欲望の都市

第94話 相棒がいる幸せ


 街道をある程度進むと、街道のすぐ横に森が見えてきた。


 モンスターの領域を開拓するのは、コストとリスクの両面から割に合わないことが多い。場所によっては、街道のすぐ側に森が広がっていたりする。


 俺は街道を離れ、森へと歩いて行く。鼻腔びこうくすぐる森の香り。生い茂った木々の隙間からは、木漏れ日が降り注いでいる。とても美しい景色だ。


 だが、この森には人間を食い殺すモンスターたちの生息地域。美しさの中に残酷さがある。


 美しくも残酷な森から、人工的に作られた、規則的な石畳の街道を見る。


「まるで世界の境界線だな」


 俺は一人、そうつぶやいた。



 ここからはモンスターの領域。人の生活圏とは違った警戒をしなくてはいけない。俺は気持ちを切り替え、意識を集中させる。


 フードから降りたパピーが地面をクンクンと嗅ぎながら、モンスターの痕跡を探している。


 俺も、五感強化を使い痕跡を探す。


 魚介類も美味しかったが、そろそろ肉が食べたい。パピーも同じ気持ちらしく、ボア系の魔物の痕跡をさがしている。

 

 俺も痕跡を探しながら、慎重に森の奥へと進む。


 この周囲で、高ランクモンスターの目撃情報はない。ただ、森などのモンスターの住処は、ときに大物が潜んでいたりする。


 土地を求め森を開拓したところ、森の中心部にいた高ランクモンスターを刺激してしまい、開拓作業に従事していた人間が全滅。事前の調査では、その森に高ランクのモンスターは確認できなかった。


 そういった出来事が、しばしば発生する。


 モンスターの領域では、何が起こるかわからない。俺とパピーは緊張しすぎない程度に、緊張感を持ちながら獲物を探した。



 ボア系の痕跡を見つけたパピーが、嬉しそうに「わん」と吠えた。獲物を追跡中だ、回路パスが繋がる距離で声を出してはいけない。


 パピーにそう注意したが、獲物の痕跡を見つけて思わず吠えてしまったパピーはとても可愛い。


 厳しく注意したつもりだが、パピーの可愛さにやられていることも回路パスでモロバレだ。我ながら威厳もクソもない。


パピーは少しシュンとしたが、注意されたことを必死に覚えようとしていた。その姿がいじらしくてり回したくなった。


 俺は持てる精神力を駆使し、必死でその衝動を我慢。もしかしたら俺は、魔素味まなみ中毒よりパピー中毒の方が深刻かもしれない。



 パピーの発見した痕跡は足跡だった。


 足跡の形が、灰色狼グレイ・ウルフ剣鹿ソード・ディアー などの、周辺地域一帯に生息するボア系以外の四つ足とは違っていた。


 この足跡は、間違いなくボア系のモンスターの痕跡。


 足跡の大きさ、足跡の深さから大体のサイズを想定する。足跡がかなり大きい、間違いなく大泥猪ビッグ・クレイボアだ。


 足跡の深さもかなり深い。


 この森の土が、極端に柔らかい。そういった訳でもなく、土の質は今までの森や山と変わらない。


 深い足跡の原因が土の質でないとすれば、この足跡の主は相当体重がある。今まで出会った大泥猪ビッグ・クレイボアで一番の大物かもしれない。


 大泥猪ビッグ・クレイボアの上位種といわれている、大岩猪ビッグ・ロックボアはトラックサイズらしいので、上位種ではなく特大個体だと推察できる。


 大泥猪ビッグ・クレイボアの中で、かなりのサイズに成長した大物ということだろう。モン〇ンだと、金冠サイズって感じだな。


 大物だと味はどうなんだろう? 大味になってまずいかな? うま味と魔素味まなみがたっぷり蓄えられていてめちゃくちゃうまい? どっちにしても久しぶりの肉だ、確実に仕留める。


 水場の心配はいらない。この森は地下水が豊富で、綺麗な湧き水、川、泉などが豊富にある。肉を冷やす水場には困らないはずだ。


 追跡を進めていると、新しい痕跡を発見した。


 木で牙を研いだのか、大きな傷跡が残っている。体も擦りつけたようで、樹皮に体毛が引っかかっていた。


 傷の大きさや体毛が引っかかっていた位置を見ても、かなりの大物だ。俺とパピーだけだと、肉が処理しきれない可能性がある。


 燻製でも作るか? 幸い、塩はたっぷり用意している。口の中に涎が溢れてきた。おっと、取らぬ狸の皮算用にならないように気を引き締めなければ。


 注意力散漫になっている。パピーに偉そうに注意などできないな。へっぽこな相棒で悪い、心の中でパピーにそう謝りながら追跡を続けた。


 気配察知に大泥猪ビッグ・クレイボアを捉えた。慎重に距離を縮めていると、川のせせらぎが聞こえてきた。


 水場の近くとは、ついている。仕留めてすぐ解体作業に入れそうだ。


 だが、川の周囲は開けていた。視界を塞ぐ背の高い草などは生えておらず、奇襲は不可能だった。


 こっそり近付いて、後ろからグサッという方法は無理だな。


 大泥猪ビッグ・クレイボアが移動するまで待とうか迷ったが、ここで仕留めることにする。これ以上時間が掛かると、解体を終える前に夜になってしまう。多少難易度は上がったが、俺とパピーなら仕留められるはずだ。


 俺は荷物を下ろすと、匍匐ほふく前進で慎重に近付く。


 川辺の開けた場所からギリギリの境界線。そこで茂みの間から、大泥猪ビッグ・クレイボアの様子を覗き見する。


 大泥猪ビッグ・クレイボアは夢中でお食事中だった。ゴブリンの死体をフゴフゴいいながら食べている。


 気配察知で状況はわかっていたが、実際に見るとグロい。それにしても、よくあんな不味い肉ゴブリンにくが食べられるな。


 ゴブリン食べて育った肉。そう考えると食欲が薄れていく。いやいや、食わず嫌いはいけない。とりあえず食べてみないとわからないよな。


 今現在食べているゴブ肉が消化される前に仕留めよう。意味があるのかわからないが、気分の問題だ。


パピーに大泥猪ビッグ・クレイボアの背後に回ってもらう。俺が正面から飛び出し、気を引く。


 俺に気をとられた大泥猪ビッグ・クレイボアの足をパピーが攻撃。機動力を奪い、逃走されないようにする。


 あとは、俺が大泥猪ビッグ・クレイボアを仕留める。雑な計画だが、モンスター相手に綿密な計画を立てても無駄だ。


 大量の人員、時間、予算を投入すれば、モンスター相手にも綿密な計画を実行できるだろうが、ご飯のお肉をゲットするためにそんなに手間をかけていられない。


 パピーが大泥猪ビッグ・クレイボアの背後に回り、位置についたのが気配察知でわかった。俺は計画通り、正面から飛び出していく。





 大泥猪ビッグ・クレイボア肝臓レバーを薄くスライスする。寄生虫がいないことをしっかりと確認して、生の肝臓レバーをを口に入れた。


 舌に吸い付くような独特の食感とグリコーゲンの甘み。やはり生肝臓なまレバーはいい。


 異世界にきて良かったことのひとつが、この生肝臓なまレバーを食べられることだ。


 日本にいるときは大好物だったが、禁止になってしまった。


 好物が突然、理不尽に食べられなくなったことにひどく落胆した。そのことを、今でもはっきり覚えている。


 事故を起こした焼き肉屋の『メガ〇テ』に巻き込まれ、禁止になってしまった。


 死者まで出したこの痛ましい食中毒事件は、安かろう悪かろうを命の源である食品で行った悪しき典型であり、利益を追求する企業の恐ろしさをまざまざと見せつけられた。


 多くの人々の命や健康を害し、日本の食文化を一部破壊した社長を俺は絶対に許さない! 絶対にだ!!


 俺がそんなことを考えていると、パピーから「お肉はまだ?」という回路パスが届いた。


肉を目の前に待たされたパピーが、うるうるしながらこっちを見ている。ごめんよパピー、つい熱くなっちまった。


 俺は薄くスライスした生肝臓なまレバーをパピーにあげると、パピーから美味しいと反応が返ってくる。


 本当はパピーに最初に食べさせてあげたいのだが、群れの上位者から食事をとるのが狼のルールだ。


 飼い犬かわいさに、自分より先にご飯をあげてしまう飼い主がたまにいる。


 そういった飼い主はペットに舐められていることが多い。ああなると、飼われている犬も周囲の人間も不幸になる。


 心を鬼にして、自分の方が群れの上位者であるとアピールする必要があるのだ。


 俺はパピーは相棒だと思っている。本当は上下関係なんて決めたくない。


 でも、パピーは人間と違うルールで生きている。パピーにはパピーのルールがあるのだ。その部分を尊重して、お互いよりよい関係を築く必要がある。


 だから、俺は心を鬼にしてパピーより先に美味しい物を食べるのだ。俺が我慢できないからじゃない。


 魔素味中毒ジャンキーの俺が言っても説得力は薄いが……。かろうじて味覚強化を我慢できている。一番ひどい中毒症状からは抜け出せたはず。


 色々考えてしまったが、今は忘れて純粋に肝臓レバーを楽しもう。


 獲物を仕留めた充実感に浸りながら、大好きな相棒と一緒に美味いものを食べる。シンプルでありながら、とても幸せなことだと思う。


 嬉しそうに肝臓レバーを食べるパピーを見ながら、俺は幸せを噛み締めていた。

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