第95話 足元は大事
カトーリ村ではVIP扱いだった。怪我が治るまで、魚介類に舌鼓を打ちながらぐーたらと過ごしていた。
めちゃくちゃリフレッシュしたが、少したるんだ気がする。大物もとれたことだし、しばらく森で過ごすのもいいかもしれない。
トゥロンは大都市だ。海千山千の冒険者、権力を持った豪商、裏社会の住人など、人と金が集まる場所にはやべぇ奴も集まってくる。
感覚を極限まで研ぎ澄ませておかないと、あっさり殺されてしまう。小国家群でトップランクと言われているレベル25のメルゴを倒した。
だが、アイツは漁師だった。戦いのプロじゃない。対人戦になれたレベル25なら手も足もでなかったと思う。
俺は雑魚じゃないが、トップレベルと比べるとかなり劣る。捕食者に狙われている小動物のように、緊張感を持って警戒する必要がある。
そうじゃないと、捕食者にあっさり食われちまう。
だからといって、トゥロンを避けることはしたくない。せっかくレベル20になったんだ、冒険者ランクを上げる手続きをしたい。
冒険者ランク6と5では扱いが全く違う。冒険者ランク5ならそれなりに一目置かれる存在になれる。
門番に露骨に賄賂を要求されたり、勘違いした雑魚に装備を奪うという目的で命を狙われるリスクは減るはずだ。
よそ者を露骨に嫌う田舎の住人でも、ランク5になると対応が変わる。ある程度の信頼と『逆らったら確実に殺される』という証明になる。
田舎の村でレベル20を超えた冒険者と戦える存在など普通はいない。下手に不興を買えば、キレた冒険者に村人を皆殺しにされることだってある。
そこまでする人間はめったにいないが、その気になればできる存在だと認識するだけで対応は変わる。
冒険者ランクを上げるだけで、旅の快適さが変わってくるはずだ。
ランクを上げるためには、レベル証明が必要になる。レベルの確認ができる
かつて、迷宮都市マリベルで発見された
それでも、ダンジョンでしか入手できないため数が少ない。そのため、大都市の教会にしか設置されていない。
近隣にあるでかい都市はグラバースとトゥロンだが、トラブルを起こしたグラバースには戻れない。
トゥロンが危険な大都市だとしても、揉めるのが確実なグラバースに戻るよりはましだ。
それに、帝国文化が流れ込んだ小国家群でもっとも文明的な町。そう呼ばれているトゥロンには興味がある。
娯楽や料理の文化が発達しているだろうし、交易都市としてあらゆる物が町に集まるはずだ。
様々な装備、魔法具、洗練された料理、娯楽、風呂、美しい女性。あらゆる誘惑がそこにはある。
人里離れたモンスターの領域で、パピーとスローライフを楽しむのも悪くない。だが、文明への渇望が捨てきれない。
娯楽は後回しにしても、装備は調えたい。装備はゲイリーにボロボロにされてしまった。さらに、メルゴの汚物にも汚染されてしまった。
適切な処理ができないので、革鎧を丸洗いできない。革製品は水洗いした後、適切な処理を施さないと硬質化してしまう。
動きやすさや静音性を高めるために、柔らかく加工してある革鎧が駄目になる危険性がある。
から拭き、消臭、磨き。革の負担にならないように徹底的にクリーニングしたが、イメージがこびりついているせいか臭く感じる。
金を稼いで新しい革鎧を買わなければいけない。
静音性を重視した革の加工となると、腕のいい職人に依頼する必要がある。
腕のいい職人は大都市に工房を構えていることが多い。いい装備を求めるなら、必然的に大都市に行くことになる。
足の甲を痛めたことで、金属で補強した靴の購入も視野に入ってきた。
聖域の森にいたときは、ある程度レベルが上がるまで自作の
森を探索するにつれ、草鞋の強度不足に悩みエスパドリーユを作った。
エスパドリーユは本来
糸をより合わせて縄を作り、縄をぐるぐると巻いて靴底にする。あとはスリッパのように
縄を巻いた後の形成が大変だった。ガチガチに固めれば安定すると思ったのだが、なかなかうまく行かない。
縄をしっかり固めるため、
匂いを押さえるため、骨髄は使用しないことにした。
丁寧に肉をそぎ取った皮を二日ほど川に浸す。毛を丁寧にむしり、皮のプルプルした部分だけにする。
あとは煮て、
適当に草を編んだ物で
ある程度のところで妥協して使っていたが、臭いで獲物に気付かれる事態が発生。
野人生活で足の裏がカチカチになり、レベルが上がって頑丈になった。もう裸足の方がいいんじゃね? となり、履き物はお役御免になった。
田舎の村だと、半数の人が裸足だ。俺が裸足でも特に違和感はなかった。だが、ロック・クリフに入ると事情が変わった。
裸足の人間はスラムにしかいない。平民は草鞋を履いていたし、身なりのいい人物は木靴、革靴を履いていた。
俺は町中を移動するときは草鞋を履き、町の外に出ると裸足になった。
町の市場に行くと、内職で子供が作った形の悪い草鞋が捨て値で販売されている。それを購入して、贅沢に使い捨てていた。
履いたままで戦うと、強度不足で踏み込んだ瞬間崩壊する。足下が滑る原因にもなるので、草鞋は好きじゃなかった。
あくまでも、人間社会に溶け込むために草鞋を履いていた。
俺が冒険者たちに舐められたのは、草鞋を履いていたことも関係していると思う。
町の住民なら草鞋でも十分だが、森でモンスターと戦う冒険者の装備としてはあまりに頼りない。
装備もまともに買えない、もしくは足下の大切さを知らないアホだと思われていのかもしれない。
冒険者は鉄板などで補強された、頑丈なブーツを履いている。スネを鉄板で保護しているブーツも多い。
確かに防御力は上がる。それを履いて蹴りを出せば威力も出るかもしれない。だけど、森での移動には向いていない。
がっちりしたブーツを履くと、足首が固定されてしまう。転んで捻挫をしたりすることはなくなる。
しかし、足首を柔らかく使うことができなくなってしまう。でこぼこの地面を全力で走るには、柔軟な足首の動きが重要。
ブーツで足首を固定してしまうと、怪我のリスクは減るが森で早く走れなくなる。
鉄板が入っていて重量があるため、足音も大きくなる。自分の足跡もくっきり残ってしまう。
足跡を追跡するのは人間だけじゃない。
斥候職として単独で行動しているときに、頭の良いリーダーが率いる
蹴り技に関してもブーツは良くない。足首が固定されているため、しなりが利かなくなるからだ。
倒れた相手を踏み潰すのには向いているが、蹴り技を出すのに向いていない。
ブーツではなく、足首を固定しない鉄板入りの靴。安全靴を使う方法もある。だが、鉄板入りの靴を履くと蹴り方が全然違ってくる。
鉄板入りの靴で蹴るときは、先端の重さを生かした蹴り方になる。
先端が重いと加速がつき、威力が出る。だが、空振りしたときの隙は大きくなり、体勢が崩れやすくなる。
足に負担も掛かる。
蹴り方のバリエーションも減ってしまう。伝統派空手の蹴り方、スナップを利かせて、折りたたんだ膝から先の部分をふくらはぎの筋肉を使って蹴る。この蹴り方と相性が悪い。
先端の重みで振り抜くという蹴り方は威力は出るが、モーションがでかくなりやすい。モーションのでかい蹴りは、フィニッシュでしか使えない。
足の短い俺は、蹴り技の間合いが踏み込んで打つ突きと変わらない。
俺にとって蹴りは『フィニッシュ用のとっておき』ではなく、パンチの間合いでも出せる攻撃バリエーションのひとつだと考えている。
パンチで顔面を意識させて、ロー。ローを意識させてハイ。カウンターで前蹴りで水月に蹴りを突き刺し、ガードの隙間を縫うように三日月蹴りで肝臓を狙う。
顔面のガードを固めている相手の足の指を、踵で踏み潰す。
蹴りと一言でいっても様々なバリエーションがあり、選択肢の数だけ相手の防御を
思い切り振り回して叩き付ける。コンパクトモーションでタイミングを合わせて引っ掛ける。スナップを利かせてパンと
鉄板入りの靴を使用すると、重さで振り抜く、先端を加速させて叩き付けるといった蹴り方に限定されてしまう。
蹴りのバリエーションという利点を消してまで、鉄板入りの靴による威力の向上を求めなかった。
騒音や足跡の問題もある。斥候職として、空手家として、鉄板入りの靴に価値を見いだせなかった。
だが、今回の負傷で考えが変わった。
これからも格上の人間と戦う可能性がある。人間より頑丈なモンスターに蹴りを入れることもあるはずだ。
地球の安全靴のような、単純な鉄板で補強した靴なら選択肢には入らない。
しかし、この世界は地球とは違い、モンスター素材がある。もしかしたら、隠密性、強度、柔軟性を両立できるかもしれない。
金は掛かるだろうが、裸足が一番良いという固定概念は捨てるべきだ。装備の充実は生存に直結する。
トゥロンは小国家群でもっとも栄えていると言われる町だ。
もしかしたらドワーフの職人などがいて、俺には想像もつかない方法で俺の望む装備を制作してくれるかもしれない。
装備の充実という点においても、立ち寄る必要がある。
美味しい料理。精神的な癒やしについても、トゥロンには期待している。
小国家群の料理の味付けは、塩とちょっとした香草。そんな感じの、よく言えば素材の味を生かした調理が多い。
地球の料理のように、うま味を幾層にも重ね、見た目、香り、食感などの総合的な美味しさを追求した料理が存在しない。
うま味は、イノシン酸とグルタミン酸のように、相乗効果でうま味が何倍にもなる。
関西でよく使われる鰹出汁と昆布。関東でよく使われる鰹出汁と醤油。どちらもの組み合わせも、イノシン酸とグルタミン酸の組み合わせである。
うま味が理論として成立する前から、日本人は正解を導き出していた訳だ。
うま味を料理に活かすには、複数の素材と手間を掛けて味を高める必要がある。
高ランクのモンスターを倒せば、適当に焼いて食べてもうまい
メガド帝国からの文化の流入。あらゆる物資が集まる交易都市。
俺に唯一残された楽しみ。
美食が封じられたと思ったときの絶望は半端じゃなかった。しかし、希望が残されている。
地球にいた頃は
日本人が発見し、世界に発信されたUMAMI。そして、この世界に堕とされて以来、渇望してやまない甘味。
甘味は、某TV番組で刑務所から出所して、一番最初に食べた物ランキング堂々の1位に選ばれた魅惑の味。
危険な猪の
砂糖を贅沢に使ったスイーツなど食べたら……想像するだけで涎が溢れてくる。
文明的と言われているトゥロンなら、料理も洗練されているはずだ。
幾層にも重ねられたうま味。美しく彩られた料理。食欲をそそる香り。素晴らしい景色。デザートの甘味。
地球の一流レストランとまでは行かなくても、料理を栄養補給ではなく、文化や娯楽の一部として捉えた『料理』が食べられるはず。
これだけトゥロンの町に行く理由がある。
たとえ危険だとわかっていても行かざるを得ない。危険な都会に行く、そのために森で神経を研ぎ澄ます。
皮肉な話だが、森で研ぎ澄まされた野性的な感覚。それこそが、都会にいる敵に対して、俺が優位性を確保する重要な要素になる。
刃を研ぐように感覚を研ぎ澄ます。半分人で半分獣。野人としての純度を高め、大都市を生き抜く。
強い決意を胸に、俺は再び自然へと帰った。
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