【番外編】突発的ハロウィンのショートストーリー
ハロウィン。十月の終わり、秋も深くなって冬の足音が聞こえる時期。
元は秋の収穫祭だとか、死者の霊を慰めるため、いわゆる慰霊のためだとか言われているもの。日本ではそれも形骸化している、というか最初からハロウィンを小難しい祝祭と認識している人はあんまりいないと思う。
あたしもハロウィンに対するお仕事は色々とあるので、事前に収録したり収録したりが多かった。お仕事柄、当日にすることがないのは悪くないのかもしれない。テレビのアナウンサーとかメインで動いている人はイベント事こそ忙しいって聞くし。事実、テレビとか見てると大変そうだもん。
そのようなわけで、あたしこと
「「「ハッピーハロウィン!」」」
「…は、ハッピーハロウィン」
「ノリが悪いわよ
「そうよ!せっかくのハロウィン、楽しまないと損よ?」
「郁弥君、共にハロウィンを盛り上げよう」
「あ、はい」
家族総出でお出迎えをした。困惑の表情を見せながらも流されて頷いたこの人が、恋人の
今日はママもパパも揃っているので、郁弥さんも加えて四人で過ごすことになる。結構一緒にいるつもりだけど、ハロウィンを
玄関からリビングに移動して、その間に被っていた仮装用のハットをソファーに置いておく。特に複雑な仮装はしていないので、帽子以外は普通の服。ママもパパも同じく、帽子はソファーにまとめておいた。
リビングのお食事テーブルにはハロウィンらしくカボチャを主体としたお料理がたくさん並んでいる。ママを中心に、パパが手伝いながらあたしもちょこっとお手伝いした。
「さて郁弥さん」
「はい」
「今日はハロウィンよ」
「そうだね」
「何したい?」
「一緒にテレビ見たい」
「んふ、いいわよー」
「その前に、杏さん。お食事いただきます」
「はーい、うふふ、どうぞ召し上がれ」
「よし、僕も食べよう。杏、いただきます」
「たくさん食べてねー」
「あ。あたしも食べる。いただきます」
カボチャのグラタン、カボチャのスープ、カボチャの煮物、カボチャのバター焼き、などなど。和洋折衷にパンプキンをふんだんに使ったお料理が机の上には並んでいた。
お箸スプーンフォークと食器を駆使して食事をしていく。席順はあたしの前がママ、その隣にパパ。その正面に郁弥さん。つまりあたしの隣が郁弥さん。当たり前と言えば当たり前な席順だけど、この席順だからこそできることもある。
こっそり右手を忍ばせて、恋人の服をくいくいと引っ張る。
「ん?なんだい?」
「どれが一番美味しい?」
「うーん、どれも美味しいけど好きなのはスープかな」
「ふ、ふーん。そうなの?なんで?」
「なんで?なんでだろう…。これ、作るとき
「うふふ、そうよ。郁弥君の隣でにまにましているうちの子ね」
「べ、別ににまにましてないしっ」
ぱっと口元に手をやると、微妙に口角が上がっていた。むにむにと両手で揉んで強制的に表情を整える。そこまでして、はっと気づいてこっそり隣に目を向ける。
案の定というか、予想通りというか。微笑ましいものを見る目であたしを見つめる恋人の姿がそこにはあった。
「やっぱり日結花ちゃんが作ったんだね」
「…う、うん。そうなの。あたしが作ったの」
「ふふ、美味しいよ。ありがとう」
「んぅ…えと、どういたしまして」
柔らかい笑みが優しすぎてドキドキする。嬉しいのと照れくさいのと。すっごくじたばたしたい。気持ちがいっぱいであふれちゃいそう。
「すぅ……ふぅ……」
ひとまず深呼吸しておいた。ここで逃げ出してもどうにもならないので、いったんリセットさせてもらった。
一度落ち着いちゃえばこっちのものよ。ちゃっちゃとご飯食べるわよ。
「ええと、なんであたしが作ったってわかったの?」
「あぁ、それはね」
話題を変えるためにも聞いてみたら"以前、僕がスープ系は濾してない方が好きって言ったの覚えてくれていたのかなって"とか言ってきた。
まあその通りなんだけど。だから本当はパンプキンスープ濾して食感滑らかにするところをそのままにしたのよ。完全に見透かされて微妙に恥ずかしい。
「食べてみてすぐ、日結花ちゃんなら覚えていてくれたかなぁと期待がね。当たっていてよかったよ」
「ん、喜んでくれたようでよかったわ」
和気あいあいといろんな話を挟みながら食事も進み、綺麗に食べ終えて夕食の時間は終わった。
食器を片付けたり、歯磨きをしたり、だいたいのやることを済ませてリビングでまったりする。ママとパパも普通に部屋にいるので、二人っきりというわけではない。ただ、その二人っきりというのも今さらな感じはする。半分くらい郁弥さんは家族みたいなものなので、ママとかパパがいても全然気にならない。それくらいにはなったと思うと、むしろこの状況は望ましい。
「ねー郁弥さーん」
「へい」
「何見たいー?」
「どうしようか。何やってる?」
「えっと、ちょっと待ってねー」
テレビのリモコンを操作して番組表を表示させる。ニュース、バラエティー、バラエティー、ドキュメンタリー、ニュース……。
「どれがいい?」
「うーん、じゃあそのハロウィン特集で」
「おっけー」
言われてチャンネルを回す。テレビでは番組にもあったようにハロウィンに関するいろんな楽しいことや面白いこと、他いろいろと混ざった総合バラエティーがやっていた。
今は二人でソファーに隣り合って座って、肩を寄せ合っている。どこからどう見ても恋人でしかないので、すーっと手を動かして彼の手に重ねた。どんな反応が返ってくるかと思ったら、ちらりとこちらを見ただけで軽く微笑んで手を繋いでくれた。ぎゅっと繋いだ手の温もりが愛おしい。
「ねえ日結花ちゃん」
「ん、なに?」
「お風呂どうする?」
「んー、後で入るつもりだったけど。ふふ、なに?一緒に入りたいの?」
「それはいつもそうだけど、時と場所はわきまえるからね」
「そ、そう」
「あ、照れた?」
「て、照れてないし」
「ふふ、そっかー」
まだ入っていないお風呂の話はここでやめておいた。これ以上話してもあたしが不利になるだけなので止めさせてもらった。そもそも、一緒にお風呂に入ったりは旅行のときで存分に楽しんだし、それ以外でもたまーにあるので今話さなくてもいいのよ。特に銀山温泉でのお風呂はもう色々ありすぎて――。
「日結花ちゃん」
「にゃに?」
「おっと可愛い」
「ん、ちょっと、頭撫でにゃゆぅぅ」
撫でられると頭ふわふわするぅ。
「さて」
「んぅ…な、なんで止めるの?」
「いやなんとなく」
抱きしめられて頭の後ろ撫でられて、もう意味わかんないくらい幸せいっぱいだったのに。それがこう、離れた途端に寂しさが襲いかかってきた。
「そんな目で見ないでよ」
「だって…」
「まあまあ、これだけ受け取ってよ」
言って、たたんで置いてあったコートをごそごそ漁ってなにがしかを取り出す。見た目は細長い紺色の箱。聞いて、見て、考えて。不意打ちのように胸が高鳴る。
「はい。プレゼント」
「ど、どうして?」
箱を開けて見せてくれる。中に入っていたのは可愛らしいお化けかぼちゃが魔女風帽子を被ったアクセサリーのついたネックレス。紐の部分はシンプルに鎖?でできた銀色をしていて、ハロウィンにぴったりなプレゼントだった。
箱に収められたネックレスを見て、顔を上げて彼の顔を見て。嬉しさに疑問が混じって自然に問いかけていた。
「これもなんとなくかな。たまにはクリスマスとかお誕生日以外にプレゼントするのもいいかと思って。そう値の張るものでもないから、気負わず受け取ってよ」
「……もう」
彼の言葉が温かくて、優しくて。言葉に詰まっちゃうくらい嬉しくて、今すぐ抱きしめて力いっぱいぎゅーってしたい気持ちを抑える。最初に、言わなくちゃいけないことがあるから。
「ありがとう。郁弥さん。つけてもらえる?」
「もちろん」
短くお礼だけ告げて、顔を軽く逸らしてネックレスをつけてもらう。彼の腕が首の後ろに回されて、そっと留められる。腕を引いて戻そうとする恋人を、そのまま離さないように抱きしめた。
「っと…」
「ありがと…。嬉しいわ。すっごく嬉しい」
「…ふふ、どういたしまして」
あふれる気持ちを抱きしめながら全部伝えていく。
好きで好きで、また好きになって。今日もまた好きになったことを伝えた。これ以上ないと思っても、気づいたらまた別の好きが生まれている。
今日はそんな、こんなことがあるとは思ってもみなかったから、その分驚きと愛おしさがあふれる。
毎年訪れるハロウィンでも、恋人と、郁弥さんと過ごす時間は全部変わってくる。人生は長いようで短いから、一緒にいられる時間は限られているから。だから、これまで気にしてこなかったハロウィンも、来年再来年と大事にしていこうと思う。
大衆に乗っかていくなんて。上等じゃない。あたしたちだけの過ごし方で目一杯楽しませてもらうわ。
「郁弥さん郁弥さん」
「はいはい」
「好き」
「ありがとう。日結花ちゃん」
「なになに」
「好きだよ」
「ありがと」
"好き"の言葉を伝え合って、二人で満面の笑みを浮かべる。
きっとこれは、この気持ちは、他のどこにもない、他の誰にも得られない、あたしと郁弥さんだけが手に入れられる一番の幸せだ。
※活動報告にこのショートストーリーについての解説的なやつがあります。
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