ビューティー 2/3

「そうですね、って。知ってるんですか」

「なるべく授業にはちゃんと出ようと思っているんですけど、遅れちゃうことが多くて。そういうとき、今日みたいに誰かにノートをコピーさせてもらっているんです。だからちょくちょく後ろから見てました」彼女は申し訳なさそうな顔で笑って、両頬にえくぼができた。「ごめんなさい。気を悪くされました?」

 遅れて来るけれど、ノートは取りたい。真面目なのか、不真面目なのか。

「いや、全然。だって寝てることは事実ですから」

「やっぱり眠くなるかもしれないですね」彼女はあくびを右手で覆いながら言う。「昨日夜遅かったから、寝不足で」

 大学生ともなれば、夜遊びも当然なのだろう。ぼくが夜遅くなる理由と言えば、バイトくらいなものである。

 

 そうこうしている間にファミリーマートに来た。ここにたどり着くまでに、逆方向から歩いてくる人からの視線をかなり感じたのは、やはりぼくと彼女の組み合わせが不自然すぎるからに違いない。

 コピー機にノートを広げる。彼女がトートバッグから財布を取り出す。名前はよくわからないが、見たことのあるロゴの高級そうなバッグと財布だった。小銭を入れ、コピー機が緩慢に動き出す。


「字、綺麗なんですね」

 出てきたばかりのまだ温かいコピー用紙をわたすと、彼女は嬉しそうに言った。普段なかなか人から褒められるようなことがないため、ぼくも嬉しくなる。

「そうですか? ありがとうございます」

「いやいや、わたしのほうこそ、ありがとうございますですよ。あ、お礼になにかおごります。お腹すいてますか? 喉乾いてないですか?」

「え、いいですよ、そんな」

「わたしの罪悪感を消すための、いわば自己満足ですから。むしろおごってもらってあげている、くらいの感じでいいんです。気にしないでください」

 そう言われると断りにくい。

「はあ。じゃあお言葉に甘えて」

 ウーロン茶でも買っていただこうかな、と思った。

「よかった。じゃあ早速行きましょう」彼女はコンビニを出ていこうとする。「お気に入りのカフェがあるんですよ。ここからだと、ちょっと歩きますけど」

「てっきりここで何か買うのかと思いました……ぼく、これからバイトだから、そんなに時間がないんです」

「あ、そうなんですか。残念だなあ。わたし大学に友達全然いないんですよ。仲良くなれるかなって思ったんですけど」

「すいません」

「なんで謝るんですか」彼女はまた申し訳なさそうに笑う。「じゃあ、また今度ってことで」


 社交辞令だとわかっているが、まるでデートの約束をしたみたいで、ぼくの手のひらはじんわりと汗をかいている。それにしても、こんなに綺麗で明るい人に友達がいないだなんて、世の中不思議なこともあるものだ。


「はい、また今度」

「バイト、どこでしてるんですか?」

「ローソンです」

「コンビニバイト! わたしバイトしたことないんですよ。いいなあ、楽しそうだなあ」

 バイトをしたことがないのに、持ち物が高級そうなのはなぜなのか、無粋な想像があれこれ働きそうになるのをぐっとこらえる。

「そんな、楽しいもんでもないです」スタッフたちの顔を思い浮かべて言う。「まあ、でも、どちらかと言えば楽しいのかも」

「やってみたいな、コンビニバイト」彼女はちらりと腕時計を見る。やっぱりそれも、高級そうに見えた。身に着けている人が綺麗だからそう感じてしまうだけなのだろうか。「じゃあ、わたしもそろそろ行きます」

「はい」

 名残惜しくないと言えば嘘になる。

「お名前訊いてもいいですか?」

「あ、倉木です」

「わたしは林です。忘れないでくださいね」

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