2. 駅のホームにて
冬の風を運びながら新幹線が到着する。東京駅に来て聞き慣れ……てはないけれど、耳に慣れた音と共に電車がやってきた。
あたしたち二人が乗るのは山形新幹線つばさ。
到着してすぐ乗れるかと思いきや、そんなことはない。清掃をするとかで再びの待機となった。そういえば新幹線ってそんなんだったかも、とちょっぴりの羞恥。
「新幹線って連結するんだね。初めて見たよ」
「ん、さっきの?」
「うん。日結花ちゃん見たことあった?」
踏み出した足を元の位置に戻したところで、お隣から声がかかる。横を見れば興味津々な眼差しが新幹線に向けられていた。
言われて気づく。たしかに連結してた。ホームに上がる前、電光掲示板に同じ時間でつばさ号とやまびこ号が書いてあったけれど、このことだったみたい。
「ないない。あたしも初めて見たわ」
「そっか。今度はもう一つの方にも乗りたいね」
あたしに目を向けてふわりと微笑む。
今度っていうと……これ、お誘いじゃない。
「ふふ、いいわよ。行きましょ。でも気が早くない?まだ着いてすらいないのよ?」
「あはは、そうなんだけどね。日結花ちゃんといろんなところに行きたくてさ。これから先長いんだなぁとか、つい色々考えちゃって」
照れくさそうに頬をかく恋人を見て言葉に詰まる。
何をどう返せばいいのかって悩む。頬が熱い。今すぐ抱きついて抱きしめてもらってちゅーもしてとかすっごくよくない考えだと思う。
ここがあたしの家とか彼の家とか旅館の部屋の中ならともかく、ここ駅のホームだもん。さすがにだめ。絶対だめ。
「も、もう。そういうことは帰りに言ってよね。何度だって付き合ってあげるから。今日は今日のことだけ考えて?ね?」
よし、上手く返せた。動揺もいい感じに隠せたわ。これくらいもう手慣れたものよ。これまでどれだけあたしが郁弥さんにドキドキさせられてきたと思ってるの?こんなの余裕よ余裕。
「うん、そうしようかな」
小さく頷く恋人に、そっと寄り添うようにほんの少しだけ距離を詰める。なんとなく、近い距離にいたくなったから。ただそれを、距離を詰めたことを彼には気づかれたくなかった。
あたしの恋人はぼーっとしているように見えてどことなく真剣そうでもあって、瞳の奥には深い思考が見えた。あんまり見られない表情だから、できるだけ崩さずに見ておきたい。
「……」
郁弥さん、なに考えてるのかな。横顔だけじゃよくわかんないけど、きっと昔のこと思い出してるんだと思う。そうじゃなかったら、この人がこんな難しい顔するはずないもの。でも……
「……?日結花ちゃん?」
「あっ」
じーっと見ていたら気づかれてしまった。くてりと首を傾げるようにあたしを見つめてくる。しんと静まった雰囲気はなくなって、いつも通りのふわふわ郁弥さんが戻ってきた。
「どうかしたの?」
「ええと、郁弥さんなに考えてるのかなぁと思って」
「あぁ、ふふ、今はね。お泊まりがちょっと心配だなーって思っていてさ」
「お泊まり?」
「うん。僕たちって二人っきりでお泊まりしたことないでしょ?」
彼の言う"お泊まり"。それはたしかに経験がない。あたしの家でお泊まりしたことはあるし、それこそあたしの部屋で一緒に寝たこともある。だけど、一つ屋根の下に二人っきりという状況は何気にこの旅行が初めてだったりする。
「ん、そうね」
「だから大丈夫かなって。もし万が一事故でもあったらとか、病気になっちゃったらとか、色々考えちゃって」
温かさの中にほんのり不安が混じった表情。自分でもばかなことだと思っていて、それでも考えちゃって不安になっているみたい。あたしも似たような経験あるからよくわかる。
初めてのこととか、久しぶりなこととか。緊張して色々考えちゃうのよね。
「大丈夫。郁弥さん、大丈夫よ。最近の電車はここ数十年事故起きてないんだから」
……なんていうかほんと。自分で言っててなんだけど、すごい説得力ある。でも恋人とかそういう雰囲気が全然ない。悲しいわ。もっとロマンティックな感じがよかったのに。あたしのばか。
「あ、あはは。そうだよね、事故はないんだ。それに……うん」
「それに?」
微笑んで頷く恋人に問いかける。ぎゅっと繋いだ手に力が込められて、やけに力強さを感じた。
「それに、日結花ちゃんのことは僕がちゃんと見てるから。離さないように手も繋いでいるし、準備はいつも以上にしっかりしてきたからね。今日はずっと手を離さないくらいの気持ちでいくけど、いいかな」
「ふふ、どんと来なさい」
そんな初々しいカップルみたいな話をしていたら、清掃員の人ががてきぱきと車内をお掃除していく姿が視界の隅に走った。
「ぱっぱと掃除していくわね」
「だねー。それが仕事なんだし、さすがに手馴れてる」
手際の良い作業風景というものは、見ていて気持ちいいものがある。
そう、例えばあたしの恋人である藍崎郁弥さんが旅行のしおりを作ってきて説明してくれたときとか、デートコースをばっちり考えて完璧なエスコートをしてくれたときとか、デート中ロマンチックな雰囲気になったら自然と抱きしめてくれたりちゅーしてくれたりぃいぅうぅにゃあぁ!!考えてたら恥ずかしくなってきた!!!顔が熱いっ!
「~~っ」
できることなら枕に顔埋めてじたばたしたい。でもできない。うー、ほんとにもう……。ハグもキスもたくさんしてきたのに、なんでこう、考えただけでこんな、こんな意味不明な恥ずかしさがあるのよ。もう!意味わかんないっ!!
「日結花ちゃん?」
「ひゃぅっ、なな、なに?」
このあたしが動揺させられるなんて……。ふ、そういうこともあるわね。とりあえずこれからはあんまり驚かせないでもらえたら嬉しいわ。
「ううん。ふふ、日結花ちゃんは可愛いなぁと思って」
「んぅ……」
……本当、真正面から褒めてくるのってずるい。郁弥さんのばか。いきなり人を惚れさせるの禁止。
「本当に、こんな可愛い女の子が僕の恋人だなんて信じられ……なくはないけど、幸せ過ぎて困っちゃうな」
ふわりとした幸福感を感じさせる微笑み。笑いながらあたしの頭を優しく撫でてくる。
嬉しいのと恥ずかしいのと、あと好きの気持ちで胸がいっぱいになった。
「あたしも、あなたと一緒にいられて幸せよ」
言いたいことはたくさんあるのに、あふれそうな気持ちを留めるのに精一杯で言葉が上手く引き出せなかった。それでも、伝えられた言葉だけで彼はわかってくれたと思う。
だって、郁弥さんだもん。
「ありがとう」
返ってきたのは短い一言。だけど、お返しは言葉だけじゃなかった。ちゃんと行動で示してくれた。
優しく頭を撫でてくれていた手がそのまま流れ落ちて、あたしの右頬に添えられる。数回柔らかく触れられて、離された左手が今度はあたしの右手と繋がった。
元通りになったと言えばその通り。その元通りにしてくれたことで、さらに気持ちが通じ合ったことを感じられる。自然と笑みがこぼれた。
「えへへ」
「あはは」
二人で見つめ合って笑い合って。
なんとなくこそばゆい感じがして笑っちゃった。郁弥さんもほっぺた赤くなってるし、たぶんあたしも同じ。
「あ……」
「ん、どうかしたの?」
手を握り合っていたらぽつりと一言。尋ねながらもう一度手を握るとやんわり力が返ってくる。幸せ感百二十パーセント。
「雨が顔に当たった気がして」
「ふーん、雨?」
ホームの屋根と新幹線の隙間から空を見上げれば、どんよりとした雲がもくもくと広がっていた。
今のところ雨音はしないけれど、たしかに降りそうな雰囲気はある。何より郁弥さんが嘘を言う必要もないので、雨というのもありえなくはない。
「うん。感じない?……あ、ほらまた」
目の前の空間に右手を差し出して、降り始めたらしき雨を感じている。実際に雨粒が触れたのか手のひらを見せてくる。
いちいち仕草が可愛い。ちょっぴり子供っぽくて可愛いわ。好き。
「ふふーっ、郁弥さんは可愛いなぁ」
「な、なんでそうなるの?」
「ふふ、なーいしょ。それよりほら。もうそろそろじゃない?」
「うん?」
ほらまた可愛いー。ほんの少し首傾げてぽやっとした表情がもうほんとに。はー可愛い。ぎゅーってしたい。
「お掃除終わった感じしない?」
「あー」
納得の顔を見せる恋人さん。うんうん頷いている途中で放送が入り、二人で顔を見合わせる。
「えへへ」
「あはは、本当に終わったね」
揃って
どうでもいいけど、破顔ってなんか不思議な表現よね。小説とかだと結構あったりするけど、普通に使うとしっくりこないし。あたしたちには小難しい表現より単純でキュートな言葉の方が似合ってると思うの。例えばそう……にっこり笑顔とか。ね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます