第102話 巨大建造物
眠りから目覚めると、パピーが俺の胸に乗っかり眠っていた。
少しの重さと暖かさ。俺の鼓動より速いパピーの鼓動を感じる。異なる鼓動のリズムがときたま重なり、お互いの温もりが溶け合うようだ。
憂鬱な気分を引きずっているし、テンションも上がらない。それでも昨日よりはマシになった。
君には助けてもらってばかりだな。俺はそう
しばらくパピーを撫でていると、目を覚ましたパピーが手の匂いをクンクンと嗅ぐ。俺の匂いだと気付いたパピーは、寝ぼけ
このままずっとパピーに癒やされていたが、そろそろ動かないとな。
俺はストレッチをして、宿の井戸で顔を洗う。朝食を食べ、歯を磨く。いつもと変わらない行動を心掛ける。
モンスターの徘徊する森とは違い、ここは城壁に囲まれた安全な町だ。だけど、町には町の危険がある。
道を歩いていると、突然後ろから刺される。なんてことが平気で起こりうる。
食事に毒を混ぜられるかもしれない。女性の色香に惑わされ、ベッドで殺されるかもしれない。
森とは違った危険で溢れている。それと同時に、森では味わえない素晴らしさもまた存在するのだ。
しっかりと雨風の凌げる建物で眠れるのは、安心感と快適さが森とは桁違いだ。
木の箱を並べ、その上に布の切れ端などを入れたズタ袋を置きシーツを被せる。それだけのベッドでも、寝心地はぜんぜん違う。
日本のベッドとは比べるまでもないが、この世界では上等の部類に入る。布は柔らかく、シーツはしっかり洗濯されていて清潔だ。
森のように枝がチクチクしたり、体中を虫に刺されることもない。
食事もそうだ。金を払えば、労力を払って飯を作る必要もない。それなりの食事にありつける。
だが、そのすべてが俺の心を揺さぶる。
良いことも、悪いことも、どちらも心が揺れ動く。パフォーマンスを十全に発揮するためには、なるべく平常心でいなければならない。
この街で足場を固めるまで、感動も動揺もしないロボでいるべきだ。喜怒哀楽を感じている余裕など、今の俺にはない。
もちろん、完全に感情を消すのは不可能だ。それでも、なるべく平常心で入れるように心掛けねば……。
人間らしい暮らしを求めて、人里にやってきた。それなのに、この町で安全に暮らすにはロボのように感情を捨てなければならない。
まったく、皮肉な話だ。
俺は食堂で食事を受け取り、部屋に運ぶ。追加料金を支払い、二人前にしてもらった。
部屋でパピーと朝食を楽しみ、腹がこなれたところで出かける準備をする。
まずは装備の確認だな。
正直、昨日は宿に入ってからの記憶が曖昧だ。だが、武器の手入れはしっかり行っていたようだ。
その他、細々とした準備が完了した俺は宿を後にする。
清潔な宿だった。飯も悪くない。今日の行動の結果次第だが、この宿を定宿にしてもいいかもしれない。
宿から少し歩き、メインストリートに出る。日暮れ間近の昨日と違い、朝のメインストリートは人で溢れていた。
多くの馬車や人が行き交い、人々の喧騒が聞こえる。
やばいな、予想以上に通行人が多い。これだけの人混みだと、すれ違いざまにナイフをぶっ刺すなんて簡単にできそうだ。
メインストリートは諦めて、裏路地を歩くとしよう。
東地区と呼ばれているここらへんなら、裏路地でも大丈夫だろう。夜になると危険だと思うが、日中なら平気なはずだ。
メインストリートほどではないが、普通の人たちも通行している。スラム街の住人だとか、ヤバそうな雰囲気をまとった人間はいなさそうだ。
トゥロンの内壁の中は、区画整備がしっかりされているらしい。昨日は薄暗くてわかりづらかったが、碁盤の目のように整備されている。
とても歩きやすく、裏路地を進んでも迷子になることはなかった。
整理された都市計画も、メガド帝国から入ってきたのだろうか? そんな風に考えながら歩いていると、冒険者ギルドに着いた。
冒険者ギルドは、昨日と違い人で溢れている。掲示板から美味しい仕事を探す冒険者でいっぱいだった。
昨日対応してくれた受付嬢の列におとなしく並ぶ。他の冒険者数人から、よくない感情がこもった視線を投げかけられる。
弱そうだ、脅して金でも巻き上げるか。そんな侮蔑と嘲笑が混じった、暴力的な顔をしていた。
列に並びながら、仕掛けてきそうな冒険者をチェックする。体格、装備、仲間の人数。そうやって観察していると、列が進み順番が回ってきた。
「昨日、ランクアップ申請をお願いした者です。教会の予約はどうなったでしょうか?」
俺は、周囲に聞こえないように声を潜めて話す。
「はい、ランクアップ申請を予約された方ですね。本日の午前中なら、レベルスフィアの予約が入っていないそうです。これから教会に向かいますか?」
美人受付嬢が、元気いっぱいにしゃべる。大きな声で、俺がランクアップ申請を受けると周囲に伝えている。
ニコニコと笑い、天然系を装っていがどうも怪しい。昨日のやり取りも、今思えば不自然だった気がする。
そして、今のやり取りで確信した。この受付嬢は意図的に個人情報を流している。
俺を獲物としてみていた奴らの目線。その種類が変わった。レベル20が相手だとリスクが高いと判断したのだろう。
さっきまでの獲物を見るような嫌な目線から、警戒するような目線へと変化している。
間接的に俺を守ろうとしての行動なら、ギルド職員として一流の判断だ。コイツは獲物に向いていないと、古参の冒険者に伝えている可能性もある。
どちらか判断はつかないが、敵であると想定したほうがリスクが少なくてすむ。さすが大都市トゥロンのギルド職員だ、全く油断ができない。
「はい、お願いします」
油断できない受付嬢さんから、ランクアップ申請担当と紹介された。地味な顔をした男性職員だ。
彼を伴い、教会へと向かう。
お互い無言で歩く。少し気まずいが、俺はコミュニケーション能力が高いほうじゃない。ギルド職員の男性も話しかけてはこないので、無言になってしまう。
人混みを避けながら、教会へと歩く。俺は歩きながら逃走経路を想定して、頭に叩き込む。
教会のレベルを確認する
迷宮都市マリベルで発見された
しかし、教会が隠蔽しているだけかもしれない。実はもっと高性能で、レベル鑑定を受けにきた人間の情報を読み取り、管理している可能性がある。
ラノベなどでも、血液を垂らすとすべての情報が登録されるタイプのギルド証は、データを冒険者組合に抜かれたりしていた。
俺には『怪物』のようなやばい称号がある。
宗教的に敵と認定される称号などがあると、異端審問官のようなヤバイ奴に襲撃される危険性がないとはいいきれない。
最悪の場合、その場で襲われる可能性もある。いざというときのために備えは必要だ。
ただ、その危険性は少ないと思っている。
大きな町の教会なら、レベルスフィアは設置されているという。スキルや称号まで判別できる高性能な
教会にレベルスフィアが設置されたのは、迷宮都市マリベルで詳細なステータスが見れる
教会のレベルスフィアが高性能なら、マリベル事変と言われた、秘宝(《アーティーファクト》を巡る騒動にはならなかったと思う。
教会側がメガド帝国の皇帝にすら情報を秘匿している可能性があるため、一応は警戒しておく必要はある。
冒険者ギルドがある東地区と呼ばれている区画から、中央区と呼ばれている区画へと移動した。
昨日、屋台の親父に聞いた話しだが、トゥロンは、東、西、南、北、中央の5つのブロックに別れているそうだ。西は海に面した港があり、北は城主の城と貴族の居住地がある。東地区と中央区は商業施設が多い。
中央区の商業施設も、隣接する区画の特色が出ている。中央区の北側は貴族向けの高級店が多く、歩く人々も上等な服を着ていることが多いように思う。
目指す教会は北側にあるらしく、場違い感がすごい。通行人にジロジロと見られながら、ギルド職員の後ろを歩いた。
ギルドの近くにある小さな教会で、パパっと鑑定するぐらいに思っていた。身なりを整えた方がよかったかもしれない。
いや、下手に上等な格好をしていると、教会に多額の寄付を求められるリスクがある。
むしろ、小汚い格好の方がいいかもしれない。
それに、周囲の人間に嫌そうにジロジロ見られるのはいつものことだ。侮蔑や軽蔑ではなく、害意にだけ気を付ければいい。
目を合わせてイチャモンを付けられても困るので、通行人と目を合わせないようにしながら周囲を警戒して歩く。
しかし遠いな、結構な時間を歩いているがまだつかない。外壁を見ただけでデカイ街だと思ったが、実際に歩くとかなり距離がある。
場違いな貴族向けの商店街を抜け、北区の方へと歩く。
しばらく歩いていると、ギルド職員の目的地がわかった。中央区の北側は平屋が多く、縦に長い建物はなかった。
そのおかげで見通しがいい。
中央区と北区を区切る壁の前に、巨大な建物がある。どうやら、ギルド職員はそこに向かっているみたいだ。
アレは、トゥロンの町に入ったときに見えた巨大な教会に違いない。
あまりにも巨大で武骨な建物なので、教会のシンボルがなければ軍事施設だと言われてもおかしくない迫力だ。
教会ってのはもっと、装飾されているイメージだったけどな。とん◯りコーンみたいな形の塔が何本も建っていて、壁は綺麗な装飾が施されているイメージだ。
ロック・クリフの司祭を見た感じや周囲の評判を総合すると、教会ってのはろくでもない。
だから、もっと成金丸出しの下品な建物を想像していた。
こんな分厚い壁と、シンプルな構造だとは夢にも思わなかった。建物に使うのが適正なのかわからないが、質実剛健という言葉が浮んだ。
建物自体はシンプルだが、こんなに巨大な教会を維持しているのだ。この町でも、教会は強い影響力を持っていると見て間違いない。
敵対しないように、細心の注意を払わなければ。
教会の入り口には頑丈そうな門があり、今は大きく開かれている。まるで怪物が大きく口を開けているようだった。
怪物の口に、人々が飲まれていく。その異様に少し怖気づいた。
マイペースなギルド職員は、俺の葛藤など気にも留めない。今までと同じようにスタスタと教会へと入って行く。
俺は意を決して、教会へと足を踏み入れた。
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