第19話 笹葉の願い
『奇跡の笹』と呼ばれているそれは、3本の笹が束になって出来ていた。互いの笹が寄り添いあい、縦にも横にも大きく広がりつつも、どっしりとした安定感がある。地面に近いところにある葉には、赤、青、黄といった様々な色の子供たちの願いがぶら下がっていた。
天斗はその笹をぼんやりと眺めていると、一番地面に近い葉に向かって背伸びをして手を伸ばしている笹葉の姿が見えた。
一生懸命に伸ばしている手には、コンパクトに切られた赤の色画用紙が収まっている。笹葉の身長では、葉にはぎりぎり届かない。
「いいのか、そんな低いところで」
天斗は腰を
「もっと高いところの方が、神様は見やすいんじゃないか?」
天斗自身は神様なんて信じていないが、だからといって笹葉が信じているものを否定するわけにはいかない。天斗は肉体的にだけでなく、精神的にも笹葉と同じ目線で会話することができるようになっていた。
「……そうですね! もっと高いところに結びたいです」
純度100%の笑顔で、笹葉は天斗にしがみついた。
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「届くか?」
「……っはい! もう少しです」
天斗が肩の上に乗っている笹葉に問いかける。運動不足で
笹葉は他の短冊よりも少しでも高いところに自分の短冊をくくりつけようと必死だ。天斗の肩から落ちないように体全体でバランスをとっている。その神様に向けた笹葉の短冊を、天斗は肩車をする前に見せてもらっていた。
『お父さんとお母さんといっしょにゆうえんちに行きたいです。』
小学生低学年にしてはかなりきれいな字で書かれたそれは、天斗の心に深く染みた。
笹葉は、天斗や沙織のことを「パパ、ママ」と呼ぶが、「お父さん、お母さん」とは呼ばない。恐らく、短冊に書かれている「お父さんとお母さん」というのは、笹葉の父や母のことを指しているのだろう。
笹葉が家族と会いたがっていることに、天斗は喜びと同時に何故か胸の奥が痛んだ。何故かはわからない。一週間共に過ごしてきて、それなりに仲良くはなったが、今でも笹葉は家族の下に返すのが一番だという考えは変わっていない。それなのに、なぜか胸が痛い。うしろめたさを感じている時のような痛みだ。
「……笹葉」
「何ですか?」
短冊を結ぶ手を止めて、笹葉は天斗の頭頂部を見下ろす。
「実家に……お父さんやお母さんの家に帰りたいか?」
ポツリと吐いた言葉。一週間前は命令形だった言葉を、質問に変えて笹葉に投げかける。天斗は、どんな答えを求めているのかが天斗自身も分からなくなっていた。
少しの間をおいて、笹葉が答えを出した。
「そうですね……もう帰ってもだいじょうぶかなって感じです」
「なんだそりゃ」
居候のくせに、なぜか上から目線な笹葉の発言に天斗は小さく笑った。この時、笹葉は今まで見せたことのないような、含みのある悲しい笑顔をしていたのだが、肩車をしている天斗は笹葉のその顔を見ることはできなかった。
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