コンビニの倉木くん
吉沢春
チャイルド
チャイルド 1/3
馬鹿にならない額の金と引き換えに大人にならないことを選んだ哀れで愛おしい同志たちがそうしているように、ぼくもまた机に突っ伏して半ば夢うつつ、講義が終わるまでひたすら時間が過ぎ去るのを待つ。
人生に無駄なことなどない、などという金言の皮をかぶった詭弁を思い浮かべながら今ぼくが過ごしているこの時間は、今後の人生にどんな意味合いをもたらすのか、さっぱりわからない。
もちろんまともに講義を聞いているまともな生徒もいて、無駄を生み出しているのはまともを投げ出したぼく自身。そんなことは火を見るよりも明らかだが、比率ではぼくとその同志たちのほうが明らかに多く、少なくともこの場においてまともであることはマイノリティなのだ。
親の金で入った大学でこんな毎日を過ごしていることに一抹の罪悪感を覚えないわけではないが、しかし、それにしたって、午後いちの講義はどうしようもなく眠い。
高校生の頃、ドラマや漫画で脳裏に焼き付けられた華のキャンパスライフは、控えめに言って嘘っぱちだったと今ならば言える。
期待は、していた。ぼくは昔から目立つタイプではなかったし、友人も多いとは言えず――これについては量より質、という金言の皮をかぶった詭弁も多少救いになっている――これといった取り柄もない。地味なぼくが大学に入って何かが変わるのを、期待していた。
待っていたのは輪をかけて地味な生活だった。
大学は高校と違いクラスメートの概念が希薄で、ある程度自分から社交性を発揮しないことには他人は他人のまま。人間関係を築くのはこれまで以上に難しい。
そのことに気付くまで時間はかからなかったが、気付いたところでぼくが切れるカードは手札になく、早い段階で諦めた。それでも一応単位は取らなければいけないという義務感は持っているため、全く面白いとは思えない講義に休むことなく出席し続けている点は評価してほしい。
たとえ机に伏せて、寝ているだけだとしても。
バイトに向かう。
家から徒歩三分のローソン、そこがぼくの職場である。
三流大学生のバイト先といえばコンビニだろうという安易な発想で志望したが、採用されてみればぼく以外のバイトスタッフ六人中四人が三流大学生だった。
ロッカールームには、三流大学生の山田くんがいた。かなりの確率でシフトが被るのは、彼が大学よりもここで長い時間を過ごしているからだろう。
「おはようございます」
「おはよう」
学年は同じだが、新入りのぼくは誰に対しても敬語である。新入りと呼ばれる時期が終わっても、口調を改める機会を逸して、きっとずっとこんな感じなのだ。
人と壁を作っている、とよく言われる。しかしぼくからすれば作っているのではなく最初から厳然とそこにあって、壊し方がわからない。
「聞いた? 昨日、
縞模様のポロシャツから坊主頭を出した山田くんが言う。体格のいい山田くんは、ポロシャツが似合っていてさながらラガーマンのようだが、よくよく注視すれば単に小太りなだけなのだった。
「誰ですかそれ?」
「え、倉木くん、それ本気で言ってる? 冗談?」
「本気で言ってます」ぼくは、冗談なんて生まれてこのかた言ったことがない。「森、明日香……って誰ですか?」
「朝ドラ、主演で出てたじゃん。若手女優で今人気上昇中」
「ぼくの家、テレビないんですよ」
「倉木くんの家って貧乏なの?」
山田くんは思ったことを遠慮なく言える人で、少し羨ましくなるときがある。
「まあ、普通だと思いますけど……ぼくひとり暮らししてて」
「ああ、なるほどね」
「大学入って上京してきて、テレビはそれから観てないです。あ、でも、親に買ってもらえないのはやっぱり貧乏なのかも」
「親に甘えていないのは偉い」親の金で入った大学をサボってバイトに精を出す山田くんがうんうんと頷く。「まあ、とにかく、芸能人が来たんだってさ。昨日」
ぴんとこなかったが、ぼくは曖昧に「はあ」と相槌を打つ。会話は続かない。
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