サマー 2/4
シフトを終えて、帰り道の自販機でウーロン茶を買う。歩きながら蓋を開け、ごくりと一口喉を潤す。
そういえば、と思う。今になって長谷川さんの今日の言動は不自然だったような気がしてくる。
夏も佳境。お盆を超えてなお、連日の猛暑にひいひい言う日々である。夏休みに入ったばかりの頃、店長があの調子で「お前ら、彼女いないだろ。夏休みなんてやることないし、つまんねえよな」と茶化した際、長谷川さんはなんと返したか。
「彼女がいないと夏がつまらないなんて、その考え方がつまらないですよ」
店長は「いや、そんなマジになんなよ。こえーな」なんておどけていたが、長谷川さんのあれは強がりだったのだろうか。
少し気にはなったが、だからといってどうするでもない。
八月の頭からカナダへ短期留学に行ったスタッフの穴を補填するために、新たなアルバイトが採用された。
「ま、コンビニのバイトなんて、アホでもできるからな」店長はスポーツジムの広告が入ったうちわで自身を扇ぎながら、へらへらと笑う。「今日は、そうだな、とりあえず倉木にいろいろ聞いてくれ」
アルバイトスタッフの中でしんがりだったぼくに、後輩が出来た。
「永井です。よろしくお願いします!」
一目見て快活な女の子だとわかる。丸顔に似合う、耳が出る長さの黒髪ショートカット、少し日焼けした肌。いかにもスポーツをやっています、という感じだ。高校二年生だという。
忙しくなる前に、ざっと仕事の流れを教えていく。永井さんは飲み込みが早く助かる。複雑な部分はメモ帳を取り出しなにか書きこんでいた。生真面目な性格らしい。
「わたし、バイトって生まれて初めてなんですよねえ」
「はあ、そうなんですか」
「ていうか」永井さんはぼくの胸の名札を確認して続ける。「倉木さん、先輩なんだから、敬語じゃなくていいですよ。年上ですし」
「そうなんですけど」
「ほら、それ」
「そうなんだけど……同学年の他のスタッフにも敬語を使っているから、みんなに敬語で。なんだか慣れなくて」
「じゃあ、慣れたら、タメ口でいいですからね」
「はい、うん、わかりました。わかった」
後輩に仕事を教えることにも、女の子と話をすることにも慣れておらずあたふたする。それを見た永井さんはにっこりと笑うのだった。
昼のシフトと夜のシフトが入れ替わる。ぼくと永井さんがあがる時間になり、長谷川さんと山田くんが現れる。
「今日から入りました、永井です。よろしくお願いします!」
「ああ。店長から聞いた。よろしく」
長谷川さんが愛想なく言う。永井さんとほとんど顔を合わせることもなく、さっさとレジカウンターを出ていく。
「あの人いつもあんな感じなんだ。俺、山田です」
「あ、はい。大丈夫です。よろしくお願いします」
「別に怒ってるとかじゃなくて。いつもクールなんだよ、長谷川さん。あ、今のピアスの人が長谷川さんね。まあ気にしないでいいよ。じゃあ、交代。お疲れ様」
ぼくと永井さんは声をそろえて「お疲れ様です」と言い、バックルームに引き上げる。
帰り道の自販機でウーロン茶を買う。歩きながら蓋を開け、ごくりと一口喉を潤す。
「彼女がいないと夏がつまらないなんて、その考え方がつまらないですよ」という長谷川さんの言葉は強がりで、本心では女っ気のない日々を嘆いているのだとしたら。
新しく女性スタッフが採用されたことで喜ぶかもしれないと思っていたが、そうでもなかったようだ。ポーカーフェイスの長谷川さんだから、実際のところはよくわからないけれど、少なくとも今日の態度は嬉しそうには見えなかった。
単純に好みではないのか。しかし、ぼくが評価をするのも本当におこがましいが、永井さんは大多数の人が可愛いと表現するようなルックスだったと思う。
コミュニケーションって、大変だ。あらためて痛感する。言葉と感情が裏腹なことは多々あるし、本心で何をどう考えているのか、他人が完全に理解するのは困難である。
ただでさえ人と会話をするのが下手なぼくでは、誰が何を考えているかなんて、わかりっこないのだ。
数日後、さらにわからなくなる出来事が起きた。
駅前のカフェで、向かい合わせに座っている長谷川さんと永井さんを目撃してしまったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます