第16話 観覧車って恋人がキスする為の乗り物だと思うのは偏見だろうか?

「あっ、居た居た。真白~」


 奈緒の声だ。どうやらお化け屋敷から出て、ベンチに座っている二人を発見したらしく手を振りながら駆け寄ってきた。


「どうだった? 浩輔先輩と二人で」


 冷やかす様に尋ねる奈緒に真白はどう答えるのか? 浩輔が密かに聞き耳を立てていると真白はにっこり微笑んで答えた。


「とても楽しかったわ」


「ふ~ん、浩輔先輩、なかなかやりますねぇ!」


 真白の笑顔と言葉に奈緒は浩輔を肘でぐりぐりしながら言った。だが、ここで浩輔は大きなミスを犯してしまった事に気付いた。それは真白と茜が同じ苗字でややこしいからと真白の事を名前で呼べるチャンスを逃してしまった事。これから先、自然な流れで『稲葉さん』から『真白ちゃん』へ呼び変えるチャンスはいつ来るのだろう? 落ち込む浩輔の耳に聞きなれた声が聞こえた。


「やめんか」


 後から来た郁雄が奈緒の頭を軽く叩いて突っ込んだのだ。続いて信弘と真由美もやってきて、六人が揃ったところで浩輔が気を取り直して言った。


「次は観覧車に乗ろうよ」


 すると真由美が何やらもじもじし出した。


「観覧車……」


 きっと真由美も観覧車=恋人が二人で乗るもの、つまりキスマシーンと考えたのだろう。浩輔はそれを察し


「嫌かな? 高い所から見る景色は綺麗だと思うけど。それに観覧車って遊園地のランドマークだよね」


 などと下心は全く無い様な口ぶりで観覧車の魅力を力説し始めた。真白は浩輔が観覧車に乗りたいと言い出したのが真白だという事を口にしなかったのが嬉しく、観覧車について語る浩輔を目を細めて見ていた。


「そうね、遊園地と言えば観覧車よね。それじゃ行きましょうか」


 浩輔の観覧車に対する熱意に打たれたのか、あるいは浩輔が観覧車について熱く語るのを聞くのに飽きたのか、真由美の一声で次は観覧車に乗る事が決まった。


 観覧車は意外と空いていて、すぐに乗れそうだった。


「これ、四人乗りじゃねぇか?」


 ゴンドラを近くで見た郁雄が言った。浩輔達は六人、ゴンドラは四人乗り。と言う事は選択肢は二つ。四人と二人に別れるか、二人ずつ乗るかだ。もちろん三人三人に別れると言う分け方もあるのはわかっている。だがしかし女の子三人ならまだしも野郎三人で観覧車に乗ってるシーンなんて考えたくも無い。あくまで『男女ペアで』と言うのが絶対条件なのだ。

 さてどうしたものかと顔を見合わせる男子三人。


「俺、真由美ちゃんと二人で乗りたい」


 口に出して言ったわけでは無い。信弘が目で訴えている。その必死な目を見てしまった郁雄は顔を引きつらせながら女の子に聞こえよがしに浩輔に言った。


「浩輔、俺達四人で乗ろうぜ。悪いが信弘と真由美ちゃんは二人で乗るしかねぇな」


 あくまで信弘の希望では無く、あぶれてしまったという形態を装う郁雄。これには真由美も抗う言葉が出せず、信弘の希望通りの展開となり、先に浩輔・郁雄・真白・奈緒の四人がゴンドラに乗り込んだ。


「じゃあ、俺達も乗ろうぜ」


 信弘がレディーファーストとばかりに真由美を次のゴンドラのシートに座らせると、自分も乗り込み、真由美と向かい合って座った。もちろん本当は隣に座りたかったのだが、さすがにそこまでの冒険は出来なかった様だ。

 二人を乗せたゴンドラはどんどん高く上がっていく。これで地上に降りるまでは完全に二人だけの密室だ。さすがに真由美も緊張している様で何かそわそわと髪の毛を手でくるくる巻いて弄んだりして落ち着かない。


「良い匂いがするな」


 気まずい沈黙を破る様に信弘が言った。


「良い匂い? 前の人の香水でも残ってるのかしら?」


 ゴンドラは狭いので、前に乗っていた人の残り香が漂っている事は結構ある。言いながらキョロキョロする真由美に信弘は勇気を振り絞って言った。


「いや、真由美ちゃんだよ。シャンプーの匂いかな?」


 これは一種の賭けだ。もし、信弘の好感度が低ければ引かれるか、最悪「キモい」とか罵倒されるだろう。だが、逆に引かれなれば脈有りと考えて良いと。信弘はドキドキしながら真由美の反応を覗った。


「そ、そうかな? まあ、私も女の子だからシャンプーぐらいは毎日してるけど……」


 と顔を赤らめながらもまんざらでは無い様子の真由美に信弘は心の中でガッツポーズ。だが、ここで調子に乗ると『チャラ造』の烙印を押され、今までの苦労が水の泡となってしまう。まだハードルを一つクリアしただけなのだ。信弘は彼のバイブル『ナンパABC~Z これで君も彼女持ち。さらば寂しい日々よ』に書いてあった教えを忠実に守り、もう少しだけ攻めに出てみた。


「シャンプーの匂いがする女の子って良いよね。清潔感って言うのかな、その子の内面が滲み出るって言うか……」


「信弘先輩、どうしちゃったんですか?」


 信弘の言葉が終わらないうちに真由美が不審そうな声で尋ねた。まるで信弘の下心を見透かしたかの様に。信弘は信弘なりに下心を見せない様、不自然な言動を取らない様気を付けていたつもりだった、しかし、その努力も虚しく一瞬にして信弘の下心は看破されてしまったのだ。


「二人きりだからって、変に格好付けて口説こうとしてるでしょ」


 更に続く辛辣な真由美の言葉に信弘の目に映る景色が歪み始めた。


 ――やっちまったか……すまん、郁雄、浩輔。俺はココまでだ――


 遠のく意識の中で白旗を上げ、心の中で二人に詫びる信弘の耳に真由美の声が聞こえた。


「無理して格好付けるんじゃ無く、いつもの調子で言って欲しいです」


 幻聴や妄想、聞き間違いでは無い。確かに真由美はそう言った。それも顔を赤く染めながら。


「そっか、俺、格好付けようとして不自然だったか」


「はい」


「それで余計に格好悪かったか」


「はい。いつもの先輩が良いです。適当な軽口の信弘先輩が」


 言うと真由美は更に顔を赤くした。

 真由美も信弘に好意を持っていたのだ。そう言えば浩輔が観覧車に乗ろうと言った時、真由美はもじもじしていたが、単なる男友達としてしか信弘を見ていなければあんな風にはならないだろう。


「わかった。ゴメン、俺らしくなかったな」


 信弘は素直に頭を下げると真由美に謝り、顔を上げた。そしていつもの調子で言った。


「今度、二人だけで遊びに行こうよ」


「はいっ」


 真由美は満面の笑みを浮かべて頷いた。




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