第104話 情報

 俺を使い潰す。その意図を隠そうともしない冒険者ギルド。


 正直、はらわたが煮えくり返る。俺は怒りを抑え、ポーカーフェイスをなんとか保つ。塩漬け依頼を見ながら、気になる単語だけを覚えておく。


 俺の残念な脳は、記憶力が低い。


 依頼の細かい部分まですべて記憶するのは不可能だ。気になる単語だけピックアップして、必死に頭に叩き込んでおく。


 一通り塩漬け依頼を確認してから、俺は受付嬢に尋ねた。


「この依頼にあるファモル草はどんな形をしているんですか? 現物、もしくは、絵の書かれた図鑑などを拝見させて頂きたい」

「申し訳ございません。ファモル草の在庫は品切れです。図鑑は図書館に行けば見られると思いますが……。貴族様、一定額以上の税金を収めた方、それ以外の方は入館できないようになっています。」

「ファモル草がどのような草かわからないと、採取のしようがないのですが……」

「情報を集める。それも冒険者の腕だと思いますよ」


 受付嬢は、完璧な笑顔でそう言った。


 ムカつくが正論だ。情報収集は冒険者に必要な技術。


 思えば、アルは情報収集に余念がなかった。アルほどうまくやる自信はないが、頑張るしかない。


「了解しました。情報を集めてから、改めて依頼を受けさせて頂きます」

「はい。当ギルドへの貢献、よろしくお願いしますね」


 俺はニッコリと笑い頭を下げた。受付嬢はニッコリと笑っているが、頭は下げなかった。


 俺は頭を上げ、冒険者ギルドを出た。


 

 ギルドを出た俺は、ふぅーと長い息を吐く。怒りを呼吸と共に排出するイメージで精神を落ち着かせる。


 冒険者ギルドは国の組織であり、冒険者という武力を束ねている組織。彼女は受付嬢として、そこの顔を任されている女性だ。


 顔がいいだけのお飾りじゃない。俺の身長と装備から、将来性がないと判断した。


 そして、ギルドの最大利益になるよう、使い潰すことに決めた。おそらく、そんなところだ。


 チビで装備がボロボロのソロ冒険者。レベル20とはいえ、そんな奴といいお付き合いをしたいとは思わないだろう。


 装備を整えてからギルドに行けば良かったか? いや、大金を使って装備を整えるんだ。いい工房で装備を手に入れたい。


 それには、ランク5のギルドタグが必要だ。


 自分の作った武器や防具は、それなりのレベルの人間に使って欲しい。腕のいい職人ほどそう思うはずだ。


 職人としてのこだわりもあるし、実利的にもそうだ。


 上質な武器、防具は制作に時間が掛かる。こだわって作れば、月に数点作成できればいい方だ。


 生産数が少ないなら、厳選した相手に商品を販売するのは当然のことだ。


 購入した冒険者が活躍すれば、いい宣伝になる。


 ブランド力を高めるためにも、そこらへんの冒険者には自分の作った装備を使って欲しくない。


 そう考えるはずだ。


 客を選ぶ商売をしているが、腕のいい職人なら当然のこと。供給より、圧倒的に需要のほうが多いのだから。


 つなぎの装備を買うことも考えたが、腐っても5級冒険者用の装備だ。質が低くとも、かなりの値段になるのは間違いない。


 つなぎ装備を買うぐらいなら、最初からいい装備を作った方がより質の高い装備を買えるはずだ。


 塩漬け依頼をこなすのに、いい装備が欲しい。


 だけど、いい装備を手に入れるにはランク5の身分が必要。あいかわらずくそったれな状況だ。笑えてくる。


 俺は鬱々うつうつとした気持ちを振り払い、宿へと向かった。


 途中、屋台で適当に昼飯を購入。宿の部屋でパピーと昼飯を食べ、夕飯になるまでパピーと戯れた。


 アニマルセラピーの効果はすごい。鬱々としていた気持ちが、かなり楽になった。

 

 そのまま部屋で夕食もパピーと取り、出かける準備をする。パピーは宿でお留守番だ。寂しそうにしているパピーの頭をなで、夜の街へと向かった。


 俺の低スペックな脳が、塩漬け依頼を確認していたとき覚えた単語を忘れてしまう可能性がある。


 その前に、情報を集めなければ。


 必死に脳に叩き込んだが、すでに記憶が怪しい。この残念な脳とも長い付き合いだ。今更落胆することもない。


 忘れないよう、頭の中で単語を繰り返しながら酒場へと向かう。


 冒険者として必要な情報は、地元の冒険者に聞くのが一番だ。ただ、ギルドの雰囲気を見た感じだと、素直に教えてくれるとは思えない。


 この町の図書館は貴族と金持ちしか入れない。ギルドに資料室がある、なんてこともなかった。


 冒険者ギルドでは、人を育てて依頼の達成率を上げる。そういった考えはないのだろう。死んでも死んでも、田舎から新しい冒険者が追加される。


 丁寧に冒険者を育てても、別の町に移動されておしまいだ。それなら、使い捨てにした方が効率がいい。


 地元の冒険者、冒険者ギルド、図書館。知識を集められそうな場所が全滅した。こうなると大変だ。


 思いつく方法がひとつしかない。気は進まないが、やってみるとしよう。


 

 俺は適当な酒場に入り、エールを注文する。


 気配察知と五感強化を発動。温くてまずいエールを飲みながら、酔っぱらいたちの話に耳を傾ける。


 しばらく、酔っぱらいたちの話を聞いていたが望んだ結果は得られなかった。ここには居ないか……。


 俺は店をでると、別の酒場に入った。さっきと同じように、エールを注文。スキルを発動して耳を澄ました。


 ここもダメか。


 そうやって、いくつかの酒場を巡る。5件目も空振りに終わった。今日はここまでにしよう。


 町の噂話程度だが、酔っぱらいの話も聞けた。酒場限定だが、町の物価もある程度把握できたと思う。


 お目当ては空振りに終わったが、得るものはあった。


 俺は宿へ帰ることにする。


 トゥロンは、わかりやすく碁盤の目状に整備されているため迷子にはなりにくい。それでも、地形を把握するため行きとは違う道で宿へと向うことにした。


 すると、一軒の酒場が目に入る。


 夜も更け、閉店する店もちらほらでだしているというのに、この店からは楽しそうな笑い声が響いていた。


 俺は興味をそそられ、酒場へと入る。


 一瞬笑い声が静まり、鋭い視線が飛び込んできた。店内の客筋は、お世辞にもいいとは言えない。


 ガラの悪い客たちは、俺に一瞥をくれると興味を失った。店内に騒音が戻り、下品な笑い声が響く。


 俺はエールを頼み、席に着く。これで6杯目だ。相変わらず温くてまずい。


 上質なエールはむしろ常温の方がうまいと聞くが、場末の酒場にそんな上等なエールなど存在しない。


 少し気の利いた店なら、井戸水でエールを冷やしたりするが、大抵の店は常温だ。


 温いエールは美味しくはないが、店によって味に変化がある。


 この店はハーブを混ぜて味を調整しているようだ。この店のエールは酸味が少なめで、ミーン草のフレーバーがしっかり感じられる。


 海外の癖の強い飲料として、日本でも販売されていそうなクオリティだ。ちゃんと冷やせば、それなりに飲めるかもしれない。


 今まで飲んだエールの中で、一番マシな味だった。


 俺がエールの味に感心していると、スキルがお目当ての存在をキャッチした。


 その男は、壁際の席に居た。干し肉をあてに、チビチビとエールを飲んでいる。


 浅く焼けた肌に特徴の薄い顔。服装も普通で、店内にうまく溶け込んでいた。どう見ても、仕事終わりの酒を楽しむ港湾労働者だ。


 俺はエールのジョッキを持つと、男の隣に移動した。


「にいちゃん、どうした? 俺に何か用かい?」

「情報を売って欲しい」

「……何を言っているのかわからねぇ。変に絡むのはよしてくれ」


 男はうざったそうに手を振る。


「無駄なやり取りは好きじゃない。用件は伝えた」


 俺は男を睨む。


 俺に睨まれた男から、一瞬表情が消えた。そして、口で三日月を描くように笑みを浮かべた。


「それで、どんな情報が必要なんだ?」


 情報屋の男が、静かにそう言った。

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