TOUGH BOY~冒険者はつらいよ~

第13話 プロローグ

 同種族では経験値の取得量が制限される。衝撃的な話を聞いた俺は、色々なことが頭をめぐり呆然としていた。


「リンさん、ゴブリンさん、聞いていますか?」


 村娘に体を揺すられた俺は、思考の泥沼からすくい上げられた。


「あ、あぁ聞いてるよ村娘。悪い、少しボーっとしてた」

「大丈夫ですか?」

「あぁ、寝ずの番をしたから少し眠かっただけだ」

「無理しないでくださいね」

「ありがとう、大丈夫だよ」


 村娘とそんなやり取りをしながら俺は、アイデンティティーが崩壊するのを感じていた。


 村娘に対する淡い恋心も、初めて行く異世界の町へのわくわくも、異世界テンプレである冒険者への希望も、すべて吹き飛んだ。


 神に突然転生させられた自分は、この世界において異物なのだとはっきりと理解できた。理解できてしまった。


 人ではない自分の存在は何なのだろうか? 村娘と結ばれても子供はできるのだろうか? 教会の魔法具で異常だとばれないだろうか……。


 いろんな考えが頭をグルグルと巡る。そして気付いた。


 空手という対人技術に特化した、人を殺すことで経験値が入る人に似たナニか。


 俺が権力者ならどんな手を使ってでも排除する。執拗に追い詰めて必ず殺す。


 最悪だ、絶対に気付かれてはならない。村娘とも一緒にはいられない、巻き込んでしまう。


 おそらく拷問され、陵辱され、徹底的にいたぶられた後、怪物の仲間として死後も名を辱められる。


 俺はまだ始まってもいない恋が終わったことに胸を痛めながら、村娘と旅をした。


 勝手に惚れて勝手にあきらめた、それだけなのに……何故こんなにも胸が苦しいのだろう。





 それからしばらくして、目的地のロック・クリフに着いた。


 城塞都市ロック・クリフ。モンスターへの備えではなく、かつてこの地を支配していた蛮族に対抗するために作られた町である。


 かつて最前線だったこの町も、今は隣国との貿易で栄える交易都市としてその姿を変えている。


 まるで中世ヨーロッパの町を見ているようで、凹んでいた俺もテンションがあがった。


 俺は目立たないようにフード付のローブを着て、フードを深くかぶり人相を見られないようにした。


 村娘と一緒にいるところを、あまり見られたくなかったからだ。


 門には、長い順番待ちの列ができていた。村娘と二人で並んでいると村娘に話しかけられた。


「ゴブリンさん、元気がないようですけど大丈夫ですか?」


 いつも通り振舞っているつもりだったが、村娘には気付かれていたようだ。


「大丈夫、さすがに少し疲れただけだよ。町の宿で休めばいつも通り元気いっぱいになるさ」

「そうですか。ここまでありがとうございました、ゴブリンさん」


 村娘はペコリと頭を下げた。


「どういたしまして」


 俺はにっこり微笑んだ。


「町に着いたら、お互いの名前を教え合いましょう。それから一緒に、ご飯を食べに行きましょう。昔この町に一度だけ来たことがあるんです。おいしいお肉の店があるんですよ」


 キラキラしたまぶしい笑顔だった。俺の胸が押し潰されたかのように悲鳴を上げる。歯を食いしばり必死に涙を堪えた。


 言わなくちゃいけない、俺とはここまでだと。すぐに町をでると、俺のことは忘れてくれと。


 俺はなるべく自然に、できるだけ笑顔で答えた。


「ごめんな、村娘。俺は金がたまったらこの町を出るつもりだ、長居するつもりはないんだ。それに、村人を殺したことで衛兵が俺を逮捕しに来るかもしれない。仲間だと思われないためにも、俺のことは忘れろ。名前なんて聞かないほうがいい」

「そんな……」

「頼む、恩人に迷惑かけたと思うと俺が苦しいんだ。俺を助けると思って俺のことは忘れてくれ。町で見かけても知らないふりをしてくれ」


 村娘は顔を歪めた。またこの表情をさせてしまった、ごめんな村娘。


「ゴブリンさんがそうしてほしいなら、そうします」


 俺のために頼むと言われたら、やさしいこの子は断れない。我ながら嫌になる。


 少しぎこちなくなりながら、いつもどおり話していると門の審査が俺たちの番になった。


 門番の兵士はジロジロとこちらを見ながら村娘にねちっこい視線を向ける。そして威圧するような態度で尋ねた。


「貴様ら、ロック・クリフになにようだ!」


 村娘が少しびくびくしながら言った。


「薬師の姉弟子を尋ねてきました」

「薬師? まさかクレイアーヌ様のことか!」

「はい、クレイ姉さんです」

「こ、これは失礼しました」


 一瞬疑いの目を向けた番兵だったが、俺の背負っている荷物が薬師関係丸出しの道具や薬草だったので、嘘ではないと判断したようだ。


 急に態度が丁寧になった番兵に驚いた。村娘の姉弟子は、この町では大物なのかもしれない。


 ろくに所持品検査もされず、入市税銀貨一枚を徴収されて終わりだった。


 村娘は税を免除されていた、解せぬ。


 町に入ると、森とは違う様々な匂いに気分が悪くなった。森特有のオーガニックな匂いもきつい物があるが、この町の匂いはもっときつかった。


 香辛料の匂い、労働者の汗の匂い、娼婦の下品な香水の匂い、スラムらしき場所から流れてくる糞尿や腐敗臭の混ざったえた匂い。


 それらが混ざり合い、野人生活で鋭敏になった俺の鼻を攻撃してくる。思わずえずいてしまい涙目になった。


 町は活気に溢れ、通りには多くの人が行き交っている。


 多くは村娘と同じ、日本人のイメージする西洋人といった外見だった。それ以外にも、褐色の肌を持つ人や、顔立ちは西洋風でも黒髪の人など、多種多様だった。


 交易都市というだけあって、様々な人が訪れているのだろう。人々の活気や様々な品物を見て、少しテンションが上がってしまった。我ながら現金なものだ。


 おのぼりさん丸出しできょろきょろしながら、村娘の後をついていく。


 村娘の斜め後ろを歩き、なるべく目立たないようにしていたのだが、巨大な背負子を担いだ俺は目立つらしくジロジロと見られていた。


 しばらく歩いていると、白く壁を塗った清潔そうなでかい建物が見えてきた。


 異世界でも診療所的な場所は、白を基調とした清潔感を意識した建物なんだな。そんな事を考えながら建物に近付いていった。


 建物の前まで来ると、建物から女性と老人が出てきた。


「薬師様、ありがとうごぜぇました」

「おじいちゃん、元気になって良かったね。もう病気になんてなるんじゃないよ!」


 黒い髪に褐色の肌をした、気の強そうな女性がペコペコと頭を下げる老人に元気よく話しかけていた。


 老人を見送った後、建物に入ろうとした女性は村娘に気付いた。


「ベル、ベルじゃないか! どうしてロック・クリフに居るんだい?」

「クレイ姉さん、おひさしぶりです」


 そう言って村娘は頭を下げた。


「立ち話もなんだから入っておくれよ」


 そう言って俺にチラリと視線を向けた後、建物に入っていた。荷物を置く場所を指定されたので、そこに荷物を降ろす。


 建物の中は現代の病院に似ていた。室内は清潔で、待合室、診察室が別になっており、患者のプライバシーにも配慮しているようだった。


 もっと野戦病院のように患者のベッドがたくさん並んでいて、雑な治療をというイメージだったが、思ったよりもちゃんとした建物で驚いた。


 村娘の話では、薬師は薬だけ処方するのではない。現代で言う医者に当たるらしく、外科的な治療も行うという。


 教会の治療魔法は高額の寄付を求められるため、一般の人はなかなか利用できない。そのため、一般人は怪我をすると、薬師に治療をしてもらうそうだ。


 教会の治癒魔法では直せない病気も多く、腕の良い薬師は引く手あまたらしい。


 村娘の姉弟子の腕が特に良いのか、この世界は医療の分野だけ突出して文明が進んでいるのか分からない。だけど、地球での文明の進み方を習った身としては違和感がある。


 そんなことを考えていると、奥の個室に案内された。村娘と薬師の女性はひさしぶりの再会を喜び、雑談に花を咲かせている。


 しばらくして薬師の女性が本題に入った。


 荷物を抱えて村から出たようだが何があったのだと質問され、村娘は村であったことを話す。


 俺が村人を殺した話あたりで、薬師の女性の目が鋭くなった。睨むように俺を見ていたが、村娘を心配してのことだ。嫌な気はしなかった。


 計算高いが、どこかぽやぽやしている村娘を放っておくのは心配だった。この女性なら頼りになりそうだ。


 村娘の話が終わり、薬師の女性はしばらく考え込んだ。そして、薬師の女性が俺と二人で話しをしたいと言った。


 それを聞いた村娘が、こちらを見る。俺は小さくうなずくと、村娘が部屋を出ていった。


「あんた、名前は?」


 そう聞かれたとき、俺は野崎人志のざきひとしと名乗ろうとして止めた。野崎人志のざきひとしは死んだ、今の俺はただの野人だ。


「野人と言う」


 そう答えた。


「あたしはクレイアーヌ。ベルの姉弟子でミーガン伯爵の養女さ」


 ミーガン伯爵! 旅の途中に、村娘からロック・クリフの領主の話を聞いた。


 ミーガン伯爵は、ロック・クリフの領主だ。ロック・クリフだけではなく、広大な領地を持っている大物貴族。


 そのミーガン伯爵の養女だと……。


 入市税を徴収していた兵士が、村娘にペコペコするはずだ。想像以上の大物だった。


 俺は非礼を詫び、つたない敬語でなるべく丁寧に話しかけようとする。だが、クレイアーヌさんに普段通りの話し方で良いと言われた。


「領主の養女って言っても形だけさ。自分で言うのもなんだけど、優秀な薬師ってのは貴重でね。平民のままだと、貴族が強引にさらったりすることがあるのさ」


 優秀な薬師を囲い込むために養女にしたということらしいが、そうするだけの価値があると領主が認めたということだ。大物には違いない。


 強烈な後ろ盾がある彼女なら安心して村娘を任せられる。改めてそう思った。




 俺は、改めて説明を求められた。


 村娘との出会いから、村人と揉めてロック・クリフに来るまでの話をなるべく詳細に話す。


 村長の馬鹿息子が暴力で村娘を支配しようとしていたと話したとき、クレイアーヌさんは明らかに怒りを感じていた。だけど、未遂のまま馬鹿息子が俺に殺されたと聞いて落ち着いたようだ。


 すべてを話しを聞き、クレイアーヌさんは少しだけ考えた。そして、俺に問いかける。


「あんた、これからどうするつもりだい?」

「冒険者になって金を稼いだら、なるべく早くこの町を離れるつもりです」

「そのほうが良いね。あんたの殺した村長だけど、先々代の領主様がお年を召してから娼婦に産ませた庶子なのさ。やりたい放題やっていたから、厄介払いに僻地の村に村長として飛ばされたんだ。厄介者の庶子だったから、殺されてもそのまま放置ってこともあるけどね。でも、あんなのでも領主様の一族さ。貴族の面子にかけてあんたを殺すって恐れもある。できれば早めに町を出たほうがいいね」


 あの村長、やたら態度がでかかったが領主一族だったのか。庶子とはいえやばいな、早々に町を出たほうが良いかもしれない。


「分かりました、金がたまり次第町を出ることにします」

「冒険者をやるつもりかい?」

「はい」


 そう答えるとクレイアーヌさんは露骨に顔を顰めた。


「ベルはどうするつもりだい?」

「迷惑がかからないように、ここで別れたらお互い知らない人として振る舞ったほうがいい。村娘には、そう話しました」


 クレイアーヌさんは少し驚いた顔をした。その後、ポツリと言った。


「その方がいいね」

「村娘のこと、よろしくお願いします」

「かわいい妹弟子さ。あんたにいわれなくてもしっかり面倒みるよ」

「ありがとうございます」


 会話を終えた俺とクレイアーヌさんが部屋を出ると、村娘は病院で自発的に働いていた。


「相変わらず、ベルは働き者だね」


 そう言いながらクレイアーヌさんは優しい顔をしている。


 村娘を呼び止めて別れの挨拶をした。顔が引きつっているような気がする。俺はうまく笑えているだろうか……。


「それじゃ、元気でな、村娘」

「ありがとうございました、ゴブリンさん。ゴブリンさんもお元気で」


 『さよなら』とも『またね』とも言わず、曖昧な言葉を交わした俺たちは別れた。クレイアーヌさんから場所を聞いた、冒険者ギルドへと足早に歩き出す。


 気持ちを切り替えよう。これから俺は、命がけでモンスターと戦い金を稼ぐ。文字通り命がけの仕事になる。気を引き締めなければ。


 危険なことも多いだろう。この世界の常識もろくに知らない、身元も不確かな俺が金を稼ぐ。安全で楽な仕事など無いに決まっている。


 油断などできない。気を張りすぎて精神的に参るのは良くないが、別れを悲しみ気を緩めるのも良くない。


 決意を新たに歩いていると、靴の上に交差した剣が描かれた看板が見えた。異世界テンプレでおなじみ、冒険者ギルドだ。


 俺は不安と興奮が入り混じった胸の高鳴りを感じながら、建物へと入って行く。


 ラノベのように美人受付嬢を期待したのだが、美人受付嬢はいなかった。美人どころか顔に傷のある厳つい親父が受け付けをしている。買取カウンターらしき所を警護している、ムキムキの恐ろしい顔をしたおっさんが睨み付けるように俺を見ていた。


 職員が強面こわもてのおっさんしかいねぇ! しかも店の雰囲気がやば過ぎる。クレイアーヌさんが、冒険者と聞いて顔をしかめた理由がわかった。


 ゴロツキ集団=冒険者の方の異世界テンプレだったらしい。冒険者ギルドに酒場が併設されているというより、酒場の一区画が冒険者ギルドといった感じだ。


 昼間から酒を飲んでいる冒険者らしきやつらは、みな人相が悪い。一癖も二癖もありそうな油断できない顔をしたやつらばかりだ。


 酒を飲んで騒いでいても俺がギルドに入った瞬間、油断無く目を向けていた。良い意味でも悪い意味でも、戦いに身を置いている者特有の空気をかもし出していた。


 冒険者たちに目を向けていると、一番奥のテーブルで酒を飲んでいたスキンヘッドの男と目が合った。


「なに見てやがんだてめぇ!」


 ビリビリと酒場が震えるような、ものすごい大声で男が叫ぶ。


 冒険者ギルドで絡まれるテンプレ、普通主人公がチート持ちであっさり返り討ちにできるときに起こるイベントでしょ。


 この世界の自分の強さもわからないうちに絡まれて俺は涙目になった。受付嬢はいないし、冒険者みんな柄悪いし、行き成り絡まれるし、正直泣きそう。


 大声を上げた男が、テーブルに立て掛けてあった斧を持ちながら近付いてくる。


 こいつでけぇー。


 近付いてきた男は身長二メートルはありそうな大男で、胸板や腕が分厚く、前世ちきゅうなら絶対に喧嘩したくない相手だった。


 レベルのある世界だから『外見=強さ』では無いと分かっているが、威圧感がすごい。二メートルのスキンヘッドで斧とか、主人公が苦戦するタイプの山賊の親分ですやん。


 どうしよう、めっちゃ怖い。


 今すぐ逃げ出したかったが、一度なめられるとおしまいだと思った俺は覚悟を決めた。

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