第96話 鏖

 森に入った俺は、いつも通り木の骨組みとヤシの葉で家を作った。拠点の近くに水場もあるし、大泥猪ビッグ・クレイボアを仕留めて食料も確保済み。森での生活にもなれたもので、生活環境があっという間に整った。


 二日目からは時間に余裕ができたので、果物や薬草などを探しつつ周囲を探索。


 そして、ゴブリンの集落を発見した。


 集落全体で三十体はいたと思う。粗末な小屋に住み、ホブゴブリンのリーダーの元、集団生活を営んでいた。


 彼らなりに規律を守りながら、烏合の衆ではなく、ちゃんとしたコミュニティーを形成していた。


 そうなると、ゴブリンといえども厄介だ。さすがに三十体を相手になどできない。



 ゴブリンは数が増えると厄介なため、殆どの町で常設依頼として耳の買い取りを行っている。


 しかし、報酬は雀の涙だ。割に合わない。少し面倒だが、拠点を移すとしよう。そう思ったが、ある考えがひらめいた。


 対集団戦の練習になる。


 ロック・クリフでは、裏ギルドに顔が利くアルが仲間だった。グラバースでは、滞在期間の殆どをギルドの解体所に詰めていた。


 裏ギルドなどの厄介な勢力と揉めた経験がない。


 裏ギルドと揉めるつもりはないが、冒険者である以上接触は避けられない。多少の賄賂ぐらいなら我慢するが、あまりにも要求がひどいと揉める危険性もある。


 我慢はするが、ついカッとなってやってしまうかもしれない。


 でかい町には、いくつもの裏ギルドが存在する。どこかと揉める危険性は常にあるのだ。揉めることはないだろうと楽天的に考えることはできない。


 一度に大勢と戦うというより、コミュニティーを崩壊させる戦い方を実行するつもりだ。


対集団というより、体組織戦と言うべきだろうか。この集落は、体組織戦のスキルアップを図る最高の教材だ。


 ゴブリンは人間と違い頭も悪い。戦闘力も上位種がそろっていない限り、たいしたことはない。練習相手としては最高だ。


 金ではなく経験のために、この集団を壊滅させる。


 頭の悪いゴブリンとは違い、人間の集団はかなり厄介だろう。だが、いざ揉めたときに経験が少しでもあると体が動いてくれる。


 俺は未経験でも器用に動けるほど頭が良くない。一度、体組織戦を経験しておく必要がある。


 

 


 俺は集落の様子をうかがいながら、一体ずつ仕留めていった。


 気配を殺し、追跡し、殺害する。痕跡を残さず、死体も発見させず。忽然とゴブリンが消えたように見せた。


 ばれないように静かにコトを運ぶ。パピーと連携を取りながら、緊張感を持ってゴブリンを一体ずつ暗殺していった。


 ゴブリン相手とは思えない緊張感。その緊張感の中で冷静に目的を果たす。殺害場所、殺害方法、殺す順番。頭を使い、あらゆることに気を使う。


 こちらのアクションに対して、ゴブリンたちがどう反応するかをしっかり観察。集落へ他のモンスターを誘導。集団の分断、食料への攻撃。様々な経験を積んでいく。


 ただの奇襲ではなく、痕跡を残さない暗殺。今までにない思考や行動。ばれたら終わりという緊張感が、短期間で俺の神経を研ぎ澄ました。


 


 痕跡もなく仲間が消えていく事態に集落は混乱し、徐々に規律が乱れていった。


 混乱するゴブリンたちをまとめるために、ホブゴブリンは暴力に訴えた。手っ取り早く人心を掌握する方法だが、反発もでかい。


 リーダーについて行けず、森の奥へ逃げ出したゴブリンを追跡して仕留めた。リーダーのホブゴブリンに反発する奴をホブゴブリンが始末してくれた。


 集落で戦えるオスの数は着実に減り、ホブゴブリンはイライラを隠せない。リーダーが動揺すると、それが集団にも伝播でんぱする。


 わずか数日でゴブリンたちのコミュニティーは崩壊。統率の取れた集団は、ただの烏合の衆と化した。


 夜の見張りも雑になり、偵察がやりやすくなった。偵察で集落の地形を完璧に把握した俺は、5日目に夜襲を仕掛ける。


 真っ先にリーダーのホブゴブリンの寝首をかくことに成功。リーダーを失ったことで統率を失ったゴブリンたちを、パピーと仕留めていく。


 身振り手振りで命乞いをするゴブリンを殺した。震えながら子供の前に立ち塞がる母ゴブリンを殺した。まだ赤子だったゴブリンを殺した。


 ゴブリンを、殺して、殺して、殺し尽くした。


 人型のモンスターを殺すのはキツい。特に子供を殺すのは胸が痛む。


 しかし、こいつらを殺さないと、人間が被害を受ける。


 自分と関係ない人間がどうなろうと知ったことじゃない、そう思う自分もいる。


 だけど、女性がさらわれてゴブリンの子供を産まされ続ける。そう考えると、ゴブリンに対しての嫌悪感が湧いてくる。


 群れが大きくなれば、被害も増える。今のうちにみなごろしにするしかない。


 これは、雌を奪われないための雄としての本能的な反応なのだろうか? それとも、ゴブリンの親子を殺した自分を正当化するためなのだろうか? 


 どちらでも構わない。


 俺の気持ちが楽になり、ゴブリンの被害が減るのならwin-winだ。心に掛かる負荷をなんとか軽減しながら、俺は動き続けた。


 最後の仕上げに、森には延焼しないように気を付けながら火を放った。集落の建物を、他のゴブリンに再利用されないためだ。


 燃えさかる炎を見ながら、ひとつの考えが頭に浮かんだ。


 集落に人間の女性が捕まっていなくて良かった。ゴブリンにさらわれた女性をみて、俺はどう対処しただろう。


 保護して優しくしただろうか? 楽にしてあげようと殺しただろうか? わからない。だけど冒険者を続けていく以上、覚悟はしないといけない。


 俺は村が燃え尽きるのを見た後、ゴブリンの生き残りを追跡した。微かな痕跡をたどり生き残りを始末する。


 痕跡に気付かず逃げられた奴もいるかもしれない。


 しかし、貧弱がゴブリンが群れ無しで生き残ることは難しい。他のモンスターの餌になる可能性が高いはずだ。


 集落のゴブリンはほぼ全滅と言っていいだろう。集落の襲撃と共に、良い経験になった。神経は研ぎ澄まされ、気持ちが戦闘モードに切り替わった。


 アルに聞いた話だが、裏ギルドの連中はスラムの子供に毒の付いたナイフを持たせて鉄砲玉に使う。相手が子供だからと躊躇した人間はあっさり殺される。


 ゴブリンの赤子を殺すのにためらいを覚えているようじゃ、トゥロンでは生きてはいけない。


 この手で、人間の子供を殺す日が来るのだろうか……。


 道場の子供たちが頭に思い浮かび、胃がグッと持ち上がる。湧き上がる嘔吐感を抑えながら、俺は鉛のように重い息を吐いた。


 用心や覚悟は大事だが、あまり神経を張り詰めすぎても良くない。


 何事もバランスが大事だ。俺はなるべくポジティブな思考になるように、大都市ならではの楽しいことを考える。


 そろそろ、こっちの世界でも童貞も捨てたい。


 変な風にこじらせて結局チェリーのままだしなぁ。俺はスケベな妄想をしながら、だらしなく顔を緩める。


 あーでも、ハニートラップとか怖いなぁ。それに、性病も怖い。娼婦のオネェさんに事務的に処理されると、それはそれで切ないなぁ。


 我ながら、変な風にこじらせたものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る