第12話 エピローグ

 村娘の用意した大量の荷物に顔を引きつらせながら、背負子に潰れないようありったけの荷物を載せる。載り切らない分は無理やりロープで固定した。


 エベレスト登山のシェルパかよ。心の中でそう突っ込みながら、自分の身長よりも高い荷物の山を見て溜息をついた。


「あれ? ゴブリンさん怪我をしているじゃないですか」


 怪我? あぁ騎士の突きをかわしたときに、薄く首の皮を切られたっけ。


「かすり傷だ、ほっときゃ治るよ」

「だめです! 小さな怪我から死ぬ人もいるんですよ」


 村娘はそう言いながら、スルスルと手際よく怪我に薬草を当てて包帯を巻きつける。


 包帯はきつくもなく、ゆるくもない。簡単な治療だったが、村娘の腕がいいことを実感した。


「ありがとう、村娘」

「どういたしまして」


 そう言って村娘は笑顔を見せた。守りたいこの笑顔! 村娘は美人ではないが、笑うととても可愛い。雰囲気がやわらかいと言うかなんと言うか。


 さっきまで殺し合いをしていたのにな……我ながら単純だ。


 でも、村娘の笑顔はメッチャ癒される。


 いつまでも村娘の笑顔を眺めている場合じゃない。俺は巨大な荷物の塊となった背負子を背負う。


「村娘、準備はいいか?」


 数秒、村娘は目をつぶり、拳をぎゅっと握る。それからゆっくりと目を開けた。


「はい、行きましょう、ゴブリンさん」


 そう言った村娘の表情を、俺は一生忘れないだろう。




 村人たちは家にこもったままだった。まるでゴーストタウンのように静まり返っている。


 村の出口で村娘が一瞬、立ち止まりかけた。しかし、その歩みを止めることはなく力強い足取りで歩き出す。





 村娘の話によると、目的地のロック・クリフという町までは、徒歩で二週間前後かかるそうだ。体力のある人が雨などで足止めされずに一週間。体力に自信がない、雨に降られる、荷物が多いとなると二週間ほどかかるらしい。


 金はあるので食料は途中の村で買えばいいと思ったが、近くの村はド田舎なので貨幣より物々交換の方が主流だそうだ。


 ロック・クリフに近付くほど貨幣が使えるようになっていくようだ。田舎の村じゃ金があっても、行商人が来ないと使い道がないとのこと。


 それを聞いた俺は、拠点にある干し肉を回収しようと決めた。


 しかし、村娘は森を歩く体力がなさそうだ。


 荷物と一緒に街道で待ってもらうという手もあるが、盗賊に餌を与えるようなものである。


 困った俺は、お姫様抱っこで村娘を抱えて森に入ることにした。


 村人を倒してレベルが上がったのか、身体能力が前より上がっている。村娘を抱えたままでも、不自由なく森を移動できるはずだ。


 村娘は最初、恥ずかしがっていた。俺が強引に抱えてしばらく歩くと、「らくちんです」と笑いながら足をプラプラさせている。


 


 村娘を女と意識していなかった俺は、なんの下心もなくお姫様抱っこしたのだがやばかった。


 一年ぶりの女性の柔らかな感触と甘い匂い。野人の野人が野人になるところだった。すまし顔で歩いていたが、心の中では必死に素数を数えていた。


 干し肉を回収し街道に戻る。村娘と歩きながら俺は必死でしゃべった。沈黙が怖かったからだ。


 村娘から故郷を奪ったことを恨まれているのではないだろうか? そう考えると怖くて仕方がなかった。


 幸い、話題にすることはたくさんある。何せ俺はこの世界のことを何も知らない。


 俺が一方的に質問して村娘が答える。そんな会話を続けながら街道を歩いた。


 誰もが知っているような一般常識をたずねる俺に、村娘は嫌な顔一つせず、その事をたずねる事もなくまじめに答えてくれる。


 村娘と色々な話をした。色々なやり取りをした。


 今までゆっくり話したことがなかったので、村を出て落ち着いてから敬語で話しかけたのだが「気持ち悪いのでやめてください」と言われた。


 ひどい。


 お互いなんとなく名前を聞かなかった。微妙な二人の関係が壊れるのが怖かったからかもしれない。


 そうのまま会話を続けていたら、村娘とゴブリンさんで呼び名が固定されてしまった。ゴブリンと呼ばれるのは嬉しくないが、あだ名で呼び合う関係がなんとなく心地よく感じている自分もいる。



 日暮れまでに次の村に着けるか微妙なときは、村娘を抱っこして走った。すごくどきどきした。これは恋なのだろうか……。


 そうやって村娘としばらく旅をしていたある日、急に気付いてしまった。村娘が昔付き合っていた女性に似ているのだと。


 外見ではなく性格が似ているのだ。自己評価が低く、他人に献身的で自分を大事にしない傾向があること。少し天然なところ。


 村娘といて心が安らぐのは、村娘に彼女の面影を感じていたからなのだろうか。


 野人生活で擦り切れた心を癒すために、ふられた昔の恋人の影を追っていたのかもしれない。


 急に視界が開けたような気がした。


 異世界に来てまで昔の恋人の影を追っているなんて女々しすぎて笑える。それを自覚したとき、村娘に抱いていた変な依存が消えたのだ。


 元恋人の代わりではなく、村娘という一個人として彼女を見るようになった。


 そして、改めて彼女に惹かれていった。


 旅を続けてしばらくたったある日、丁度良い距離に村がない場所に差し掛かる。どれだけ急いでも野営しなければならないことになったのだ。


 街道の近くとは言え、モンスターや野党がでるかもしれない。村娘の安全を俺が守ると、強く心に誓った。



 夜、焚き火の前で寝ずの番をしている。横のテントもどきで村娘は眠っていた。周囲に意識を配りつつ、焚き火の炎を眺めていてふと思った。


 レベルの確認をしていない。


 自分のレベルを確認するには、教会に置いてある魔法具を使わなければならない。村娘からそう聞いた。


 ステータスをどこでも見れる俺は異質ということになる。


 ずっと村娘と一緒だったから、確認ができなかった。村娘は今テントで寝ている。ステータスを見るチャンスだ。


 俺は改めて周りの気配を確認し、俺と村娘しかいないことを確認してからそっと唱えた。


「ステータスオープン」


レベル

15


スキル

空手

気配察知

気配隠蔽


称号

新種のゴブリン

怪物


 おぉ、レベルが結構あがっている、スキルも増えている! というか人間って経験値多いのね。


 戦争の英雄とかレベルがやばいことになっていそうだな。多少強くなったが、調子に乗るのは止めた方が良さそうだ。


 称号が増えている『怪物』か。


 村を襲って人をいっぱい殺したからかもしれない……。


 地味に心を抉ってくるな。やっぱあの神様、性格悪いね。



 村人を殺した次の日、俺は悪夢にうなされた。村長の狂った顔が何度も現れ、呪詛じゅその言葉が繰り返し聞こえ苦しんだ。しかし、それだけだった。


 それからは悪夢を見ていないし、罪悪感もほとんど覚えなくなった。


 ゴブリンを殺しすぎて命を奪うことに抵抗がなくなったのだろうか? この世界に来て神様に体を作り変えられたときに心まで変質してしまったのだろうか? それとも、気付いてないだけで俺はサイコ野郎だったのだろうか? 別にどれでもかまわない、罪悪感に潰されるよりはよっぽどいい。


 この世界は平和な日本とは違うのだから……。




 村娘との旅は順調に進んだ。


 途中で盗賊に襲われると思ったのだが、襲撃されなかった。大荷物を運んでいる男と娘一人、良いカモだと思うのだがな。


 村娘にそう話すと、そんな巨大な荷物を平気な顔して運んでる人間に、食い詰めた農民が主体の盗賊が襲ってくるはずがないと言われた。


 この巨大な荷物は盗賊避けの意味もあったのか。俺が思っている以上に村娘は頭が良いのかもしれない。



 いつものように、村娘と街道を歩く。何気に昨日疑問に思ったことを村娘に尋ねてみた。戦争で多くの人間を殺したやつは、とんでもないレベルになっているなと。


「慈悲深い神様は同族で殺しあうことを良しとせず、同族同士では殺しても経験値がほとんど入らないのです。ですが、エルフや獣人を殺せば経験値が入ります。危険なモンスターを殺すより他種族を殺す方が簡単でした。毒やだまし討ちなどで多くの他種族が殺されましたし、人族も同じように他種族に殺されました。悲しいことに人族、エルフ、獣人は争いを繰り返しています」


 村娘の話を聞いて俺は衝撃を受けた。モフモフ好きな俺は、獣人と戦争してるだと! モフモフできねぇじゃねぇか! なんて普段は考えるんだろう。


 しかし、そうじゃない。人同士は経験値がほとんど入らないだと……。


 俺は人を殺してかなりレベルが上がった。


 人を殺して大量の経験値が入る俺はいったいなんなんだ。ステータスの称号の欄にあった『怪物』の文字。


 村娘が何かをしゃべっているが全く耳に入らなかった。世界から音が消え、キーンと耳鳴りがする。


 なぁ神様、このいじり全く笑えないよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る