第10話 はじめてのKILL


 気配が診療所の前まで近付いてきた。俺は扉を開け、馬鹿息子たちの前にでる。


「うわ!」

「なんだ!」

「新種のゴブリン!」

「ひぃぃ」

「あわわ」


 俺の姿を見て、馬鹿息子たちが驚いている。


「おい、俺のホブゴブリンを返せ」

「しゃべった!」


 馬鹿息子たちは、ざわざわとうるさくしゃべりながらお互い相談しだした。


 騒ぎを聞きつけた村人たちも、馬鹿息子たちと俺を遠くから見つめながらざわざわしている。


「カ〇ジかよ!」

「ひぃ」


 突然大声で突っ込んだ俺に吃驚して、気の弱そうな村人が声を出した。


「なにわけのわからねぇこといってんだ」


 ようやくこっちを人間だと判断した馬鹿息子が、偉そうに話しかけてくる。


「そんなことはどうでもいい、俺の倒したホブゴブリンを返せ」


 馬鹿息子は一瞬顔をしかめ、言葉に詰まった。その後、傲慢な表情を浮かべながら言った。


「そんなもんしらねぇな、いちゃもんつける気かよ」


 予想通りの反応だな。素直に渡すはずがないと思った。しかし、台詞が安いドラマに出てくるチンピラみたいだ。少し笑ってしまった。


「なに笑ってんだてめぇ」

「このやり取りがめんどくさい。もういいからとっとと額を地面にこすりつけて、心から謝罪してホブゴブリンと慰謝料をよこせ。そしたら勘弁してやるよ」

「んだてめぇ」


 馬鹿息子がキレ出した。田舎のDQNかこいつは……っていうか田舎のDQNだったわ。


「ぶっ殺して死体を森にでも捨てりゃいい、やっちまえ」


 馬鹿息子がそう叫ぶと取り巻きどもが俺に向かってくる。


「おらぁ!」


 チンピラ丸出しの掛け声を出しながら、取り巻きの一人が殴りかかってきた。テレフォンパンチ丸出しの遅い拳がゆっくり迫ってくる。あくびが出そうなパンチを半歩横に動いてかわす。


 がら空きの顔面を狙い、正拳突きを放った。ゴブリンに人中は効果が無かったが、異世界人には通じるのだろうか。


 そんなことを思いながら、相手の顔面に拳を突き刺す。


 異世界人への人体実験は失敗に終わった。グシャっと何かが潰れる音と共に、拳が深くめり込み顔面が陥没していた。


 人中も糞もねぇな、こりゃ即死だわ。


 初めて人を殺したのに、思ったよりもショックを受けなかった。それどころか、あまりにもあっけなく死んだことに驚いている。


 今は戦っている最中だ、後から精神的ダメージが来るのかもしれない。頭の中でそんなことを考えながらも、体はすでに次の行動を取っていた。


 上体を前に倒すことで生まれるエネルギーを前方向の推進力に変えながら右足で地面を蹴る。停止状態から急加速する空手の身体操作のひとつである。


 突きを放った後の停止状態から急加速し、アホ面下げて固まっている取り巻きの一人の喉に貫手ぬきてを突き刺した。


 ゾブリと、皮膚と肉を貫くなんとも言えない感触が伝わってくる。右足を半歩横に踏み出し、左足で後ろ回し蹴りを繰り出す。


 貫手ぬきてをくらった取り巻きの近くにいた気の弱そうな取り巻きの側頭部に足裏が減り込んだ。


 唖然としていた馬鹿息子が、慌てて腰からナイフを抜こうとしたが遅い。俺は正面から踵で馬鹿息子の膝を打ち抜く。


「うぎゃああああ」


 膝関節が『く』の字に曲がり、完全に逆方向を向いていた。最後の取り巻きの一人が、悲鳴を上げながら逃げ出す。


「ひいぃぃぃいいぃ」


 俺は全力で走り、逃げ出した取り巻きの背骨に飛び膝蹴りを突き刺した。そして、後頭部を掴み顔面を地面に叩き付ける。


 ズザザーと俺の推進力に押された取り巻きの体が地面をすべる。地面に顔面を削られ、赤い塗料でラインを引いたように血で一本線が描かれた。


俺は足が逆方向に曲がり、のたうち回りながら悲鳴を上げる馬鹿息子に近付く。


「ひぃい、く、くるんじゃねぇ」


 涙と涎でくしゃくしゃになった顔で、唾を飛ばしながら馬鹿息子が叫ぶ。俺は馬鹿息子の頭部に手刀を振り下ろした。


 頭から顔までの三分の二ぐらいまで手刀が減り込み、馬鹿息子はビクビクと痙攣している。濁った目から、命の光が消えていた。


 不思議なことに、人を殺した罪悪感や悪党を殺した高揚感を感じなかった。あまりに脆い相手の肉体に、戸惑いを覚える。


 ホブゴブリンごときに苦戦した俺は、この世界の水準で弱者だと思っていた。拍子抜けするほど相手が弱かったので、違和感がすごかったのだ。


 馬鹿息子たちは、俺相手に強気だった。


 ホブゴブリンを倒した俺相手に強気なのだ。少なくとも五人いれば、ホブゴブリンには勝てるレベルなんだと思っていた。


 ところが、いざ戦ってみると驚くほど弱かった。あのざまだと、ホブゴブリンには到底勝てない。相手との戦力差も計算できないほどアホだったらしい。



 馬鹿息子に止めを刺してから気付いた、村長の家の場所を聞いてない。


 家の場所を聞いてから止めを刺せばよかったと後悔していると剣、槍、鍬、鎌、など、様々な道具で武装した村の男たちが駆けつけてきた。


 その後ろの方に、他の村人に比べて仕立ての良い服を着ている小太りの男が立っていた。


「フィリッポ、なんということだ。あぁ、ワシの息子が……」


 小太りの男が村長らしい。馬鹿息子の死体を見ながら目に涙を溜めている。悪党でも、息子のことは大事だったらしい。


「貴様ゆるさんぞ! 嬲り殺しにしてくれるッ!!」


 怒りに目を血走らせた村長が俺に叫ぶ。


「襲ってきたのはアンタの息子だ、正当防衛ってやつだよ」

「うるさい、そんなことは関係ない! 貴様、楽に死ねると思うなよ」


 村長と会話をしながら、俺は視線を巡らせ相手の装備と数を確認していた。相手は八人。まともな装備をしているのは三人だけ、後は普通の服に農具を持っている。


 一番厄介そうなのは盾と片手剣を持った男か。次は槍。最後は両手剣を持った男。農具を武器にしている農民は似たり寄ったりだ。


 脅威度の設定は完了。相手は陣形などは組んでいない。三人の動きに注意しながら囲まれないように人数を減らしていく必要がある。


 漫画などで、一番強い相手を最初に倒して相手に心理的なプレッシャーを与える。なんて描写をよく見るが現実的じゃない。


 強者と戦っている間に囲まれれば、たちまちピンチになる。通常は弱い相手から削っていくのがセオリーだ。


 俺はあえて、セオリーを無視して一番強そうな盾持ちから狙っていった。


 素手で盾を持った相手を倒すのはとてもキツイだろうと、容易よういに想像できる。


 盾での防御は、ただ盾を構えて防げば良いというものではない。


 角度をつけて攻撃を滑らす。盾で押し返す。踏ん張って受け止めるにしても、角度や力の入れ具合を相手の攻撃によって変える。非常に高度な技術が必要なのだ。


 スキルシステムがあるこの世界では、その技術はさらに磨きがかかっているかもしれない。だからこそ最初に狙う。おそらく、素手の攻撃に対する防御など練習したことはないはずだ。


 当然、素手より武器を持ったほうが強い。


 モンスターが蔓延はびこるこの世界で、モンスターに比べて強靭な肉体も鋭い爪も持っていない人類が、態々わざわざ素手で戦う技術を磨いているとは考えにくい。


 そこが狙い目だ。


 見られれば対処される危険性がある。だから最初に盾持ちを狙う。


 俺は一気に加速して、盾持ちに接近する。剣の間合いに入った瞬間、盾持ちがコンパクトな突きを出してくる。


 思ったより速度が遅い。突きが俺に当たる前に、俺は余裕を持って突きをかわす。


 心臓目掛けて突き出された剣をかわしながら中段回し蹴りを放つ。盾持ちは蹴りを受け止めようと盾を構えた。


 蹴りが放たれる瞬間、俺は足をたたみながら膝をしならせ、踵を上に振り上げるようにして足の角度を変える。中段から、振り下ろすような上段へと軌道を変化させ蹴りを放った。


 ブラジリアンキックと呼ばれる上段回し蹴りの一種だ。中段から、急に角度の付いた振り下ろしの上段へと変化した回し蹴りに虚を突かれ、盾持ちはまともに蹴りをくらってしまう。


 側頭部に蹴りが入った瞬間、俺の首を狙って槍が突き出される。気配で槍男が接近していたことに気付いていた俺は、余裕を持って槍をかわす。


 突きをかわされた槍男は、一瞬驚いた顔をした。その後、突きを連続で放ってくる。スキルの影響なのか、無駄のない正確な突きだった。


 正確な突きではあるが、狙いが単調で軌道が読みやすい。


 レベルもそれほど高くないのか、突きの速度自体もそんなに速くはなかった。しかし、リーチの長さが厄介だ。


 俺が槍男の突きをかわしている間に、両手剣男と農具を持った村人が俺を囲むように動き出す。


 槍男の突きをかわしながら、俺の背後に回っていた両手剣男に近付く。無防備な背中だよ、今がチャンスだよ、ほら、攻撃をするんだ。


 突きを避け損なってバランスを崩した『フリ』をして、あえて隙を見せる。見る人が見れば、重心の位置などから演技だとばれてしまうが、田舎の村人にそんな判断はできまい。


 両手剣男は、モンスターハ〇ターの大剣を細くしたような、長い剣を大上段に構える。その構えのまま、俺の背中に向けて剣を振り下ろそうとした、そのとき。


 俺は背中を向けたまま両手剣男に飛び込み、後ろ向きのまま左肘を水月すいげつに突き刺した。虚を突かれた両手剣男は反応が遅れ、攻撃をまともにくらってしまう。


 カウンターは体ではなく、心の隙を突くもの。恩師の教えを異世界で実践する日が来るとは。


 そんなことを考えながら、手を後ろに回し両手剣男の奥襟を右手で掴んで投げる。


 背中を強打し肺の空気を押し出され、動きの止まった両手剣男の首に足刀を突き刺した。


 その瞬間、槍男の突きが飛んでくるがバレバレである。あっさりとかわし距離を取る。


 隙を突くのがお好みらしいが、タイミングが同じで読みやすい。


 確かに、止めを刺した後が一番油断しやすく、隙を突くには良いタイミングだ。だが、二度目となると効果が薄い。


 止めを刺されないよう、俺の邪魔をして戦力を維持したほうがよっぽど有益だと思う。そんな風に考えていると、勇敢な農民が後ろから鎌で襲ってきた。


 右の後ろ足を半歩内側に移動させそのままクルンと後ろを向けばオーソドックスから後ろを向いたサウスポーに早代わりである。


 もともと空手は、多人数相手を想定した技術。競技化することで一対一になり、ボクシングのように利き手を生かすという考えが生まれた。


 しかし、本来は左右どちらの構えも使う。前後左右上下どの方向からの攻撃でも、対処できる技術があるのだ。


 すばやく反転しながら鉄槌を鎌を持つ腕に落とす。


 農民が痛みで鎌を落としたとき、すでに顔面に左の正拳突きが突き刺さっていた。陥没した顔面から拳を引き抜くと、ぐぼっと粘着質な音と共に血が溢れ、農民が倒れた。


 それを見ていた別の農民が、ひぃと悲鳴を上げる。


 農具を持った農民が怯んでいる隙に、槍男を倒す。俺はサウスポーに構え極端に半身になる。顎を引き左手を顎の下に持っていき右手を曲げ肝臓を守る。


 歪なヒットマンスタイルのような構えで槍男に接近する。槍男は突き以外を使ってこない。おそらく、突き技以外が苦手なのだ。この構えだと突きで狙えるのは目、太股、膝ぐらいだ、どうする槍男。


 接近する俺に槍男はこの日初めて突き以外の攻撃を放つ。横から叩き付けるように槍を薙ぐ。俺はさらに前進し穂先をかわす。柄が俺に叩き付けられるが、しっかりガードしていた。


 突きの速度が遅いからもしやと思ったが、やはりこいつはそんなにレベルが高くない。


 柄はそこそこ痛かったが、簡単に受け止められた。


 がっしりと槍を掴み、レベル差によるフィジカルごり押しで槍を力任せに引っ張る。すると、槍男が槍を持っていかれないように必死に踏ん張る。俺がパッと手を離すと槍男はバランスを崩した。


 俺は一気に距離を詰め、右の刻み突きを放つ。槍男はバックステップで距離を取りかわした。


 俺はさらに距離を詰めると、左足で三日月蹴りを放った。相手の肝臓に上足底じょうそくていが突き刺さる。


 肋骨が砕け、肝臓がパカンと割れる感覚が足裏に伝わった。槍男はわき腹を押さえ、血反吐を吐きながら声にならない声を上げのた打ち回る。


 自分でやっといてアレだけど悲惨だな、楽にしてあげよう。


 気配を探り、視覚を使い、弓などの遠距離攻撃を警戒しならが槍男に近付いていく。のた打ち回る元気すらなくなったのか、うめき声を上げて動かなくなった槍男の頭を踵で踏み潰す。足裏にいやな感触を感じながら、俺は周りを見渡した。


 盾男は死んだのかピクリとも動かない。うつ伏せに倒れた状態で、頭部から流れた血に沈んでいた。


 農具をもった農民は、完全に心が折れたのか近付いてくる様子はない。




 馬鹿息子の取り巻き五人、戦える男たち三人、勇敢な農民一人、計九人。村長を入れると丁度十人。


 それだけ男手を失えば、この村は終わりだろう。


 村長としっかり賠償についてお話した後、俺を殺そうとしたお礼を十倍返しでお返しすれば良い。そう思っていると、近くの家から一人の男が出てくる。


 家の中に人の気配は感じていたが、怯えて家にこもっているのだと思っていた。


 どうやら、違ったみたいだ。


 板金鎧プレートアーマー、こいつを着るのに時間が掛かってたって訳か……。


 ラスボスのご登場ってか。


 俺の前に、全身を鎧で包まれた男が立ちふさがった。

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