チャイルド 2/3

 レジを打ち、品物を並べ、またレジを打つ。夕方から日付が変わる手前まで、ぼくの時間を金に換えていく。

 家に帰ったところで、どうせすることなど何もないのだし、寝ているだけの大学の講義と比べるとかなり有意義だ。というレトリックはたぶん狂っている。


 午後九時を過ぎた頃、ひとりの男の子がやってきた。ナイキのロゴがプリントされた白いTシャツを着ている。足元はサンダルだった。


「あれ。こんな時間にひとりかな」


 ぼくの隣でレジに立つ山田くんがつぶやく。

 確かに、この時間にひとりで来るにはずいぶん幼い。まだ小学生未満に見えた。駐車場に目をやるが、車は一台も停まっていない。

 親御さんと一緒ではないのだろうか。

 少し心配にはなるが、とりあえず挙動を見守ることしかできない。

 おそらくは、なにかおつかいでも頼まれたのだろう。もしくは、店内に既に家族の誰かがいるのか。レジから店内にちらりと視線を送る。

 店内にいたのは男子高校生がふたりだけ。男の子は彼らの前を通ったが、家族や知り合いである様子は全くない。どこのコーナーへ落ち着くでもなく、心許ない様子できょろきょろしながら、店のあちこちを見渡している。


「倉木くん。あの子、どうしたんだろう」山田くんが眉根を寄せながらこちらを向く。「ちょっと声かけてみたほうがいいかな」

「なにか、探してるんですかね」

「こんな時間にさ、変じゃない? 落ち着きないし。誘拐されて逃げてきた、とかだったらどうしよう。あんな歳の子が外うろうろしてたら、警官に保護される時間だよ」

「まあ、あの子が出歩くにはちょっと遅いですけど。誘拐とかでは、ないんじゃないかな」

「いやいや、わかんないじゃん。ちょっと俺声かけてみる」


 男の子よりも、山田くんのほうが落ち着きなく見えた。山田くんはレジを出て、男の子のところに向かう。

 ドリンクが並ぶ冷蔵庫の前でなにやら話しているが、ぼくのところまでは会話は聞こえず、内容はわからない。気にはなったが、男子高校生たちがぼくの元にアイスを持ってきたので、とりあえず時給分働くことにする。


 山田くんがレジに引き返してきたとき、男の子はトイレに入っていくところだった。

「あの子、トイレを探してたんですか?」

「なのかな」

「なのかな、とは?」

 山田くんは納得のいかない顔をして首をひねっている。

「初めに、俺は『こんな時間にひとりでどうしたの?』って訊いたんだよ。そしたら、『ぼくの家はここから三十秒くらいだから大丈夫です』って」

「しっかりした子ですね」

「うん、利発そうな感じだったな。でさ、『おつかい? 何を買いに来たの?』って訊いたわけ」

「はあ」

「『滝はありますか?』って言うんだよ、あの子」

「滝?」今度はぼくが首をひねる番だった。「しらたき、とかじゃなくて?」

「じゃなくて。それ、俺も訊いたし。『しらたきではないです』だってさ」

「はあ」

「だから『滝はないよ』って言ったんだ。で、あの子、首をひねりながらさ」みんな首をひねっている。「『じゃあ、トイレはありますか』って。だからトイレに案内してきた」


 そこでトイレから出てきた男の子がレジの前にやってきた。


「あの、トイレ、ありがとうございました」

 なるほど、利発そうだし整った顔立ちの子だ。将来、三流大学生にはならないだろう。

「ひとりで帰れる? 大丈夫?」

 山田くんはよく言えば親切、悪く言えばおせっかいなところがある。

「はい。ここから、もう、ぼくの家見えてるから」

 男の子が指を指したのは平屋の一軒家で、コンビニの斜向かい。三十秒もかからなさそうだった。

「そうか。でも、あんまりひとりで夜に出歩いちゃ駄目だぞ」まるで弟を送り出すように、山田くんは自動ドアまでついていく。「気をつけて帰るんだよ」

 もう一度、ありがとうございました、と言って男の子はコンビニを後にした。山田くんはその後ろ姿を心配そうに見ていたが、しばらくしてぼくの方へ向き直って、また首をひねった。

「なんだったんだろう?」

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