第22話 茜の真意がわからない

 次の日、一晩悩んだ浩輔は真白を呼び出した。もちろんその目的は……


「稲葉さん、ボクと付き合って下さい!」


 浩輔が真白に頭を下げ、告白した。


「……はい」


 真白は言葉少なく返事をすると顔を赤らめて大きく頷いた。これでめでたく浩輔も信弘に続き彼女いない歴=年齢を卒業出来たのだ。残るは郁雄だが、相手は顔こそ可愛いが、突っ込みどころ満載と言うか、自ら突っ込んでもらうのを至上の楽しみとしている奈緒だ。二人の関係が恋仲に発展するにはもう少し時間が必要なのかもしれない。


          *


 そんな六人が待ち望んだ季節がやって来た。そう、夏が来たのだ。夏と言えば海にプールに花火に夏祭り……男女の距離を一気に詰めるイベントがてんこ盛りだ。


「せめてキスぐらいは!」と信弘は彼のバイブルである『ナンパABC~Z これで君も彼女持ち。さらば寂しい日々よ』を片手に鼻息が荒い。 


「なあ、もうすぐ夏休みだよな」


「ああ、しばらくは昼まで寝てられるな」


 さらっと答えた郁雄に信弘は呆れ返った。


「お前なぁ、何を寝ぼけたことを言ってるんだ」


 別に郁雄は寝ぼけているわけでもふざけているわけでも無い。夜中までテレビを見たり漫画を読んだりゲームをして昼まで寝るというパターンが例年の夏休みの過ごし方だったからだ。もちろんそれは信弘も同じだ。しかし、今年の夏休みは今までの夏休みとは違う。


「今年の夏は寝てるヒマなんぞ無ぇぞ!」


 信弘はこの夏が勝負なのだと力説した。信弘と浩輔は真由美・真白との関係をより濃密なものに、郁雄は奈緒を彼女にする為にはこの夏休みを有効に使わなければならないのだと。


「で、実際のところどうなんだよ、奈緒ちゃんとは?」


 正直、聞くまでもない質問なのだが、念を押す様に聞いてきた信弘に郁雄は苦い顔で答えた。


「見てりゃわかんだろ。相変わらずだ」


 郁雄の言う通り、浩輔の目から見ても郁雄と奈緒は漫才コンビと言うか、奈緒がボケては郁雄が突っ込むの繰り返し。『男の子と女の子』の関係とはとても言えたモノでは無かった。


「満足か? そんな状態で」


 信弘がぼそっと呟いた。女の子と日常的にじゃれあえるだけでも飛躍的な進歩を遂げたと言って良いだろう。しかし郁雄はもう少し手を伸ばせば奈緒に手が届くところまで来ているのだ。

 郁雄は考えた。確かに奈緒は見た目はボーイッシュな一級品の美少女である事は間違い無い。かと言って緊張する様な事は無い。むしろ一緒に居て楽しい。たまにあまりのテンションの高さに引く事もあるけれども……だが、それを補って余りある魅力を奈緒は十分に備えている。


「郁雄、答えは出てるんだろ?」


「ああ、そうだな」


 郁雄が重い腰を上げた時、浩輔の背後から茜の声がした。


「おや、三人揃って悪巧みか?」


 以前なら黙って浩輔に近付き、目隠しをして「だーれだ?」とわかりきった問題を出してきた茜が普通に話しかけてきたのだ。拍子抜けした浩輔は呆然と茜の顔を見つめた。


「どうした浩輔、鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔して」


 穏やかな目で言う茜に浩輔は戸惑った。


「だって稲葉さん、前は『だーれだ』とか変な事ばっかりやってきたのに最近は……」


 そこまで言って浩輔は言葉に詰まった。自分が何を言いたいのか自分でも解らなかった? いや、違う。それ以上言うべきでは無いと判断したのだった。その意を読み取ったのだろう、茜はゆっくり口を開いた。


「真白は私の大事な従姉妹だからな。その彼氏にちょっかいをかけるわけにもいくまい」


 茜の口から出たのは浩輔の予想通りの言葉だった。と同時にそれを聞いた浩輔は一抹の寂しさを覚えた。それを察したのだろう、茜は口元に微かな笑みを浮かべながら言った。


「浩輔、何故そんな顔をしている。もしかしたら私に悪戯されなくなって寂しくなったのか?」 


 図星だった。だが、それを肯定するわけにはいかず、浩輔は黙って俯いている。浩輔には見えなかったが、茜は一瞬微笑んだ様に思えた。しかし、すぐに厳しい顔になり浩輔を咎めた。


「浩輔には真白と言う彼女がいるのだろう。なら、そんな顔をしてはダメだ」 


 ここで浩輔に疑問が湧いた。何故茜は真白のことをここまで気にかけるのだろう? 言い方は悪いが、浩輔と言うお気に入りのオモチャを真白の出現により手放した様なものなのに。 


「あの……稲葉さん、どうしてそんなに稲葉さ……真白ちゃんのことを?」


 恐る恐る聞いた浩輔に茜は辛そうな顔で答えた。


「それは……今言わなきゃダメか?」


 いつも堂々としている茜の背中が小さく見えた事はあった。しかし彼女がこんな顔を見せたのは初めてだ。何も言えなくなってしまった浩輔に「何度も言うが、真白を傷付ける様な事だけはしない様にな」と、警告を残して茜は立ち去った。


「うっわー、茜のヤツ、怖ぇよ!」


 茜が去った後、信弘が身体を震わせた。


「うん、でも……」


「でも、何だ?」


 何か言いたげな浩輔に不思議そうな顔をする信弘。


「いや、何でも無いよ」


 浩輔には茜がなんとなく寂しそうに見えたのだが、それには触れない様な気がして言葉を濁した。


「そっか、まぁ良いけどな。それより大事なのはこの夏休みの有効な過ごし方だ!」


 信弘の頭の中は真由美との関係を進展させる事でいっぱいな様だ。そして三人で話し合った結果と言うか、信弘の熱弁によってまずは六人でプールに行く事が決定した。もちろん真由美達がオッケーすればの話ではあるのだが。





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