サマー 3/4
ぼくの住むアパートの家賃は相場よりも若干安い。実際に引っ越してくるまでなぜだかわからなかった。駅までも徒歩五分と遠くはないし、ましてや事故物件でもない。
今ならば理由はわかる。最寄り駅である高野駅は北口にスーパーやドラッグストア、飲食店が集中していて、ぼくのアパートのある南口は何もない住宅街になっているのだ。
だから、買い物はほとんど駅の向こうへ行かねばならないし、二階に改札がある構造になっているために階段を昇降する必要がある。エスカレーターもなく、今の時期はとても骨が折れる。遠回りすれば線路の下をくぐっていく迂回用のトンネルがあるが、疲労度としては大差ない。南口に住むお年寄りたちがバリアフリーを訴えてくれないだろうかと、切実に願っている。
そういうわけで、汗をだらだら流しながら、諸々の生活必需品を買い出しに北口へ向かったときのことである。
駅を抜け、階段を降りる。元気のあり過ぎる夏の日差しにうんざりしつつ、ふと目をやったカフェの窓際に、長谷川さんと永井さんは向かい合って座っていた。
ガラス越しだから何を話しているかは分からない。もちろんぼくが入って行って「何をしているんですか」なんて声をかけることもない。
じっと見ているわけにもいかず、不可解な気持ちのまま、ぼくはトイレットペーパーを買いに行くことにした。
もしかして、永井さんの方が長谷川さんを誘ったのだろうか。
永井さんが採用されて、まだ一週間しか経っていない。
「暑いですねえ。わたし、今日もうシャワー二回も浴びちゃいましたよ」
その翌日の昼、ぼくと永井さんはまたシフトが被った。カフェでのことが気になるが、さすがに直接訊く勇気はぼくにはないし、あまりに無粋というものだろう。
ぼくたちはまたレジに並んで、客のまばらな店内を見渡す。
「永井さんって、どこに住んでるんですか?」
なんとなく口から出てきた言葉がそれで、我ながら呆れる。まだ大して親しくない相手にする質問としてはちょっと気持ちが悪いのではないか。
「ここから結構近いですよ。北口ですけど、歩いて来てます」特に気にした様子もなく、永井さんが答える。「倉木さんは?」
「ぼくは、もっと近いです。ここから三分くらい」
「ああ、それはいいですねえ。北口から歩いてくるだけで日焼けしちゃいますよ、今の時期。やだなあ。あ、でも、倉木さんはもうちょっと日に焼けてもいいかも」夏の予定のほとんどないぼくは、まったく夏らしくない肌のままである。「失礼でした?」
「いや。ぼくもそう思うし」
「でも色白なのは、倉木さんの雰囲気に合ってていいかもしれないです」
フォローなのか本音なのかはわからないが、永井さんがにっこりと笑っているので、ぼくは曖昧に頷く。
先日と同様、細かい作業を永井さんに教えながら時間が過ぎていく。
夕方、Tシャツにジャージ素材のハーフパンツを穿いた部活帰りと思われる女子高生集団がやってきた。女子高生が集まると、雰囲気が賑やかというか騒がしいというか。見ていなくても、来店するとなんとなくわかる。揃って首にタオルを引っ掛けていた。
「いいですねえ、ああいうの」
なんだか聞いたことのある台詞を永井さんがつぶやく。
「はあ」ぼくは相槌を打ち、記憶をトレースする。「ああいうの、とは?」
「いかにも夏! って感じじゃないですか、あの子たち。青春ほとばしってるというか」
「そうですね」
「まあ別にいいんですけどねえ。欲しいものあるから、バイト頑張ります」
「欲しいものって?」
そこで女子高生集団がレジにやって来て会話は途切れ、レジ打ちをする。この子はガリガリ君。この子はジャイアントコーン。この子もガリガリ君。途中でレシートのロール紙が切れた永井さんに、交換の方法を教える。
アイスを買って行った女子高生たちを見送ると、永井さんが顎に手をやりながら言う。
「うーん、どうしようかなあ。でも恥ずかしいしなあ」
「欲しいものの話ですか?」成り行きで訊いただけなので、そこまで興味があるわけではなかった。「別に教えてくれなくても、大丈夫だけど」
「実はですね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます