第105話 ケツ持ち

 雰囲気の変わった男に、袋から出した硬貨を親指で弾く。弾かれた硬貨をキャッチした男が驚きの声を上げた。


「うぉ! 金貨じゃねぇか。アンタ、何考えてんだ。こんなところで金貨なんて……」


 この店の客は、ガラの悪い港湾労働者が多い。深夜の酒場で大金を所持しているとなると、帰り道は危険になる。


「大丈夫だ。みんな酒に夢中で見ちゃいない」

「それにしたって」


 なおも抗議の声を上げる情報屋の男。


「静かにしたほうがいい。騒ぐと余計に目立つ」

「ちぃ」


 情報屋は舌打ちをすると口を閉じた。


「確認してくれ」

「あぁ、わかった」


 贋金だったり、金貨の縁を削って重量を誤魔化す奴もいる。トラブルを避けるために、金はその場で確認するのが取引時の通例だった。


 ギルドなどのしっかりした組織からの支払いなら安心なのだが、一般的な取引では必須の行為だ。


「文句なしだ」

「そうか」

「それで? こんなに大金を払って手に入れたい情報ってのはどんな情報だ? やばいヤマはゴメンだぜ」

「大したことじゃない。冒険者が依頼を受ける薬草の特徴。町の勢力図。逆らっちゃいけない権力者。暗黙のルール。時間を掛ければどこででも手に入る情報だ」

「そんな情報に大金を出すなんて、よっぽど金持ちなんだな」

「俺の格好を見て、金があるようにみえるか?」

「そりゃ……、まぁ……見えねぇな」


 継ぎ接ぎだらけの革鎧を着ている俺は、とても貧相に見えるはずだ。実際はかなりの金貨を持っているが、この場では貧乏人だと思われたほうが得策だ。


「その金は俺が命懸けで稼いだ金だ。金持ちが道楽で渡した金じゃねぇ」

「ほぉ、そんな大事な金を普通の情報に出すってか?」

「あぁ、死にたくないからな」

「死にたくない?」

「依頼に失敗すれば奴隷落ち。町の勢力図が読めないと、トラブルに巻き込まれて死ぬ。権力者に逆らってもろくなことにならねぇ。暗黙のルールを破って邪魔と判断されれば、裏ギルドなんかに排除されちまう。よそ者の俺にとっちゃ、情報は命を守る大切な存在だ」

「なるほど……情報の大事さを理解しているってわけだ」


 情報屋が軽い笑みを浮かべる。


「あぁ、情報の大事さは知っている。だから大金を払う」

「ご期待に添えるように頑張るとしますか」


 情報屋は気軽にそういった。


「おい。舐めんじゃねぇぞ」


 俺はそう言うと、情報屋を睨みつける。


「おいおい、いったいどうした」

「俺は命懸けで稼いだ金を払った。てめぇも命懸けで情報を話せ。自分の都合のいいように嘘を混ぜたり、ニセの情報を掴ませやがったら……」


 俺はそう言うと、腰の後ろにあるナイフに手を伸ばした。ありがちな脅しだが、釘を刺しておいたほうがいい。


 コイツは大金を払った相手に対する敬意が足りない、プロ意識が足りないと言ってもいい。所詮は街の情報屋か。俺は情報屋に対する評価を下げる。


「わかったから、落ち着けって」


 ニヤケ面が引き締まったようだ。少しはマシな情報が聞けるといいが……。


 それから店が閉まるまでの時間、情報屋と話して情報を集めた。店を出た後、物陰に隠れて気配察知を発動する。


 気配を消して、情報屋の後を追った。




 月明かりしかない暗い道を、情報屋は明かりも持たず歩く。情報屋はしばらく歩いた後、周囲を確認してから建物に入った。


 雲に隠れていた月が顔を出し、建物が照らされる。建物の看板は緑で縁取られていた。それを確認した俺は、足早に建物から離れた。


 情報屋には必ずバックがいる。ケツ持ちも持たずに情報を扱う。そんなリスクの高い行動を取れば、長生きは出来ない。


 チクリ屋ってのは嫌われるからな。身を守るために、何か大きな力にケツ持ちをして貰う必要があるってわけだ。


 当然、ケツ持ちの不都合になる情報は話さない。それだと正確性に欠ける。情報屋の所属を確認しておく必要があった。


 次は情報屋の敵対勢力がバックに着いている、別の情報屋から話を聞く必要がある。


 治安の悪い場所で大金を手にした情報屋は安全を求めて、バックの組織に関係する場所へ行くと踏んでいた。


 大金を餌に、情報屋が安全な自分の所属する勢力へと行くように仕向けた。


 うまくいくかはわからなかったが、失敗しても情報は手に入る。うまく行けば儲けもの、そのぐらいの感覚だった。


 俺にしては珍しくついている。俺の想定通り、情報屋は安全を求めてケツ持ちの組織と関係している建物へと入っていった。


 問題は、もうひとつの勢力の情報屋を見つける方法だな。


 もうやっている酒場もない、流石に眠くなってきた。頭の中で、手に入れた情報を整理しながら、俺は宿へと歩を進める。


 宿の部屋に戻ると、パピーがコクリコクリと頭で船を漕ぎながらベッドの上にいた。その姿が可愛すぎて、思わず頭を撫でる。


 撫でられて目を覚ましたパピーは、ハッとなった。そして、意識が覚醒して俺を認識する。


「わんわん」


 パピーが嬉しそうに、俺の胸元へ飛び込んでくる。何このかわいい生き物。あぁ、死ぬほど癒やされる。


「遅くなってごめんな、パピー。一緒に寝よう」

「わふわふ」


 装備を外し、ナイフを一本もってベッドに入る。ベッドに横になった俺の胸に、パピーが丸まって寝息を立てはじめた。


 パピーを起こさないように優しく背中を撫でながら、俺は心地よい眠りに身を委ねる。


 おやすみ、パピー。

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