サマー 4/4

「あ、言うんだ」

「倉木さんは秘密の話とか、しやすい雰囲気あります。言われないですか?」

「言われないです」

「あれえ。じゃあ、言うのやめとこうかな……」

 どういう理屈なのだ。別に教えてほしいわけでもなかったが、目の前をちらつかされると、気になってしまう。

 しかし、食い下がることもできず、「はあ、そうですか」と言うしかない。


 夜のシフトと交代する時間になり、長谷川さんと山田くんが現れた。すると、さっきまで終始にこやかだった永井さんの口が急にきゅっと引き締まる。そして、悲壮感すら滲ませて長谷川さんの前に立った。

「あの、やっぱり、長谷川さんしかいないんです。お願いします」

「店でその話をするなよ。考えておくって言っただろ」

「あ、はい……すいません」

 長谷川さんは露骨に嫌そうな顔をし、やはり永井さんとろくに目も合わせず、避けるようにそのままトイレ清掃に向かう。永井さんは顔を伏せ、こぶしをぎゅっと握りしめていた。なにやら不穏な空気が漂う。その話、とはいったい何なのか。訊けるような雰囲気ではない。

 しかし、良くも悪くも思ったことは言わずにはいられない山田くんが、束の間の沈黙を打ち破る。

「その話って何?」

 ぼくも山田くんくらい堂々とした性格になりたかった、とも思う。そしてすぐに、これはこれで生きにくいだろうなと考えを改める。

「なんでもないです」

 永井さんは、俯き加減にバックルームに引き上げていく。山田くんは視線だけで永井さんを追う。なんとなく気まずいので、やる必要もない雑務を少しこなしてから時間差でぼくもバックルームに戻ることにする。

「もしかして、永井さんって長谷川さんにフラれたのかな? いや、考えておくとか言ってたし、付き合うのかな。どっちにしたって展開早すぎるよなあ」

 屈託のない顔で話を振ってくる山田くんに、なんと答えればいいかわからない。




 その二日後、長谷川さんと深夜のシフトに入った。

「倉木って、なんとなく、他の人には言わないようなこと話してもいいかなって気になるよな」

 レジの中の小銭を数えながら、長谷川さんが言った。

「永井さんにも言われましたね」無意識にそこまで言ってから、永井さんの名前を出したのは迂闊だったと後悔する。「なんか、すいません」

「なんで謝るんだ」

「なんでって言われると、困りますけど……」

「永井から頼まれてることがあってな」


 長谷川さんが言いかけた時、このところ感じていた違和感が急にぼくの中で繋がり始める。

 永井さんの見た目のイメージからスポーツ少女だと思っていたが、実際には違うのではないか。部活に燃えているとしたら、高校二年生の夏にバイトに精を出すことはないし、「北口から歩いてくるだけで日焼けしちゃう」というのもなんだか違和感がある。もちろん、室内でやるような部活に所属している可能性はあるけれど。しかしなにより、部活帰りの女子高生を見て「いいですねえ」なんて言うのは、永井さん自身がそうではないからに決まっている。

 そこまでは考えがいたるが、行き詰まる。他に何か違和感を覚えたことはなかったか? 思い出した。そもそも、長谷川さんがカップルを見て「理想の夏そのもの」と言ったことが違和感の始まりだったのだ。しかし、ここから先はデータが足りないように思う。


「頼まれてること、ですか」

「バンドやりたいんだと」


 予想しなかった角度の話だった。


「バンド?」

「俺、ベースやってて、もう既にバンド組んでるんだけど」白に近い金の長髪、ピアスだらけの耳、言われてみればバンドマンにしか見えない。「ライブ、たまたま永井が観に来て、それからずっと一緒にバンドをやりたいって言われていてな。永井はギターをやっているんだとさ」

 スポーツ少女ではなく、ギター少女だったのか。

「バイトの前から知り合いだったんですね」

「もうバンドは組んでるからって、断り続けてるけど。あいつ押しが強くてさ。俺がバイト先教えたら、自分までここで働き始めて勧誘されてるんだよ」それをぼくに話す長谷川さんは永井さんへの無碍な対応とは裏腹に、心なしか楽しそうに見えた。「とは言ってもあいつがどれくらい弾けるのかとか、知らないんだけど。だから本気なところを見せてみろって言ったんだよな」

 いつになく長谷川さんの口数が多いおかげで、ひとつの推測にたどり着く。あくまで、推測ではあるけれど。長谷川さんが「理想の夏」と言った高校生カップルの男の子は、ギターを持っていたことを思い出す。

「本気なところ、見せてくれると思いますよ」

「なんでわかる?」


 夏もそろそろ終わり、日が暮れるのが早くなってきた。

 長谷川さんから、永井さんが高校生が買うような値段ではないギターを買い、もう仕方がないから一緒にやってやることにした、と聞いた。ぼくは人が何を考えているかなんてわからないが、それを話す長谷川さんはやっぱり嬉しそうだった。

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