第11話 膝に矢を受けてしまってな

板金鎧プレートアーマー、全身を覆う金属の鎧。金持ちの住む洋館に飾ってあるアレである。


 圧倒的な防御力を誇る防具であり、非常に高価な代物だ。騎士をはじめとする、貴族階級しか所持できない防具。


 なぜこんな田舎の小さな村に、板金鎧プレートアーマーなんてあるんだ……。




 ただの鉄なら、レベルアップで上昇したフィジカルで何とかなるかもしれない。


 だがここは幻想世界。


 ミスリルを代表とする魔法金属も存在するはず。現に目の前にある板金鎧プレートアーマーは、見たことのない鈍く光る黒色をしていた。


 俺の知らない未知の金属で作られている可能性がある。


 かちゃ、かちゃと想像よりも小さい音を立てながら、板金鎧プレートアーマーを着た男?(鎧の形状からして男だとは思うが兜で顔が見えない)が距離を詰めてくる。


 騎士? は腰からスっと剣を抜く。馬上などでも使えるロングソードだ。タワーシールドを装備していたらMMORPGで言うところの壁役タンクという可能性もあったが、どうやら騎士のようだ。


 なぜこんな田舎に騎士が? そう思ったが考えてもしかたない。実際、目の前に騎士がいて剣を構えているのだから。


 今までの田舎の自警団もどきとはわけが違う。しっかりと戦闘訓練を積んだ強者である。


 ロングソードを構える姿にも隙がない。背中にいやな汗が流れた。


 板金鎧プレートアーマーは防御力は高いが重い、出来れば持久戦に持ち込んで体力を奪いたいがここは敵地だ。


 いつ増援が来るかわからない。


 騎士と戦っている最中に矢でも打ち込まれれば、最悪の結末になるだろう。短期決戦が望ましい。


 しかし、板金鎧プレートアーマーを着た騎士相手に、素手で短期決戦など可能だろうか……。


 騎士は、自分からは仕掛けるつもりがないようだ。剣を正眼に構えたまま動かない。


 汗がたらりと頬を伝う。騎士の威圧感に飲まれかけている自分に気が付いた。落ち着け、集中するんだ。


「こぉぉぉ」


 空手の息吹をして、心拍数を落ち着ける。独特の呼吸音に村人たちはびくっとしたが、騎士は微動だにしない。


 まずは観察だ。基本に立ち返り、俺は相手を観察することにした。


 騎士の構えを見て、少し違和感を覚えた。剣術を修めてはいないが、武術の基本は同じはず。このかすかに感じる違和感は何だ……。


 そうか、重心の位置だ。


 俺は昔、半月板を損傷したことがある。長いリハビリの末、なんとか前の様に動けるようになったが、完璧には戻らなかった。前世では、寒くなると膝がひどく傷んだ。


 この騎士の重心の位置は、膝を壊したときの俺に似ているんだ。


 怪我で騎士を引退したのかもしれない。


 それでも厄介なことに変わりはないが、少しだけ希望が見えてきた。攻撃にも防御にも膝は重要な役割を果たす。


 地面を蹴る。足の力を上半身に届ける。相手の攻撃の衝撃を吸収する。急激な方向転換をする。攻撃にしろ防御にしろ、すべてに膝のバネを使う。


 膝を壊して引退するアスリートは多い。前のようなパフォーマンスを発揮できなくなるからだ。


 この騎士も万全ではないはず。そこを突ければ必ず勝てる、希望が見えてきた。


 それにしても膝か、膝ね、うん、テンプレだよね。あれでしょ、膝に矢を受けてしまってな……。


「ブハッ」


 ひりつくような緊張の中、テンプレを思い出してしまった。


 命のやり取りを行っているストレスから逃げるためか、緊迫した状況を無視して脳がアホなことを考えてしまう。


 緊張と緩和ではないが、予想だにしない有名なテンプレの出現に思わず吹き出してしまった。


 その隙を突いて、鋭い突きが首目掛けて突き出される。ギリギリで避けたが、薄く首の皮が切れ血が流れる。


 それと同時に俺は、相手の懐に飛び込んでいた。


 膝のバネが利かない分、わずかにキレがなかった。万全の状態から放たれた突きだったなら、俺は喉を貫かれて死んでいただろう。


 騎士は家の中で鎧を着ていたため、俺の戦いを見ていない。様子見で一番攻撃範囲の広い突きを出したのかもしれない。


 反撃されても、素手で板金鎧プレートアーマーの防御力は破れない。そう思っているのだ。


 飛び込み一気に騎士の懐に入る。騎士は特に動揺もせず、膝、脇、首などの鎧の隙間をしっかりと警戒していた。


 騎士が警戒している場所に攻撃をしても、手痛い反撃を受けるだけだろう。だが、俺の狙いはそこじゃない。


 サウスポーにスイッチしながら、相手の左足に向かって後ろ向きにでんぐり返しをする。後ろ向きにコロンと転がりながら両手で左足の足首をキャッチする。


 足を手前方向に引っ張りながら、左足で相手の右の膝裏を膝カックンのように押し、右足で相手の腹を押す。


 左足をすくい上げられ、右足の膝をカックンされ、さらに腹を足で後ろに押される。複数の箇所を責められた騎士は、バランスを崩し、あっけなくコロンと倒された。


 俺はすくい上げた左足のつま先を左の脇の下に挟み、クラッチした腕で踵を絞り上げる。


 ヒールホールドの完成だ。


 ヒールと名前が付いているが、極めるのは膝だ。この騎士は右膝を悪くしているが、今度は左膝を破壊させてもらう。


 昔のやばい人は言った。関節技、極めたら即折る。踵を絞り上げると、膝からブチブチと靭帯が破壊される音が鳴った。


「ぎゃああああああ」


 どれだけ頑丈な鎧を着ていようが、関節の強度が上がるわけじゃない。空手と違いスキルがない、複雑な入り方からのヒールホールド。うまく決まるのか不安だったが、レベルアップの恩恵で強化されたフィジカルが良い仕事をしてくれたようだ。


 ロングソードでの反撃を警戒して、膝を破壊してからすぐに離れた。しかし、騎士は痛みでそれどころではないらしい。


 レベルが上がって肉体が強靭になっても、痛みがなくなるわけじゃないからな。


 無事だった方の膝も破壊されてしまった騎士の絶望はいかばかりか、自分でやっておいて少し哀れに思った。


 横向きに倒れ、膝を押さえ痛みに呻いている騎士の背後に回りシュルリと首に腕を回す。


 首は鎧で守られ、裸締はだかじめなどの技で首を絞めることはできない。


 だが、首の関節を攻めることはできる。


 首の下に回した腕で、騎士の顎をぐいっとやって上を向かせる。騎士が抵抗しようとしたが、両腕ごと足を胴体に巻きつけてロックする。


 騎士の顎を上げたまま、自分の肩ごと回すように捻り上げる。腕の力ではなく背筋を使って、斜め上に捻り抜く感覚だ。


 バキっという音と共に騎士の体から力が消えた。知識としては知っていたが、実際に首を折って殺す日が来るとは……。


 普通に首の骨を折るだけでは、人は死なない。首の骨が折れれば、結果的には死ぬだろうが即死ではないのだ。


 恨みもない相手を無駄に苦しめる趣味はない。


 即死させるには、頚椎を通る神経を切断する必要がある。そのため、強い力で一気に捻じ折る必要があるのだ。


 無理に腕力でやろうとしてもうまく行かない。背筋を意識しながら体全体を使うのがコツだ。


 初めての試みだったが、相手を無駄に苦しませずに済んだのはよかった。




 村人たちは最後の砦である騎士を殺され、こういう表情を絶望と表現するのだろうな。そう思ってしまう表情をしていた。 


「村長以外に用はない。巻き込まれたくなければ家でおとなしくしていることだ」


 俺がそう言うと、村人たちは蜘蛛の子を散らすように家に逃げ帰った。


「おい、村長」

「な、なんじゃ。ワシに手を出してみろ、ワシは領主の親ぞ」


 ベキっと枝が折れるような音が鳴る。


「ぎゃああああ」

「余計なことはしゃべるな」


 指の骨を折られた村長の悲鳴が村に響く。


「貴様! ワシにこんなことをして、あぎゃあああ」


 ベキベキ、続けざまに指の骨が折れる音がする。


「まだ分からないらしいな村長。俺は余計なことは喋るなと言ったんだ」

「ぐぅぅ、わ、わかった」


 ベキベキベキ、今度は三回、指の折れる音がする。


「うぎゃああああ。な、なぜじゃ。ワシは言う通りにしたじゃろ」


 涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら村長が言った。


「俺は余計なことは喋るなって言ったんだ。分かったなら頷くだけでいい。俺がいつ喋れって言ったよ」

「ぐぎぎぎ」


 怒りと屈辱で顔を真っ赤にした村長がコクンとうなずいた。


「俺が倒したホブゴブリンの討伐料、素材、装備、それと俺に対する慰謝料を頂きたい。当然の権利だ」


 村長は何も言わない。


「あぁ、そうか発言を許可するよ村長。だけど、喋っていいのは『はい』か『わかりました』だけだ」

「ッわかりました」

「性格の悪いお前のことだ、金目の物は自分の目の届く場所以外に置かないだろう。家に案内しろ」


 しばらく黙った後、村長はコクンとうなずいた。


 村長の家で、この世界、もしくはこの国の貨幣と思われるコインが入った袋を受け取った。おそらく銅貨、銀貨、金貨だと思われる。


 村長は最初、金貨を隠していた。手の指が全部折れても、足の指が後十本もある。そうささやいたら、素直に隠し場所から持ってきた。


 ついでに俺の着れそうな服や、旅に必要なものなどを貰うことにする。


 その後、俺は村長を連れて町の広場まで移動した。


「村長、これでホブゴブリンに関する賠償は終わりだ」


 村長はホッとした顔をした。


「これからは、俺を殺そうとしたケジメを付けさせてもらう」


 ホッとした顔から一転して、村長は顔を真っ青にした。


「さすがに家族の前で殺すのはかわいそうだからな、ここでケジメを付けることにするよ」

「ふざけるな! 息子を殺し、村をめちゃくちゃにして、ワシの金を奪ってまだ足りないのか!」


 俺は村長を睨みながら言った。


「村長、これはお前が始めたことだ。俺からホブゴブリンを奪ったことも、俺を殺そうとしたことも」

「息子は関係ないじゃろ!」

「お前の息子が襲い掛かってきたんだ。正当防衛だと言っているだろう。その後だって話し合うことはできたはずだ……。殺し合いを望んだのはお前だ」

「なぜじゃ、なぜワシが殺されなければならんのじゃ」

「人を殺そうとしといて、逆は嫌とか通用しないだろ。観念しろ」


「嫌じゃ、ワシは死にたくない。おのれガーヘルトめ、何が騎士じゃ。普段えらそうにしておる癖にあっさりやられよって。あの娘が貴様の治療などしなければ、他のやつらも役立たずじゃ。村人ども、ワシを助けろ。ワシはこんなところで死ぬわけにはいかんのじゃ。おーい、誰か!誰か助けに来い!!」


 村長がいくら叫んでも、村人は誰一人として助けには来なかった。


「おのれ恩知らずどもめ! ワシのおかげでこの村は発展したんじゃ。ワシのおかげでお前ら役立たずどもが生きておれるのじゃぞ、おのれ!おのれ! 貴様、呪ってやるぞ! 必ず地獄に道連れにしてやるぞ!!」


 村長が狂気を宿した眼で俺を睨みつける。口から泡を飛ばし眼を吊り上げ呪詛じゅその言葉を撒き散らす。そんな村長に、俺はゆっくり近付いていく。


「地獄? 悪いな、俺は無神論者だから地獄とかは信じていないんだ。あれ? 神様には実際会ったから神はいるよな? あー、あのめんどくさがりな神が地獄の管理なんて面倒臭そうなことやるわけがない。ってことで、やっぱり地獄なんて信じないってことで」

「何を訳の分からないことを言っておるのじゃこの狂人めが! やはり、きさまぎゃば」


 これ以上、村長の話を聞く気がなかった俺は、村長の頭に手刀を振り下ろした。


 息子と同じ方法で死なせてやろう。貴様の信じる地獄とやらで、親子仲良く過ごすといい。




 村人が家から出てくる気配はない。俺は井戸で血と泥を洗い流し、村長から慰謝料としてもらった服を着る。


 この世界に来て初めて、動物の毛皮以外のまともな服を服を着た。おそらく一年以上、毛皮と腰蓑こしみので過ごしたはずだ。


 麻の服っぽいが、この世界にも麻があるのかわからない。肌触りが悪く少しガサガサするが、通気性は良さそうだ。


 こんにちは文明、さよなら野人生活。井戸の前で一人感動していたが、今はそれどころではない。


 俺は村娘のいる診療所に向かった。診療所の前で深呼吸をしてドアをノックする。しばらくすると、扉が開き村娘が姿を現す。


「ゴブリンさん、準備はできています」

「村長との話し合いの結果を聞かなくていいのか?」

「村長さんの声が聞こえていましたから……」

「そうか……」


 村人を殺した俺を憎んでいるか? その言葉が喉の先まで出掛かった。俺はその言葉を飲み込む。


「荷物は俺も運ぶから、持てるだけ持っていこう」

「いいんですか? ゴブリンさんも荷物があるんじゃ?」

「森の中に拠点があるけど、保存食ぐらいしかないからな」

「それじゃあ、申し訳ないですがお願いします」


 本当は俺と戦った村人の武器防具を売りさばけば良い金になりそうなんだけどな。騎士の板金鎧プレートアーマーとか。


 かさばりそうだし、何よりそこまで根こそぎってのも何か違う気がする。


 村人たちが完全に巻き込まれただけだとは思わない。俺が殺されそうになったり、村娘にひどいことをしようとした馬鹿息子たちを止めなかっただけだ。


 立場的に止められなかったのかもしれない。


 でも、俺や村娘の立場から言わせてもらうと、消極的な賛成であり見殺しなのだ。


 村娘と違い、俺は村人たちを好意的には見れない。


 積極的に殺そうとまでは思わないが、少しぐらい不幸な目に遭え、ざまぁみろ。そのぐらいは思う。俺の心はペットボトルキャップより小さいのだ。


 それでも、根こそぎ奪うというのは違う気がする。


 騎士の装備を売れば村人たちも、これからの暮らしの助けになるだろう。


 村が崩壊して、別の町で暮せばよそ者としてつらい目に遭うかも知れない。


 しかし、多少の資金があれば生活基盤を整えるぐらいはできるだろう。現実はそんなに甘くないのかもしれないが、そこまでは俺の知ったことじゃない。


 無責任かもしれないが、それで構わない。俺を見殺しにした奴らの生活なんぞ、どうでもいいのだ。




 人も殺してしまった。そのことをまじめに考えると、心が壊れてしまうかもしれない。


 だから、深く考えないことにした。俺は俺らしく、俺の思うがままにこの世界を生きていく。そう決めたんだ。


 俺がそんなことを考えていると、村娘が俺に運んでほしい物を選び終えたらしい。


「なぁ村娘」

「はい、ゴブリンさん」

「荷物山盛りなんだけど」

「はい、がんばってください」


 この娘、やっぱり良い性格をしている。

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