3. 新幹線内のお話
新幹線の掃除も終わり、アナウンスが入ったところで恋人からお声がかかる。軽やかな声が耳に心地いい。
「それじゃあ入ろうか」
「うん、行きましょ」
後ろに人も並んでいたから車内の清掃が終わってすぐ中に入った。もちろん手を引かれてなので、あたしの満足度は高い。好きポイントプラスイチ。
ホームでは先頭にいたため、二人で席まで一直線。番号の席まで進んだところで彼氏さんが立ち止まった。
いきなり止まってぶつかる、なんてことはない。一瞬、おでこぶつけて"きゃっ!もう、ちゃんと声かけてよね!"みたいなことしたいなぁって思ったけど、あたしに限ってそれはできない。だってずっと郁弥さんの背中見てたんだもの。
「荷物上にあげるよね?」
「え?う、うん。お願い」
自分の荷物をさっと荷棚に載せ、今度はあたしのをあげてくれるみたい。あんまりそのこと考えていなかったから、ちょっと返事詰まっちゃった。こうしたことを当たり前にやってくれるところが彼の素敵なところの一つ。胸キュンポイントよね。
「あ、先座ってていいよ。窓側でいいよね?」
「えへへ、ありがと」
お言葉に甘えて小さな鞄だけを持って席に着く。コートを脱いでたたんで、肩掛けの鞄は足元に置いて、お行儀よく足を揃えてちょっぴり斜めにすれば、おしとやかな淑女の出来上がり。
通路の方に目を移せば、ちょうど郁弥さんも座るところだった。
「あ、コートどうしよう。上にあげる?」
「ん、お願いしてもいい?」
また立たせるのは悪いけど、今日着てきたコート厚いからずっと持ってるのもね。郁弥さんには遠慮しないでいいのよ。ちゃんとお礼も言うし褒めてあげるからいいの。
再度立って自分とあたしのコートを棚に載せにいく。
今日のダーリンの服装はフード付きの紺色コート。上を脱いで見えたのは青のカーディガンと白の襟シャツ。襟に黒のラインが入っているのがワンポイント。ズボンは黒のシンプルなやつ。全体的にあったかそうな格好だった。
比べてあたしは水を弾く冬定番のダウンジャケット。明るめの茶色で後ろの腰部分が大きなリボンになっていて可愛い。それは荷棚にあげてしまったので、今はクリーム色のボトルネックなトップスが見えている。首元半分くらいの襟なので、暖かくて圧迫もないちょうどいい感じ。その下はヒートテックのキャミソール。ズボン……じゃなくて、あたしはスカート。膝下の薄い橙色なフレアスカートを穿いてきた。もちろんタイツを穿いているから寒くない。
下着については生地が暖かい系のショーツだけ。色は薄いピンクで縁取った白。ブラはキャミで代用済みなので、今日はなし。
せっかくの二人っきりの旅行。可愛い下着にしてきたわ。当然持ってきたのも可愛いのよ。今着ているのと色違いで、ピンクが水色になっただけのね。これなら万が一郁弥さんが見たいって言っても見せてあげられるわ!ふふ、かかってきなさい!
「日結花ちゃん」
「にゃ、な、なに?」
なにって、あたしの方こそなんなのよ。普通に言葉詰まったんだけど。変なこと考えてたせいで舌が回らなかったわ。卑怯よ。ずるい。
「ふふ、君は相変わらず可愛いなぁ」
「別にそんなぁあぅぅ……」
言葉が出なくなるぅぅ……。あぁぁ、なでなではずるいわ……。
「あはは、可愛い可愛い。好きだよ」
「うぅぅ。あ、あたしも好き」
なでてくれて、そこからぎゅって、ぎゅって。あぁ幸せ。郁弥さん好き。やっぱり大好き。
「えへへぇ、ね、なんでぎゅってしたの?」
抱きしめられて頭の中ふわふわして、とろけちゃったのが少し回復したところで聞いてみた。身体くっついてるから顔見えないし、これ以上ドキドキさせられたりはしないから大丈夫。
口元によによしちゃってるのも見られないわ。平気平気。
「抱きしめたくなったからかな」
「んふふー、積極的じゃないの」
本当に。一年、二年前のこの人じゃ考えられないわ。
過去を振り返りながらイチャイチャと、あたしたちらしく平常運転に過ごして数分。ぬるりと動き出した新幹線を感じて準備をし始める。
準備といってもそう堅苦しいものじゃない。ペットボトルを椅子についているスペースにセットしたり背もたれ少し倒したりと。それくらいのこと。
「……ふむ」
ひと通り終えて、肘置きに腕を置いたところで気づいた。
どうにも、あたしの恋人は遠慮しているらしい。
この人、肩幅それなりで腕も筋肉あるから普通に座ると結構場所取るのよ。だからなのか、今は身体縮こませてる。可愛い。可愛いけど、あたしといるときくらい気にしなくていいのにと思う。まったく困っちゃうわ。そんなところも好きだから余計にね。
「ねえダーリン」
「なに?」
「手、繋ぎましょう?」
「いいよ。でも肘掛けは」
「あげちゃうわ」
「そっか。そうしようか」
ちゃんと伝えればあっさりと了承をくれた。これも今まで信頼を積み重ねてきたおかげだと思うと、ほんのり頬が緩む。
意見がぴたりと一致したので、肘掛けは椅子と椅子の間に埋めてしまった。開いた空間で手を繋ごうとして……。
「……んー」
悩む。手を繋ぐのはいいんだけど、どうせなら、ね。
「うん?繋がないの?」
ぽやぽやした顔で聞いてきた。ちょっぴり首を傾げているのが本当に可愛い。好きよ大好――じゃなくて。
「腕を組むか手を繋ぐか迷っていたのよ」
そう、これ。
どちらを取るか悩ましい。
「そっかー。じゃあこうしよう」
言ってあたしの手のひらに自分のそれを重ねてくる。同時に身体の距離を詰めて腕と腕を絡める。二の腕から下がお互いに触れ合っている状態。
しかもしかも、さすがあたしの恋人か。指と指を絡めて恋人な手の繋ぎ方を選んでくれた。ちょっとだけドキドキする。
ちょっとだけよ?もういっぱい手くらい繋いでるもん。
「えへ……えへへぇ」
我慢しようとしたのについ笑顔になっちゃった。ほんとだめ。勝手に頬緩んじゃう。
「ふふ、どうかなんて聞くまでもなさそうだね」
「ん、ま、まあ及第点ね」
「あはは、ありがとう」
うぅー、なんて人なの?どうしてそう、あたしがひどいこと……ひどくないか。ひどくないけど意地悪なこと言ってるのに、すっごく綺麗に爽やかに笑ってくれちゃうのよ。……ううん、わかってるわ。郁弥さんがどんな人かなんて知ってるし、いっぱいお話してきたもの。あたしが素直にならないから……。
「い、郁弥さんっ」
「ん?どうしたの?」
「ええと……み、耳を近づけてもらえる?」
ほっぺにちゅーとかでもいいかなぁって思ったけど、なんか恥ずかしくなったからやめちゃった。それは今度にするとして。
「いいよ」
軽く頷いて正面を向いたまま頭を傾ける。
あたしから見える横顔にはふんわりとした微笑が浮かんでいて、普段通りの落ち着きと穏やかさがあった。目を閉じていることも相まって、まるで天使のよう。
「……っ」
やけにドキドキする。
が、頑張れあたしっ。
「あたし、あなたとくっつくの大好きだから……ね」
「っう……嬉しい、よ。うん、ありがとう……」
郁弥さんの耳赤くなってる。あたしの顔もたぶん同じ色してるわ。だってすっごく顔熱いもん!
「え、えへへ」
「っと、本当に君は……もう」
誤魔化し風に笑いかけて、完全に頭を彼の方へ預けた。あたしの意志を感じたからか、諦めたような薄いため息が耳をくすぐる。
「今さらそんなこと言わなくたってわかってるよ」
「んぅ……」
囁き返しだなんて……はぁぁ、耳が熱い。
とりあえず恋人の顔が見られないくらいに恥ずかしくなってしまったので、返事はしないでぐりぐりと頭を押し付けておいた。
言いたいことが伝わったのか、あたしの恋人だからわかってくれたのか、静かに身体の力を抜いて頭を預けてくれた。
郁弥さんがあたしの方に寄りかかる形となったため、仲睦まじく寄り添った恋人がいるなぁとか周りには思われているかもしれない。
もしかしたら、あたしたちの醸し出す空気は恋人を超えて夫婦になっている可能性もある。恋人でも夫婦でも、どちらにしても嬉しいことには変わらないのでこの体勢を崩すつもりはない。
これぞ恋人同士の特権!
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