第106話 群れ
眠りから目覚めると、ストレッチで身体をほぐす。ストレッチを終えると、階段を下りて井戸水で顔を洗う。
その後、食堂で食事を受け取りパピーと朝食を食べる。食事を終えた後は、しっかり歯を磨く。
パピーは歯を刺激されるのが気持ちいいのか、うっとり目を細めながら俺に歯を磨かれている。
お利口さんなパピーを愛で、腹がこなれてきたところで出かける準備を開始。
いつもと同じ朝のルーティーンを終え、装備と荷物を整え宿をでる。昨日は情報収集のため、遅くまで起きていた。
寝不足で少しだるいが、パピーをフードに入れて冒険者ギルドへと移動する。
掲示板の依頼票は、すでに少なくなっていた。少し寝坊してしまったようだ。美味しい依頼はなさそうだ、常設依頼の食肉の買取を狙う。
依頼票を取ると、受付嬢に渡す。門で見せる木札を受け取り、人混みをすり抜け門へと歩いた。
ランクアップには塩漬け依頼をこなさないといけないが、それ以外の普通の依頼を受けれないわけじゃない。
体を鈍らせないためにも、定期的に森へ入る必要がある。初めてトゥロンに入ったときとは別の、東側の門から町をでた。
最初からこっちの門を通っていれば、嫌な思いをせずに済んだのではなかろうか……。
そんな風に思ったが、あの最低な経験も俺の糧になっているはずだ。
俺は気持ちを切り替え、森へと向かう。
気配察知に反応はない、尾行はされていないようだ。俺は移動速度を上げ、駆け足で移動を続ける。
受付嬢から塩漬け依頼を押し付けられたとき、別の町でランクを上げようか迷った。
だけど、ここから一番近い大きな町グラバースは、ゲイリーを殺したせいで近付けない。どんなトラブルに巻き込まれるかわからないからだ。
更に遠くの街となると、かなり時間が掛かる。それに、その町でも同じ扱いを受けるかもしれない。
別の町に移動してランクを上げ、トゥロンの町に戻って装備を作る。この方法も考えたが、時間が掛かる。
別の町に移動しても同じかもしれないし、更に酷い扱いを受けるかもしれない。
すんなりランクアップしてくれる大きな町を探すまで、各地を転々としながら、教会にレベルスフィアを使用する謝礼を払い続けるのも大変だ。
それなら、多少大変でもこの町でランクを上げたほうがいいと判断した。それに塩漬け依頼のなかに、結構な数の採取依頼があった。
森での移動が得意で気配系のスキルを持っている俺なら、戦いを避けながら森の奥地に入って採取をこなせるかもしれない。
塩漬け依頼の採取系は報酬もよかったので、報酬が釣り合わないのではなく、難易度が高いから塩漬けなんだと思う。
うまいこと依頼をこなせれば、金が儲かりランクも上がる。やって無理そうなら、そのときこそ別の町に行けばいい。
どうせ誰もやらない塩漬け依頼だ。素直に受ける義理もない。
失敗しても違約金を払わなくていいとか、こちらからも色々注文を付けてみよう。うまくいけば、あのムカつく受付嬢たちを少しは見返せるかもしれない。
今日は森の様子を見て、食肉をゲット。人気のないところで空手や野人流小刀格闘術(笑)の鍛錬もしたい。
ただでさえ、自分の名前が付いた痛いスキルなんだ。そこに(笑)とか恥ずかしすぎる。スキルレベルが上がれば、(笑)が取れるかもしれない。
確証はないが、努力はするべきだろう。
パピーも最近は宿の部屋で窮屈な思いをさせていた。今日は森で思う存分動き回って欲しい。
そんな事を考えながら、体感で一時間ほど移動。
川を見つけ、全身を綺麗に洗う。体や荷物にハーブを擦り付け、準備を完了する。ここからはモンスターの領域。油断せずに進むとしよう。
トゥロンから見て北の森。この森に来るのは初めてだ。木々は青々と茂り、木漏れ日が差し込む。鼻に感じる香りは、いつもの森の香りだった。
この森に来るのは初めてのはずなのに、なぜか『帰ってきた』そう思う。
搾取される社会的弱者。そんな身分から開放され、ただの野人として生きることができる。この開放感がたまらない。
町で受けたあらゆる抑圧から開放され、権力なんて複雑な物じゃなく、一個人の才覚で生き死にが決まる。森はシンプルでいい。
それでも、長い時間文明から離れれば、文明が恋しくなる。
そして、町に着けば帰ってきたと思うのだろう。森にも町にもいい部分と悪い部分がある。美味しいとこ取りなんて出来はしない。切り替えが大切だ。
今はこの開放感を楽しむとしよう。
斥候を兼ねた先頭はパピーに任せている。俺も気配察知で周辺を警戒するが、基本的にはパピー任せだ。
獲物の追跡、場所の選定、攻撃方法。全てをパピーにゆだねる。
金には余裕があるし、期限がある依頼でもない。今は、パピーが一人で生きていけるように狩りの訓練を施す。
まだ子狼のパピーには難しいかもしれないが、パピーは学習能力が高い。
知識は一通り教えた。二人で狩りもした。後は主導的に計画を立て、狩りをこなす経験を積むことが必要になってくる。
パピーにもいつか、家族ができるかもしれない。
群れを追い出されたと思われるパピーは、集団での狩りを学んでいないはずだ。俺が教える必要がある。
それさえできれば、パピーは俺がいなくても家族と生きていけるはずだ。
パピーが一人で生きていけるようになれば、安心して命を懸けて戦える。もちろん、死ぬつもりなどない。
ただ、命に執着しすぎると逆に危険なこともある。
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。という言葉があるように、本当の意味で命を捨てて活路を見出す事態があるかもしれない。
心残りは生きる原動力になる。傷を負って食料もない。そんな絶望的な状況でも、大切な人を思うと力が湧いてくる。絶望に立ち向かう勇気になる。
それは大事なことだ。だけど、戦いの中では己を殺す必要もある。心残りという生への執着が、逆に命を失う原因にもなりかねない。
大切な物を持ちつつ、いつでも命を捨てる覚悟をする。そうした相反する気持ちを持つことが必要だと俺は思う。
自然と文明。生への執着と捨て身。何事もバランスが重要だ。
パピーの後を付いていくと、開けた空間にたどり着いた。そこには泉が湧いている。透き通った綺麗な水。泉の底を見ると、地下水が湧き出ていた。
あそこから、岩に濾過された綺麗な水が常に湧き出ているみたいだ。この水の綺麗さなら、直接飲んでも大丈夫かもしれない。
泉の水というより、底に顔を近付けて、湧き出る地下水を直接飲む感じだ。冷たい新鮮な地下水が喉を潤す想像をして、喉がなる。
地下水をがぶ飲みしたい衝動に駆られるが、リスクを犯す必要はない。
ぐっと我慢して、革袋から匂いの移った水を飲む。もう少し上等な品だと匂いは移らないんだけどな。
上等な革袋は海のモンスター素材を使っているので、かなりいいお値段がする。防具にいくら掛かるかわからない現状では、水が臭いなんて理由で大金は使えない。
パピーが選択した狩りの方法は待ち伏せだった。水場で待ち伏せをして、水分を補給しにくるモンスターを仕留める。そういうプランのようだ。
選択としては及第点だ。待ち伏せ場所の選択もいい。水場にはクレイ・ボアや
水場はまれに、森の奥から格が高いモンスターが現れることがあるが、パピーの感知力なら接近される前に気付けると思う。
仕留めた後の処理も、水場があるので楽になる。パピーソロになると、解体の必要はない。また違う選択になるのだろうが……。
待ち伏せは奇襲が狙えるのが利点。欠点は自分のタイミングで獲物を発見出来ないこと。獲物が来るのをひたすら待つしかない。
そして、待ち伏せ最大の難点は……。
とにかく退屈なことだ。じっと息を潜めて獲物を待つには、緊張感を保ちつつも、疲れないギリギリの脱力が必要。
そのため、パピーに癒やされて緩みすぎたり、獲物を待ち伏せるために最大限集中するのも難しい。
人間が集中できる時間は限られているからだ。
退屈だと感じる余裕はあるが、暇を潰すほど気も抜けない。だから俺は待ち伏せがあまり好きじゃない。
だからこそ、この状態に慣れる必要がある。パピーに任せて良かった。自分で計画を立てたなら、この選択肢は取らなかったはずだ。
自分では考えないこと、経験しないことも経験できる。自分以外の存在というのは、とてもありがたい。
パピーを撫でたい衝動に駆られたが、グッと我慢。
なんとも落ち着かない状態に四苦八苦していると、パピーから微かな緊張が伝わってくる。少し経つと、俺の気配察知にも反応があった。
マジかよ、パピーの方が俺より索敵範囲が広い。匂いによるものだろうか? とにかく、あっさりとパピーに抜かれたことに軽いショックを受ける。
今はそれどころじゃない、集中しないと。
ガサガサと茂みをかき分けでてきたのは、立派な角を持った牡鹿だ。気配察知が捕らえた反応は、
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