サマー

サマー 1/4

 努力は裏切らない、とは誰が言いだしたのだろう。それが完全に嘘ではないにしても、重要な事実を隠していることをぼくは知っている。まず、裏切るという言葉が曖昧であり、具体的にどんな状態を「努力の裏切り」と呼ぶのか説明が必要だ。そして何よりスタート地点の個人差について触れていない。簡単に言えば、努力すれば誰しも大谷翔平になれるのか? という話である。

 もちろんそんなわけはなく、幼少期から全く同じ練習メニューをこなしたところで、才能のない人間はいつまでも雑草の生えた野球場のベンチを温め続けるだけだ。そんな状態であっても、野球が好きだという一心で努力を続ける彼を、努力は裏切っていないのだろうか。

 努力は裏切らない。この金言の皮をかぶった詭弁は、前向きさよりも敗者への労いの方が強いのではないかとぼくは踏んでいる。「頑張った日々は無駄ではないよ」に、「まあ決して有意義でもなかったけれど」も加えねばフェアではあるまい。


 そんな屁理屈をこねる人間は、大抵の場合そもそも努力をしていない。努力をする理由を先回りして、つぶして、怠けようとしているだけなのだ。その張本人であるぼくが言うのだから、間違いない。


 気づいたら、なんとなく夏だった。

 大学に入学してからあっという間に数か月が経過し、何をしていたんだっけと考えてみても、コンビニバイトの日々しか思い出されない。ぼくにとって青春とは、ローソン・ブルーのことである。

 大学生の夏休みは長い。自然とバイト先で過ごす時間も、長い。


「お前らさ、こんなに天気いいってのに。バイトしかやることないのかよ」

 バックルームで店長が言う。

「バイトしか、ってことはないですけど。俺たちがシフト埋めなかったら店長だって困るじゃないですか」

 長谷川さんがにこりともせず答える。三流大学に一浪して入り、三年生時点で留年確実らしい彼は、今日も心配になるくらいの痩身である。

「そうですよ。じゃあ明日休んじゃおうかなあ、俺」その気もないのに山田くんが乗っかる。「店長だって、その歳で結婚もしないでいいんですか? あっという間に四十歳ですよ」

「うるせえ。俺が四十になっても、どうせお前らは卒業できずに大学に居座り続けてんだろ」

 そんなわけないじゃないですか、と誰も言い返さないのが悲しい。

 

 朝からシフトに入り勤務を終えた山田くんと入れ替わりに、ぼくと長谷川さんが店頭に立つ。この店はフランチャイズ契約なので服装規定がゆるい。長谷川さんは遠慮なしに白に近い金髪のロングヘアをエアコンになびかせている。左右の耳には計七つのピアスが光る。

 ぼくも長谷川さんも口数の多い方ではないので、シフトがかぶっても会話はほぼない。ただただ黙々と淡々と業務をこなしていく。品出し、レジ打ち、トイレ掃除。やたらに長時間立ち読みをしている中年男性がいるが、もちろん注意などしない。ぼくは五分も立ち読みしているとそれだけで疲れてしまうので、意地でも買わずに読んでやるという根性にはむしろ感心する。


 高校生くらいの男の子と女の子が入店してきた。男の子はギターケースを抱えていた。ふたり揃って三ツ矢サイダーのペットボトルを持ってきて、長谷川さんのレジで会計をする。「俺が払うよ」「そんなキャラじゃないじゃん」「盆踊りの時のお礼」などと会話が聞こえてくる。

 

 ふたりが店を出ていくとともに、長谷川さんは大袈裟にため息をついた。


「いいよな、ああいうの」

 独り言なのかと思ったが、それにしてはボリュームが大きいので、やはりぼくに向けて言っているのだろう。

「はあ」珍しく声をかけられ、間の抜けた相槌を打つ。「ああいうの、とは?」

「カップルでああいうの、理想の夏そのものだろ、絶対」

「はあ」

「なんで俺はこんなところで倉木とバイトしてるんだ」

 それはお互い様だろうと思うが、もちろん口には出さない。

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