「その日」
有理
その日
三沢 悠美(みさわ ゆうみ)…商社の受付嬢。地方出身で就職を機に東京へでてきた。劇場で裕也と出会い、2年間半同棲をしている。
相川 裕也(あいかわ ゆうや)…役者を目指すフリーター。大手企業に勤める弟がいる。演劇に携わり小さな劇団に入っている。実家に居づらいため悠美の家に転がり込んだ。
三沢 悠美:
相川 裕也:
…………………………………………
食器を並べる音。
裕也「ん。ゆうみちゃん?」
悠美「あ、おはよう。」
裕也「うんー。まだ眠い。今何時?」
悠美「8時ちょっと前かな。」
裕也「そっかー。」
また布団に潜る裕也。
悠美「朝ごはん作ってあるから。もし食べないんだったら冷蔵庫に入れといてね。」
裕也「うんー」
悠美「あと、今日もし出かけるんなら傘、持っていってね。午後から雨降るみたいだから。」
裕也「うんー」
悠美「出かけるの?」
裕也「うーん。でも傘は持って行くよ。」
悠美「うん。裕也くん、あのさ。来週の金曜なんだけどね、会社の飲み会ずっと断ってたらさすがに怒られちゃって。だから、来週は顔だけ出してくるね。」
裕也「…。営業課の人達と?」
悠美「ううん。課長と二人。相談したいことがあるんだって。」
裕也「…。ふーん。」
鏡越しに裕也を見る悠美。
悠美「でもね、すぐ帰ってくるよ。」
裕也「いいんじゃない?たまには。」
悠美「え…」
裕也「来週の金曜ね。」
悠美「あ、いいの?」
裕也「うん。別に。」
悠美「そ、そっか。」
マグカップを洗い始める悠美。
裕也「あー。じゃあ、俺も飲みに行くわ。」
悠美「え?」
裕也「金曜、来週の。」
悠美「あ、そう、なんだ。」
裕也「仕事いってらっしゃい。気をつけてね。」
布団をかぶる裕也。
悠美「あ、うん。いってきます…。」
コートを着てドアノブに手をかける祐美。
悠美「金曜、誰と行くの?」
裕也の寝息が聞こえる。
悠美「…。いってきます。」
悠美出て行く。
裕也「…。もしもし、俺。飲み行かない?来週。」
‥‥‥‥…………………………………
悠美「…。もしもし。裕也くん?あ、まだお店?
うん。帰ってきたから連絡したの。ううん、大丈夫。そっちは?…そっか。じゃあ飲みすぎないようにね。鍵閉めとくから。うん。おやすみ。」
カーテンを閉めテーブルの上の料理を捨てる悠美。
悠美「食べないんだったら、冷蔵庫に入れてねって。」
悠美「あの声、バイト先の人かな。それとも友達かな。」
悠美「誰と。」
ドアの方を見る悠美。
ハッとする。
悠美「いや、裕也くんにも関係ってものがあるし。詮索するもんじゃないよね。あーあ。飲みすぎたかなあ、私。」
ドアが開く。
裕也がおそるおそる入ってくる。
裕也「え、悠美ちゃん?」
悠美「あ。」
裕也「電話してた?」
悠美「え、あ、ううん!おかえりなさい!」
裕也「いや、鍵忘れたから取りに来ただけ。もう一軒行こうってなってるから。」
悠美「そ、そっか。」
裕也「うん。じゃあ、おやすみ。」
悠美「あの、」
裕也「…。」
悠美「気を、つけてね」
裕也「うん。おやすみ。」
ドアが閉まる。
裕也「気をつけて、か。」
アパートの下で待つ髪の短い女が見える。
悠美とは違う垂れ目で胸の大きな女を横目にため息をつく裕也。
裕也「俺はそれがいいのに。」
裕也「そう言ったって、どうせしないんだろうけど。…、ねぇカエデさん。俺今日帰りたくないんだよね。朝まで一緒にいてくれる?」
女の手を取り歩き出す裕也。
……………………………
朝。食器を置く音。
悠美「どうせ食べないんだったら、要らないって言えばいいのに。」
黄色いメモ用紙に食べない時は冷蔵庫に入れる旨書く悠美。
悠美「…。私、何やってんだろう。」
ガチャ、とドアが開き、酔った裕也が入ってくる。
裕也「ゆうみ、ちゃん。おはよう。」
悠美「朝まで飲んでたの?大丈夫?お水入れよっか、」
裕也「いいよ。そんなの」
悠美「ほら、飲んで。」
裕也「ゆうみちゃん。ねぇ、おれさ、」
悠美の足元に座り、足に絡みつく裕也。
裕也「おれ、思うんだけどさー。もしゆうみちゃんが今よりもっと髪も短くて、今よりおっぱいもおっきくて、今よりお酒が弱くてー、今よりずーっと明るい性格だったらさー。おれ、好きになってたのかなー。」
悠美「…。」
裕也「多分どれか一つでも違ってたらさー、おれ惹かれなかったんだと思う。今のゆうみちゃん以外だったら好きにならなかったと思うんだよね。」
悠美「裕也くん、酔いすぎだよ。」
裕也「そう、酔ってんだよおれ。ゆうみちゃん、おれ、ずっと一緒にいたいんだー。」
裕也の隣に座る悠美。抱きつく裕也。
裕也「安心する。ここが1番。」
悠美「…そっか。」
裕也「おれのこと、ひとりにしないでほしい。」
悠美「…。」
裕也「ずっと一緒にいてよ。ゆうみちゃん。」
悠美「うん…。」
そのまま眠る裕也。首元に赤い跡がみえる。
悠美「ねえ、何考えてるの。」
悠美「もうわかんないよ。」
…………………………
悠美「ただいま。」
裕也「あ、おかえり。」
帰宅した悠美に、ベッドから応える裕也。
悠美「あれ?今日バイトじゃなかったっけ」
裕也「休んだー。雨降ってたし、頭痛くて。」
悠美「大丈夫?薬は?飲んだ?」
裕也「ううんー。もう大丈夫。」
テーブルの上には朝用意した朝食が手をつけられずに置いてある。
悠美「食欲なかったの?」
裕也「寝てた。」
悠美「…。そっか。」
ゴミ箱に捨てる悠美。流し台の中にはカップ焼きそばの空が置いてある。
裕也「ねえ悠美ちゃん。今日夜ご飯何?」
悠美「…何にしよう。」
裕也「たまごやき。たまごやき食べたい。」
悠美「うん。」
悠美「あのさ。裕也くん、昨日のことなんだけど」
裕也「…なに?」
悠美「誰と、」
裕也「甘くないやつにしてよ。だし巻きがいい。」
悠美「あ。うん。たまごやきね。」
裕也「うん。」
布団から出てきて台所に立つ悠美を後ろから抱く裕也。
裕也「昨日さ。後輩が相談あるからって飲みに行ったんだ。でも愚痴ばっかりでさー。本当に疲れた。」
悠美「朝まで飲むからだよ。」
裕也「だって、裕也さんにしか話せないなんて言うんだもん。聞いたら大した内容じゃなかったし、早く帰りたかったよ。」
悠美「そうだったんだ。」
裕也「それで?悠美ちゃんは?何か言いかけてたけど」
悠美「…。ううん、いいの。」
裕也「ふーん。」
悠美「お魚も焼く?」
裕也「うん。」
料理を続ける悠美。ソファーに座りスマホを見る裕也。
裕也「悠美ちゃん、これみて。」
悠美「なに?」
裕也「この動画。この人の喋り方嫌いだわー。」
悠美「そう?」
裕也「うん。なんか、ふわふわしててうざったい。」
悠美「そうかな。男の人ってそういうのが好きなんじゃないの?」
裕也「ううん。俺は嫌い。」
料理をテーブルに並べる悠美。
悠美「裕也くんってさ。」
裕也「ん?」
悠美「時々、なんか不思議だよね。」
裕也「なにが?」
悠美「何考えてるのかなーって思う時があるよ。」
裕也「そう?俺わかりやすい方だと思ってた。」
悠美「じゃあ、私がまだまだなのかな。」
缶ビールを冷蔵庫から出し開ける裕也。
裕也「悠美ちゃんも飲む?」
悠美「明日仕事だからいいや。」
裕也「一緒に飲みたい。」
悠美「…。じゃあ一本だけね。」
悠美の分のビールを取り出して開けてあげる裕也。
裕也「はい。乾杯」
悠美「乾杯。」
………………………………………
悠美「もしもし、お母さん?うん、元気だよ。仕事も順調。うん。この前野菜送ってくれてありがとう。お礼遅くなっちゃってごめんね。そう、忙しくって。ううん。元気だよ、大丈夫。え?あ、ああ。うん。お付き合いしてる人はいるよ。うん。でも結婚はまだ。うん。その人夢のある人だから、まだそういうの考えてないと思う。そう。応援してあげたいの。ううん。私が勝手にそう思ってるだけだよ。うん。期待してくれるのは嬉しいけど、もう少し待っててほしい。あ、来月には一回帰るよ。うん。お母さんも体に気をつけてね。ありがとう。じゃあね。」
ベランダでタバコを吸う裕也。窓を開けて声をかける。
裕也「お母さん?」
悠美「あ、聞いてたの?」
裕也「ううん。聞こえなかったけど、悠美ちゃん電話する相手って親か佐山さんだけじゃん。」
悠美「たしかにそうだね。」
裕也「お母さん、なんて?」
悠美「元気?って。最近帰れてなかったしねー。」
裕也「一人娘だもん。そりゃあ心配だろう。」
悠美「私もうそんなに若くないんだけどね」
裕也「いつ帰るの?」
悠美「うーん。来月かなー。」
裕也「ふーん。」
裕也「俺来月、公演あるよ。」
悠美「あ、そうなの?いつ?」
裕也「中旬。見にくる?」
悠美「うん。休みとる!」
裕也「“劇団、入りませんか?”」
悠美「え?」
裕也「そうやって最初声かけたなって。」
悠美「そうだったね。」
裕也「今でもたまにそう思うよ。」
悠美「できないよー。台詞覚えられないし」
裕也「でも、こっちにきたら俺のこともっと分かるんじゃない?」
悠美「え?」
裕也「まだまだだって言ってたじゃん。」
悠美「言ったけど…。」
裕也「…。なんてね。冗談だよ。」
悠美「…。」
裕也「俺悠美ちゃんいたら牙抜けちゃって集中できなくなっちゃうよ。俺の落ち着ける場所なんだから今のままがいい。」
悠美「そうだね。」
裕也「来年も一緒にいられるかなあ。」
悠美「いられたらいいね。」
裕也「今のまま。変わらないまま。一緒にいたい。」
悠美「今のまま、」
裕也「あ、もうこんな時間か。今日稽古だから、俺行くね。9時ごろ終わると思う。」
悠美「うん。気をつけてね、いってらっしゃい。」
出て行く裕也。
悠美「今のまま変わらないで、かあ…。」
窓を開け掃除をはじめる悠美。
悠美「あ、携帯。」
裕也が忘れた携帯を見つける。
悠美「めずらしい。携帯忘れて行くなんて。」
悠美「あ。ロックかかってない。不用心だなあ。」
悠美「…。」
裕也「悠美ちゃん、俺携帯、」
悠美「え?!あ、こっこれ!これね、今見つけて、それで、」
裕也「え、うん。忘れたのバス停で思い出して戻ってきた。」
悠美「も、もっと早く見つけてれば持って行ってあげられたのに!ごめんね。」
裕也「ううん。忘れたの俺だし。ありがとう。」
悠美「稽古!頑張ってね!」
裕也「うん。じゃあね。」
出て行く裕也。
悠美「…履歴…見ようとしてた…?…私が?」
座り込む悠美。
…………………………………………………
悠美「ただいま。」
裕也「あー。おかえり。」
裕也「今日遅かったね。」
悠美「うん。残業。会議資料作るの手伝わされちゃって。」
裕也「受付なのに?」
悠美「ホッチキス留めるだけだったからね。」
裕也「悠美ちゃん今からご飯作る?」
悠美「あー。もう遅くなっちゃうよね。」
裕也「飲みに行かない?久しぶりに。明日休みでしょ?」
悠美「うーん。明日出かけるんだよね。」
裕也「そうなの?」
悠美「そう。佐山さんとランチ行こうってなってて」
裕也「ふーん。知らなかった。」
悠美「ごめん、急に決まったから言うの忘れてた。」
裕也「じゃあ、一緒に買いに行かない?家で食べよう。」
悠美「うん。ごめんね。」
裕也「いいよ。また行けばいいし。」
リビングのテーブルには朝食がそのまま置いてある。
悠美「あ、すぐ行く?」
裕也「うん。早くゆっくりしたいでしょ?」
悠美「そうだね。ちょっと待ってね。」
朝食を捨てる悠美。
悠美「冷蔵庫、入れ辛かった?」
裕也「ん?」
悠美「ご飯。食べないなら冷蔵庫に入れてくれればいいのになって。」
裕也「あー。寝坊してバタバタしてた。」
悠美「…そっか。間に合った?」
裕也「うん。ギリギリね。」
財布と携帯だけ持ち玄関で待つ裕也のもとへ行く。
悠美「稽古大変そうだもんね。」
裕也「まあね。仕方ないよ。」
悠美「無理しないでね。」
2人で出て行く。
…………………………………………
悠美「だから、何度も言ったけど私は今のままでいいの。言い辛いとかじゃなくて、うん。実花ちゃんは心配しすぎだよ。ふふ。うん。また行こうね。うん」
裕也「ただいまー。」
悠美「あ、おかえり。裕也くん帰ってきたから。うん、またね。」
ソファーに雪崩れ込む裕也。
裕也「佐山さん?」
悠美「そう。よくわかったね。」
裕也「悠美ちゃん、親か佐山さんとしか話さないじゃん。さすがに2択なら当てられるよ。」
悠美「たしかに。」
テーブルの上に結婚雑誌が置いてある。
裕也「…何?この雑誌」
悠美「あ、あー。これね、実花ちゃんが忘れて行ったの。」
裕也「結婚するの?佐山さん。」
悠美「したいんだって。こういうの見るとモチベーション保てるーって言ってた。」
裕也「…へー。」
裕也「こう置いてあると威圧感あるよね。」
悠美「え?」
裕也「察せよ、みたいな。」
悠美「え、あ、ごめん、そういうつもりじゃなかったんだけど、しまうと忘れちゃいそうだったから…」
裕也「…。」
結婚雑誌をバックに入れる悠美。
悠美「疲れてるのに、ごめんね。」
裕也の顔を覗き込む悠美。
裕也「…。俺、今度の役さ、女殴る役演るんだよ。」
悠美「え、」
裕也「どんな気持ちなんだろうね。」
悠美「あ…。じゃあ、な、殴る?」
裕也「…。」
悠美「顔は、困るけど…。見えないところなら、」
裕也「なにそれ。」
悠美「え、だって…」
裕也「そんなの頼んでるんじゃない。」
悠美「あ、そう、なんだ。ごめん。」
深い溜息をつく裕也。
裕也「ちょっと出てくる。」
悠美「あ、今から?」
裕也「うん。待ってなくていいから。」
悠美「裕也くん、待って」
出て行く裕也。
裕也「…。なんだよ。」
裕也「何ムキになってんだろ。俺。」
裕也「結婚…かあ。」
…………………………………………
悠美「おかえりなさい。」
裕也「…。起きてたんだ。」
悠美「飲んでたの?」
裕也「うん。」
悠美「お水、飲む?」
裕也「うん。」
ソファーに座る裕也。テーブルにコップを置く悠美。
悠美「ごめんね。裕也くん。」
裕也「ううん。」
悠美「気分悪くしたよね。ごめん。」
裕也「ううん。」
悠美「役のことも、何か私にできるかなって思って…」
裕也「うん。」
悠美「でしゃばっちゃったよね。ごめんね。」
裕也「悠美ちゃん謝ってばっかりだね。」
悠美「うん、ごめん。」
裕也「好きだよ。」
悠美「うん、私も。」
裕也「俺、昔から変わらない悠美ちゃんが好き。」
悠美「…うん。」
裕也「ずっと昔のままだよね。俺達。」
悠美「そう?」
裕也「うん。変わってない。」
悠美「…そっか。」
キスをする裕也。
裕也「悠美ちゃん。ずっと変わらないでいて。」
裕也の首筋に赤い跡が見える。
悠美「変わらないで、いられるかな。」
裕也「いられるよ。」
何度か唇を重ね、抱き合う2人。
悠美「ねえ、裕也くん、今日誰と、」
裕也「悠美ちゃん、しよ?」
悠美「…うん」
…………………………………………………
悠美「おはよう」
裕也「うーん。まだ寝る。」
悠美「ご飯、食べないなら冷蔵庫に入れてね。」
裕也「んー」
悠美「いってきます。」
書き置きを残す悠美。
悠美「もう、くるしい。裕也くん。」
悠美「ねえ。何がしたいの。」
悠美「いって、きます。」
…………………………………………
裕也「ただいま。」
悠美「おかえりなさい。」
裕也「なに?話って。」
悠美「うん。ごめんね、疲れてるのに。」
裕也「ううん。」
悠美「座って。」
ソファーに座る裕也。
悠美「別れたい。」
裕也「…。」
悠美「別れたいの。」
裕也「俺は別れたくない。」
悠美「ごめん。」
裕也「何で?昨日、そんなこと言わなかったじゃん。」
裕也「理由も聞けないの?」
悠美「わたしね、裕也くんと一緒にいるの辛かった。
何考えてるのかわからないの。ずっと。
でも嫌いになられるのが怖くて言えなかった。」
裕也「俺だって悠美ちゃんが怖いよ。悠美ちゃんは何も話してくれないじゃん。聞きたいなら聞けばいい。俺は悠美ちゃんを選んだんだよ。それで全部だよ。」
悠美「じゃあ事細かに聞いて、束縛しろっていうの?私、恋人にそんなことしたくないよ。でも、裕也くん不安にさせるの得意だよね。詮索しそうになるのいっぱい我慢した。何度も見つけたよ。飲みにいった次の日、絶対首筋に跡つけてくるでしょ。わかるように付けてあるの。聞きたくても聞けなかった。」
裕也「聞けばよかったんだよ。束縛も詮索もすればいい。俺は悠美ちゃんはなんでも許しちゃうから俺なんか必要ないんだとずっと思ってた。恋人なんだから我慢なんてしなくていいんだよ。」
悠美「それじゃあ、これからは私が裕也くんを縛って見張ってそうやって付き合っていくの?」
裕也「悠美ちゃんの好きにしたらいいよ。俺はどんな悠美ちゃんも好きだから。」
悠美「裕也くんといると、苦しいね。」
裕也「苦しい?」
悠美「苦しいよ。どんどん裕也くんが好きになるけど、どんどん私が嫌いになっていく。受け入れられなくなる。こんなの私じゃないって。」
裕也「でも俺は、」
悠美「裕也くん。だめだよ。このまま幸せになっていくのが怖い。いつかこれが壊れた時、私は私じゃいられないんだよ。」
裕也「壊れないよ。怖くなんかない。大丈夫だよ。」
悠美「ううん。私が私を本当に嫌いになったら、破綻しちゃうよ。」
裕也「ならないよ。させない。悠美ちゃん、結婚しよう。」
悠美「なんで。なんで今そんなこと言うの?」
裕也「俺だって怖かったんだよ。一緒にいたいってずっと思ってたけど、俺フラフラしてばっかだし、フリーターだしさ。いつか捨てられるって不安と頑張らないとっていうプレッシャーで苦しかったよ。なのに悠美ちゃん何にも言わないんだもん。もっとしっかりして欲しいって思ってんのに言わないんだもん。怖かったよ。」
悠美「だって、」
裕也「言ったら嫌われるって思ってたんでしょ?わかってるよ。だから俺、ようやく決心したんだ。これからがんばるからさ。だから、一緒にいようよ。ずっと、死ぬまで。」
悠美「でも。」
裕也「不安にさせたのはさ。多分確かめたかったんだ。悠美ちゃんが俺を好きでいてくれるのか。それと、いてもたってもいられなかった。何かして紛らわせたかった。」
悠美「そんなの、言い訳だよ。」
裕也「うん。ごめん。」
悠美「ずるい人だね。ほんとに。」
裕也「うん。好きだよ悠美ちゃん。」
悠美「うん。私も好きだよ。」
裕也「だから、結婚しよう。」
悠美「…ううん。一緒にはいられないよ。」
裕也「え?」
悠美「私きっと、裕也くんといたら幸せになれない。」
裕也「そんなこと、」
悠美「裕也くんは幸せにしてくれるのかもしれないけど、私は幸せになれないよ。毎晩捨てた朝ごはんみたいになりたくない。」
裕也「朝ごはん?」
悠美「うん。食べないんだったら冷蔵庫に入れてねって。一度も入れてくれなかった。」
裕也「俺、朝は食べられないんだ。食欲なくて。」
悠美「知ってたよ。でも、体のために食べて欲しかったから勝手に作ってたの。食べなかったから言ってるんじゃないよ。」
裕也「作らなきゃいいじゃん。」
悠美「うん。そうだね。裕也くんが正しいよ。」
裕也「…。」
悠美「無駄だったけど、私の愛だったんだ。毎晩自分で捨ててた。裕也くん、気づいてた?」
裕也「悠美ちゃん。一緒にいようよ。」
悠美「ううん。いられないよ。」
裕也「俺、気をつけるからさ。今度は悲しませたりしないから。不安にさせたりもしないし、逃げたりしない。だから、まだ一緒にいようよ。」
悠美「ごめんね。」
裕也「ごめんねなんか要らないんだよ。そばにいてよ。お願い。」
悠美「…。」
裕也「悠美ちゃん。俺、本当に好きなんだよ。伝わんないかもしれないけど、本当に好きなんだよ。悠美ちゃんとなら変われる気がするんだ。やっとちゃんと生きられる気がするんだ。悠美ちゃん。お願いだよ。」
悠美「裕也くんが幸せになるのは嬉しいよ。でも、私といたってだめだよ。幸せになれない。」
裕也「俺の幸せは俺が決めるんだよ。悠美ちゃんじゃない。」
悠美「そうだね。」
裕也「俺の幸せを願ってくれるんなら、叶えてよ。」
悠美「ごめんね。」
裕也「悠美ちゃん。」
悠美「ごめんね。」
裕也「悠美ちゃん、」
悠美「ごめんね。」
裕也「悠美ちゃんといられないなら俺が破綻しちゃうよ。」
悠美「うん。ごめんね。」
裕也「…。俺が、あの時逃げなかったらよかったの?」
悠美「ううん。」
裕也「俺が朝ごはんを冷蔵庫に入れてたら違う結末だった?」
悠美「ううん。」
裕也「じゃあ。どこに戻ったらやり直せる?」
悠美「やり直せないよ。お芝居の稽古じゃないんだよ。記憶もリセットできないし感情も変わらない。」
裕也「やり直したいんだ。」
悠美「次付き合った人には、ちゃんと向き合ってあげてね。」
裕也「ちがう。」
悠美「私裕也くんの思ってること半分も分かってあげられなかった。もっとたくさん話してあげてね。面倒かもしれないけど、裕也くんポーカーフェイスすぎるんだもん。」
裕也「ちがうよ。」
悠美「お酒も飲みすぎちゃだめだよ。休肝日ちゃんと作ってね。頑張るのもいいけど頑張りすぎないでね。」
裕也「悠美ちゃん」
悠美「もう、エンドロールだよ。裕也くん。」
裕也「悠美ちゃん。」
悠美「今までたくさん、好きでいさせてくれてありがとう。」
裕也「悠美ちゃん、」
悠美「…。出てって。」
裕也「あ。」
悠美「荷物は送ってあげるから。出て行って。」
裕也「待って、」
悠美「鍵。返して。」
裕也「俺、まだ」
悠美「鍵。」
裕也「悠美ちゃん、聞いてよ。」
悠美「出て行って。」
裕也「悠美ちゃ、」
裕也を押し出しドアを閉める。
……………………………
悠美「ごめんね。ごめん。ごめんなさい。」
裕也:ドア越しに聞こえる悲鳴のような泣き声に、俺はドアを叩くことはできなかった。皮肉にも雲一つない夜空にはいつもなら見えない星屑がいっぱい散らばっていた。無理矢理手渡されたボストンバックと、一昨日買ったビニール傘を手にここを離れるしかできなかった。
裕也:久しぶりに帰った実家へ、悠美ちゃんと別れた2日後に段ボール2つほどの荷物が届いた。その時悠美ちゃんの携帯へ1度だけ連絡をしたが彼女は出なかった。頭に来た俺は彼女の番号を着信拒否した。それから1週間後のことだった。唯一の共通の知り合いから、三沢さんが死んだとだけ伝えられた。その日の空はあの日と違って、バケツをひっくり返したような酷い雷雨だった。
裕也:あの日と同じ悲鳴の響く、酷い雷雨だった。
「その日」 有理 @lily000
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