第21話 私の気持ちなどどうでも良かろう

 翌日、教室に入った浩輔に信弘が満面の笑顔で手を振ってきた。


「やったぜ。遂に俺も彼女持ちだ!」


 どうやら信弘は告白に成功、真由美と付き合う事になった様だ。


「そうなんだ、良かったじゃん」


 浩輔が笑顔で応えると信弘はこの上なく嬉しそうな顔になった。


「これで彼女いない歴=年齢ともおさらばだ。で、お前はどうだったんだよ?」


「うん、それが……」


 浩輔は少し迷ったが、事の次第を全て信弘に話した。


「うえっ、マジかよ……」


「うん。あんな稲葉さん見るの初めてだし、どうしたら良いのか……」


 浩輔は茜の背中が小さく見えたという意味で『あんな姿』と言ったのだが、信弘はそれを違った意味で捉えた様だ。


「そりゃそうだろうな。しかし羨ましい話だな」


「へっ、羨ましい? どういう事?」


 信弘の言葉の意味が理解出来ず浩輔が聞き返したところ、信弘はとんでもない事を言い出した。


「だってよ、あの茜が自ら胸チラを披露してくれたんだろ? ああ、俺も早く真由美の秘密の部分にお目にかかりたいもんだぜ……」


 浩輔は絶句した。まあ、告白に成功して信弘の頭の中は春真っ盛り。浮かれてしまうのは仕方が無いと言えば仕方が無い。いや、告白に成功云々は関係無いのかもしれない。だってそれが信弘と言う男なのだから。

 浩輔がバカ正直に信弘に全て話した事を後悔していると、郁雄が教室に入ってきた。もはや絶句している場合では無い。信弘が妙な事を口走る前に自分の口から正しく郁雄に伝えなければ。浩輔はゆっくり丁寧に誤解の無い様細心の注意を払って郁雄に昨日の出来事を話した。


「へぇ、茜が自ら胸チラを……なんて羨ましい」


「いや、ソコぉ!?」


 郁雄から返って来た反応は信弘と同じだった。いや、邪な願望を口に出さないだけ信弘よりはマシと言ったところだろうか。まあ信弘は彼女いない歴=年齢を卒業したとは言え二人共筋金入りのチェリーボーイなのだからしょうがないのかもしれないが。どうでも良い事だが二人共茜の行為を『胸チラ』と言っているが、今回のケースでは『ブラチラ』と言うのが正しい。


「いや、冗談だ。要するに真白ちゃんと茜がバッティングしちまったってコトだろ」


「しかもその瞬間、お前は茜の胸元を覗き込んでいた……と」


 郁雄の冷静な(?)分析と信弘の的確な指摘に浩輔はただ頷くしか無かった。


「んで、エロい目付きをしているのを真白ちゃんに見られちまったってわけだ」


 信弘の言葉が浩輔の心に突き刺さった。もちろん浩輔としてはエロい目付きをしていたつもりは全く無いのだが、茜の胸元に目が行ってしまったのは紛れも無い事実だ。


「まあしょうがないじゃないか。そんなコトされて、見ない男なんて居るわけ無いだろ」


 落ち込んで溜息を吐く浩輔を慰める様に郁雄が言うと、信弘も調子に乗って妙な事を言い出した。


「そうそう。真白ちゃんも解ってくれてるって。あ、意外と対抗心燃やして今度は真白ちゃんが胸チラを拝ませてくれたりしてな」


 バカかコイツは。付き合いきれなくなった浩輔が更に深い溜息を吐きながら頭を抱えると茜が姿を現した。


「浩輔、ちょっと良いかな」


 胸チラの張本人の登場にたじろぐ郁雄と信弘。浩輔は顔を上げ、茜と共に教室を出て行った。


          *


「真白と付き合っているのか?」


 教室から離れ、階段の踊り場で茜が浩輔に迫った。迫ったと言っても茜の顔は怒っているわけでは無さそうだ。浩輔は正直に答えた。


「付き合っているって言うか……初めて二人で会ったのは昨日が初めてなんだ」


 それを聞いた茜の綺麗な顔が少し歪んだ。


「そうか。じゃあ告白は?」


「まだしてない」


 浩輔の口から出た答えを聞いて茜は一つの結論を導き出した。


「浩輔、今『まだしてない』と言ったな。『まだ』と言う事は、いつかは告白しようと思っていると言う事だと受け取って良いんだな?」


 浩輔は戸惑った。確かに真白は見た目は間違い無く可愛いし、大人しいところも浩輔とピッタリだろう。しかしまだ二人きりで会ったのは昨日が初めて。浩輔自身、まだ自分の気持ちが解らずにいたのだが、さり気なく出た言葉の端から茜は浩輔の心根を汲み取ったのだ。


「もう答えは出てるじゃないか。それで、いつ告白してやるんだ?」


 戸惑い、黙り込んだ浩輔に茜は尚も迫る。


「そんな事言ったって……稲葉さんの気持ちも考えないと……」


 うだうだ言う浩輔に業を煮やした茜は声を大にして言った。


「私の気持ちなど、どうでも良かろう。大事なのは浩輔と真白の気持ちだ」


 ここで茜は大きなミスを犯した。浩輔の言った『稲葉さん』とは真白の事だったのだが、ややこしい事に茜の苗字も『稲葉』なのだ。「私の気持ちなどどうでも良い」とは「私は浩輔の事が好きだが、そんな事はどうでも良い」と言ってる様なものだ。それに気付いた茜は浩輔が何か言い出す前に慌てて言葉を続けた。


「いや、真白が浩輔に好意を持っているのは間違い無い。それは従姉妹の私が保証する。だから早く告白してやれ」


 思ってもみない展開に浩輔は言葉も出なかった。茜は浩輔に背を向けると一言言い残し、その場を去って行った。


「この前言っただろう? 真白を傷付ける様な事をしたらただではおかんと。それは浩輔も同じ事だからな」


 それ以来、茜が浩輔にちょっかいをかける事は無くなった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る