第25話 奈緒の水着を選ぼう!

 土曜日、授業が終わりホームルームが始まった。浩輔達の頭の中は、この後奈緒の水着を選びに行く事と日曜日のプールの事でいっぱいだ。先生の話など全く耳に入らない。しかし、バタバタと何者かが廊下を走る音と聞き覚えのある声が廊下を走る何者かを止めようとしているのが聞こえた。


「嫌な予感がする……」


 郁雄が呟くと同時に教室の引き戸がガラっと開いた。


「郁雄先輩! 準備はおっけーですか? 早く行きましょうよ!」


 郁雄の嫌な予感は的中した。声の主、そして『走ってきた何者か』は奈緒だった。自分のクラスのホームルームが終わるや否や二年の教室にすっ飛んで来たのだ。


「『準備おっけー』に見えるなら、目医者に行った方が良いな」


 郁雄が呆れた声で言うと、そこに『聞き覚えのある声』の主、真由美と真白が現れた。真由美は奈緒の襟首を掴むと有無を言わさず教室から引きずり出し、真白は黙って一礼し、教室の引き戸をそっと閉めた。

 

          *


「何考えてんだよ、おめーは!」


 数分後、当然の事ながら郁雄に怒られる奈緒の姿があった。


「だってー、楽しみだったんだもん」


「小学生か!」


「ナイス突っ込みです! さっすが郁雄先輩、今日も冴えてますねー」


 怒られているというのに本音を口にし、思わず突っ込んでしまった郁雄に対して称賛の声を上げる奈緒。


「やっぱ今日、行くのやめるか」


 郁雄が言うと真由美も同調する様に言った。


「そうね、反省の色が全く見えないもんね」


 二人に言われて奈緒の態度が変わった。


「わーっ、ごめんなさいごめんなさい。反省してます。反省してますってー」


 慌ててペコペコと頭を下げ、必死に謝る奈緒。それを見た浩輔はプッと吹き出した。


「そんなに楽しみだったんだ。でも、もうあんな事しちゃダメだよ。あの後、郁雄、大変だったんだから」


「はぁい……」


 しおらしく答える奈緒の頭をポンっと郁雄が叩いた。


「わかったらよし。んじゃ行くか」


「うん!」


 奈緒が嬉しそうに笑った。さすがは郁雄、奈緒の扱いはお手の物だ? いや、これは自然に出た行動だ。この自然さが、『早く仲を深めよう』と必死な信弘や、『肉食の狼になるんだ』と妙に意識してばかりの浩輔と決定的に違う点であり、奈緒が手放しで郁雄の懐に飛び込める理由なのだろう。


 ショッピングモールには色とりどりの水着がディスプレイされた水着コーナーが設えてあり、土曜日という事もあって賑わいを見せていた。


「あっ、コレなんか私に似合うんじゃない?」


 奈緒が手にしたのは布地の少ない真っ赤なビキニ。


「もう高校生だもんねー。やっぱりこれぐらいセクシーなのが……って、何よ、その目は?」


 自分がそれを着けている姿を想像しているのだろうか、楽しそうに言う奈緒を真白が憐れんだ様な目で見ている。


「あのね、奈緒ちゃん。そういうのは……」


 何か言いかけた真白だったが、後半ごにょごにょと言葉を濁した。


「あっ、コレも良いんじゃない?」


 真白の話も聞かず、奈緒は真っ白なハイレグのワンピースも手に取った。郁雄の予想は見事に的中したのだ。


「ねえねえ郁雄先輩、どう思います? 想像しても良いですよ、このセクシーな水着を着けた私の姿! もう海辺の視線を独り占めって感じじゃないですか? そうでしょ、そうですよね!」


 行くのは海じゃ無く、プールなんだが……と郁雄は思ったが、突っ込むのはソコじゃ無い。さて、どうやって説得したものか。この際、試着させて現実というモノを思い知らせるか? 郁雄が思った時


「奈緒ちゃん、コレなんかどうかな? 似合うと思うんだけど」


 頼みの綱、真白がオレンジのセパレーツを手に取った。トップには大きなリボンが付いていて胸の小ささをカバーするデザインになっているし、鮮やかなオレンジ色は活発な奈緒のイメージにピッタリだ。


「おっ、それ良いじゃん。奈緒、どうだ、アレ。お前の為にある様な水着じゃねぇか」


 郁雄が言うと奈緒はちょっと複雑な表情を見せた。


「まー確かに、ソレも可愛いっちゃぁ可愛いんですけど、やっぱり高校生、大人になった私としてはコッチの方が……」


 未だ似合いそうに無いセクシー水着に執着している。こうなったら仕方が無い、郁雄はとっておきの言葉を口にした。


「いや、お前の気持ちはよくわかる。だがな、俺の気持ちも考えてくれ。彼女のセクシーな姿を他の男に見られる彼氏の気持ちを」


 もちろん本音は「そんな水着、お前には早いんだよ!」だ。しかし、そんな事を言ったところで奈緒は聞く耳を持たないだろう。恥ずかしいセリフだが、話をややこしくしない為に郁雄が自分を押し殺して言うと奈緒の表情が変わった。


「そ、そうですか。自分は見たくても他の男には見られたくないという男心、よーくわかりました。仕方がありませんね、じゃあちょっと試着してみますか」


 上から目線の奈緒に突っ込みたい気持ちを必死に抑えて郁雄は笑顔を作った。


「おう、わかってくれたか。じゃあ早く行ってこいよ」


 郁雄の言葉に機嫌良く奈緒は試着室に向かおうとした。だが、その手にはセクシーなビキニとワンピースもしっかり持ったままだった。不審に思う郁雄に奈緒は数歩歩いて立ち止まると、顔を赤らめて言った。


「せっかくだから、コレも試着して見せてあげますね。郁雄先輩だけに」


 どうやら奈緒は、自分がセクシーな水着が似合うと信じて疑っていない様だ。その根拠のない自信がどこから来るのかはわからないが、そんな事はどうでもよくなってしまうほど可愛い表情の奈緒に郁雄も顔を赤らめた。


「お、おう……」


 短い返事しか出来ない郁雄の手を取り、奈緒は試着室へと向かった。




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