第15話 浩輔と真白、二人きり

「お化け屋敷?」


「ああ。やっぱ女の子と一緒ならお化け屋敷だろ」


「うまいこと二人組になって、手なんか繋いだりしてな」


 女の子に聞こえない様にコソコソと作戦を話し合う浩輔達。もちろん言い出しっぺは信弘で、戸惑い気味なのは浩輔だ。郁雄は『手を繋いだり……』などと都合の良い妄想を語っている。そんなセリフが出ると言う事は、奈緒の事をしっかり女の子として見ているのだろう。


「でも、お化け屋敷なんて『いかにも』って感じじゃない?」


 浩輔がぐずぐず言うが、信弘は真由美にお化け屋敷に行こうと声をかけた。もちろん女の子の反応は浩輔の予想通りだったが、別に嫌悪感を抱いている様子では無かった。「これって向こうも期待してんじゃね?」と信弘のテンションは大幅アップ、郁雄と奈緒も妙に盛り上がっているが、真白だけは心細そうな顔だった。


 浩輔達の前に建っているのは最近流行のゾンビ物でも海外のホラー映画を模したものでも無い、純和風の「お化け屋敷」だった。


「まあ、こんなもんだろうな」


 せせら笑う様に言う郁雄。


「まあまあ、入ってみなくちゃわかりませんよー」


 何故か不気味な声で言う奈緒。


「とにかく行こうぜ」


 信弘と真由美が並んで進み、郁雄と奈緒が続いた。浩輔も着いていこうとするがその動きは妨げられた。驚いた浩輔が振り向くと、なんと真白が浩輔の袖を摘んでいるではないか。


「浩輔先輩……」


 そう言うと真白は顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「うわっ、可愛い……」


 浩輔の素直な感想だ。もちろんそんな悠長な事を思っている場合では無いのだが、顔を赤くしながら男の袖をちょこっと摘む少女の姿。しかも真白はかなりの美少女なのだ。浩輔の理性が吹き飛んで、抱き締めてしまってもおかしくない様な状況だ。


「郁雄! 稲葉さんがお化け屋敷ダメみたいだから、僕等はその辺で待ってるよ」


 浩輔が真白を抱き締めたい衝動を必死で抑えて郁雄に声をかけた。すると郁雄はちらっと振り向いて


「そっか、わかった。嫌がるのを無理にって訳にはいかないからな」


 と言いつつこっそり親指を立てて見せた。図らずも真白と二人きりになるチャンスを得た浩輔に向けた無言の激励だ。その意味を浩輔が理解した時


「きゃ~、私怖い~~~」


 いきなり奈緒が怯える素振りを見せ、郁雄の腕にしがみついた。だがしかし残念な事にセリフは棒読みだ。


「何が怖いんだ? まだ入って無いだろうが!」


 当然の様に郁雄が突っ込みを入れるが、奈緒の反応はあまり楽しそうで無かった。それは女の子にしがみつかれるなんて郁雄にとって未知の領域に足を踏み入れた様なものなだけに突っ込みが今ひとつ精彩に欠けるものだったからなのか、それとも……?


          *


「みんなが出てくるまでベンチにでも座ろうか」


 郁雄達がお化け屋敷から出てくるには十分から十五分はかかるだろう、浩輔は真白をベンチに誘った。

 女の子と二人並んでベンチに座るなんて初めての浩輔は、何を喋って良いものやらわからない。もっとも真白もそれは同じだった様で二人に沈黙が重くのしかかった。

 せっかく二人きりになれたのに、郁雄が『頑張れ』と激励のポーズを送ってくれたのに何も話せないまま時間だけが過ぎていく。目の前に美味しそうな白兎がいるというのに、浩輔は肉食の狼になれず子犬のままなのか?


「次に何に乗るか二人で決めておこうよ」


 勇気を振り絞って浩輔が口を開いた。勇気を振り絞ってこの程度の事しか言えないのかよ? という声が聞こえてきそうだが、彼女いない歴=年齢の浩輔だ。妙な事を口走らなかっただけでも良しとしようではないか。すると真白が小さな声でリクエストした。


「私、観覧車に乗りたいな」


 観覧車と言えば『キスマシーン』の異名を持つ乗り物だ。話によるとキス以上のけしからん事をする輩もいるらしいが……

 因幡の白兎こと稲葉真白は自ら肉食獣の檻に入ろうと言うのか? 浩輔はまだ子犬だけれども。それを聞いた子犬、いや浩輔が尋ねた。


「稲葉さん、高いところ好きなの?」


 バカかコイツは。話を広げようとしたのだろうが、もう少し気の利いた事が言えそうなものだ。だがまあ彼女いない歴=年齢の浩輔だ。妙な事を(以下略)


「小さい頃に家族で乗った思い出があるの」


 浩輔のバカな質問に真白は律儀に答えた。すると浩輔は『思い出』という言葉に過剰な反応を示してしまった。その口ぶりから真白の家族に何か不幸でもあったのかと深読みしてしまったのだ。


「稲葉さん……」


 言葉を失った浩輔。真白はその原因を察したのだろう、慌てて言った。


「あっ、勘違いしないで下さいね。私の家族、みんな元気ですから。お父さんもお母さんも。あ、私、お兄ちゃんがいるんですよ。そうだ、あの時は茜ちゃんの家族も一緒だったんです。楽しかったなぁ」


 真白の言葉にほっとした様子の浩輔がニコニコしていると、更に真白は驚くべき情報を提供してくれた。


「内緒ですけど、茜ちゃんの初恋の相手って、私のお兄ちゃんじゃないかなって思ってるんですよ」


「へぇ、そうなんだ。稲葉さんも小さい頃は可愛かったんだろうな」


 茜の初恋の相手は真白のお兄さん! 初恋の相手が従兄妹だというのはよくある話だが、あの茜にも可愛いトコがあるものだ。そう思うと共に浩輔の胸には何かもやもやしたものが込み上がってきた。しかし、それが何故なのかを考える間も無く真白の声が彼の耳に届いた。


「『小さい頃は』って、じゃあ今は可愛くないんですか?」


 拗ねた様な声。真白はきっと思い違いをしているに違い無い。


「あっ、稲葉さんってウチのクラスの稲葉さんの方だよ。ごめんね、ややこしくって」


「じゃあ、私は?」


 浩輔が弁明する様に言うと真白は更に恐ろしい事を尋ねてきた。そんなもん、可愛いに決まっているではないか。しかしそれを口に出せず言葉に詰まる浩輔。すると真白は悲しそうな声で呟いた。


「可愛くないですよね。私なんか……」


 いや、可愛いです。めっちゃ可愛いです。心の底から思う浩輔だが、彼女いない歴=年齢の悲しさ、その言葉を飲み込んで固まってしまった。


「ふふっ、冗談ですよ」


 真白は嬉しそうに笑った。口には出さなくとも赤くなった浩輔の顔がその答えを雄弁に語っていたのだった。





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