第3話

永遠に続くような始業式が終わり、夏希の心は布団のように軽い。


荷物と猫を連れて三階建ての寮へ向かう。

六畳の部屋。

クローゼットに荷物を詰め、勉強机につく。

机とベッドだけの部屋はひと時の安らぎをくれる。


束の間、隣からドスンと何か大きなものが落ちる音がした。

204号室恒例、枕投げ大会が始まった。


人間は一年経つと、天井に穴を開けて鬼の寮母から地獄のような説教を受けたことなど忘れてしまうらしい。


「夏希、荷物開けようよ」


ひなたの言葉で思い出した。

今年は母だけに任せず自分も荷造りをしたため、荷物が二つあるのだ。


母よ、ありがとう。

重かった。


一人と一匹がかりで鞄をクローゼットから引きずり出す。

果たして何が入っているのか。

わくわくと、ひなたと顔を見合わせ、鞄を開けた。


「なにこれ」


感情のない声を出したことは許してほしい。


トランプが入っていた。

それもやたら大量に。

ぱっと見ただけでもハートのエースが三枚ある。


母よ、「おじいちゃんは魔法使いだったのよ」は比喩表現ではなかったはずだ。


再び顔を見合わせる。

わくわくなどとうに消えていた。


見なかったことにし、また一人と一匹がかりでクローゼットに戻した。


ぐう、とお腹が鳴る。

壁の時計を見ると、もう十二時だった。


夏希は自分で用意した方の鞄から取っ手のついた鍋を取り出した。

蓋を開けると、噴水のように大量のトランプが飛び出した。

驚いて飛び上がり、床に頭を打つ。


今年、鬼の寮母から説教を喰らうのは自分かもしれない。

夏希は天井を見て思った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る