ビューティー 3/3
「なんかさあ、変だよ」
「なにがですか」
「なにがだろうな」山田くんがぼくのことを上から下までじろじろと眺める。「一個ずつ挙げていこう。まず、服が全部新しくなっている」
「いつも部屋着みたいな服だったので。それはどうなのかと急に思って買いに行きました」
ぼくは白と黒のチェックシャツに、濃紺のチノパンという姿。残念ながら足元はまだサンダルのままだけれど。
服などほとんど自分で買ったことはなかったが、それでもユニクロのマネキンが着ていたものをそのまま選んだから、おかしなことにはなっていないはずだ。と、信じたい。
「それだけじゃなくて、このところ、ぼーっとしてる感じ」
「もともとそんなやつですよ、ぼくは」
林さんにノートのコピーをとった日、ぼくは発注ミスを犯した。幸いそれほど大きなミスではなかったため店長も笑って許してくれたが、その日から細かいミスを重ねてしまっている。
「そうかと思えば、にやにやしているときもあるし」
「……それは自覚なかったです」
「どう考えても、倉木くん、好きな人できたでしょ」
バックルーム内でこちらに背を向けパソコンで作業をしていた店長の椅子が、百八十度回転する。
「倉木に好きな人が? まじ? どんな子がタイプなのよ、お前って」
「いや、ちょっと、勝手に話進めないでくださいよ」
「倉木でも好きな子とかできるんだなあ。いや意外。超草食系? そんな感じだもんお前。でもだとしたらここ最近のミス連発も頷けるっていうか、許してやるしかねえよな。抗いようがないんだから」
「勝手に納得しないでくださいよ」
「じゃあ山田の言ってたこと、間違ってるのか」
店長と山田くんがにやにやしながらぼくをのぞき込んでくる。
ぼくは焦ると髪の毛を触る癖がある。頭頂部に手を伸ばすと、短くなった新しい髪型に我ながらはっとする。あるはずのものがなくなってしまったみたいで、なんだか落ち着かない。
「ええと、いや、まあ、ううん……間違ってはいないです」
店長と山田くんが顔を見合わせ、ふうー! と言いながらハイファイブ。何がそんなに楽しいのだろうか。
「で、倉木くん、どんな子なの?」
仕方がないので、林さんとのいきさつをざっと話す。いきさつと言っても、ぼくと林さんの共有した時間はたかだが十五分程度しかないのだけれど。
「なるほどな。じゃあほとんど一目惚れってことじゃねえか」
「見たいなあ林さん。写真ないの?」
「あるわけないじゃないですか」
「まあ進展あったら教えろよ。俺がいつでも相談に乗ってやるからな」
店長は冗談とも本気ともつかない顔で言う。三十代の独身男性に、どれだけ信頼がおけるものなのか。
シフトインの時間になり、レジに立つ。山田くんは相変わらず林さんの話を聞き出そうとしてくる。
「他の人に言わないでくださいよ」
「いや、既にみんな、倉木くんの様子がおかしいって話になってるからなあ」
意外とみんな、人の挙動に敏感なものなのだと学習する。服を買って、髪を切って、ミスを連発しただけなのに。
「見てるもんなんですね」
「倉木くん、そういうところに気が付かないとモテないよ」
「え、そうなんですか?」
「うん。女の子が髪を切ったら、すぐに気付いてあげる。それがモテる男ってもんだから」
「山田くんって、恋愛経験あるんですか?」
「らっしゃいませえ」
マスクを着けた女性が入店してきたので、話は中断する。雑談ばかりしていたら、また店長に怒られてしまう。「いらっしゃいませ」とぼくも言って、作業にとりかかろうとする。
マスク姿の女性は、まっすぐにレジにやってきた。
「倉木くんじゃないですか」
「はあ、倉木ですけど……」
ぼくを知っているようだが、誰なのかわからない。
「あ、ごめんなさい」女性はマスクを外した。「林です」
「林さん……」
先日大学で会った時と違って、目元にばっちりメイクがされている。マスクを外しても言われなければすぐにはわからなかったが、微笑んだときのえくぼはそのままだった。
「ここのローソンだったんですね。奇遇だなあ」
「うわあ!」すっかり存在を忘れかけていた山田くんが急に大きな声を出した。「森明日香だ!」
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