるんじゃないか? そう思えた。


 採取する素材は、薬の材料や錬金素材として利用される。つまり、消耗品だ。需要のバランスにも依るが、定期的に依頼が出る可能性がある。


 危険な格の高いモンスターの討伐や、ヤバイ噂のある貴族の依頼。


 そんな死にフラグビンビンな依頼ではなく、採取依頼だけで貢献度を貯めることができるかもしれない。

 

 交渉によっては、意外と早くランクアップできる可能性がある。



 

 朝になり、何時ものように準備をこなす。後はトゥロンに帰るだけなので、泥は塗らない。


 お家に帰るまでが冒険だ。


 俺は最後まで気を抜かず、森を移動した。


 森を抜け、町へと向かう。しばらく歩き、冒険者ギルドに近い東の門に到着した。門番に笑顔で挨拶をして、木札を見せる。


 軽い身体検査が終わり、衛兵に礼を言って町へと入った。


 冒険者ギルドに入り、クールさんの担当している受付へと向かう。中途半端な時間だったおかげで、待ち時間は少なかった。


「いらっしゃいませ、どのようなご用件でしょうか?」

「採取依頼が完了しましたので、品物の確認をお願いします」

「依頼完了ですか?」

「はい」


 クールさんがどういう反応をするのか楽しみだったが、相変わらずクールだった。表情は笑顔で固まっている。


 笑顔なのにクールな印象を与えるとか、クールさん恐るべし。


 笑顔ってなんだろう? そんな哲学的な思考に陥る前に、採取した依頼品を見せる。さすがに何か反応があるはずだ。


 俺は顔がニヤけないように気を付けながら、採取したファモル草とギーオをカウンターの上に置いた。


 クールさんは丁寧に品物を確認する。


「確かに、依頼にあったファモル草とギーオです。確認致しました。依頼の数より多いですが、余った分はギルドで買い取りさせて頂きます」


 オッフ、めっちゃクール。


『貴方が依頼を完了出来るなんて思いませんでした』とか『どのようにしてこれらの品物を用意したのですか?』とか『実は凄腕だったんですね。素敵! 抱いて!!』とか、何かリアクションがあるでしょう、クールさん。


 顔色ひとつ変えないとか、さすがに予想外だわ。


 俺は余った分の買取価格を聞き、それでお願いしますと小さくつぶやいた。クールさんの牙城は崩せなかったようだ、さすがクールさん。


 用件が済んだらさっさと失せろ。言葉には出していないが、クールさんの笑顔が雄弁に語っていた。


 謎の敗北感を味わいながら、カウンターを離れようとして気付いた。ファモル草とギーオは、まだ需要があるのか確認していなかった。


「実は、ファモル草とギーオ。定期的に採取出来そうなんですが、需要はありますか?」

「え? 本当ですか!」


 クールさんの表情が崩れる。謎の達成感。やべぇ、超嬉しい。


 運が良ければ一回ぐらい採取できるかもしれない。ただ、定期的に採取出来るというのは、完全に予想外だったのだろう。


 交渉次第で、ランクアップまでの具体的な条件を提示させることが出来るかもしれない。何時までも良いように使われるのは御免だ。


 クールさんが動揺している今がチャンス。


 ギルドの欲しいものを供給出来るのは、今のところ俺だけ。圧倒的に有利な立場だ。さぁクールさん、俺とお話しましょうか。

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