第12話 奈緒が本当に郁雄の教室に!

 日付が変わって月曜日、昼休みの事。弁当を広げようとした浩輔達の耳にこの二日間で聞き慣れた声が響いた。


「郁雄せんぱ~い、遊びに来ましたよぉ!」


 名指しで呼ばれた郁雄が教室の扉に目を向けると満面の笑みを浮かべた奈緒が手を振っている。


「うわっ、奈緒!」


「『うわっ』とは何ですか『うわっ』とは。ひどいですよぉ」


「そうか、悪かったな。で、どうしたんだいきなり?」


 ムッとした顔で言う奈緒に郁雄が素直に謝り、根本的な疑問を口にした。すると奈緒は満面の笑みを浮かべて答えた。


「やですよー先輩、遊びに行っちゃいますって言ったじゃないですかー」


 郁雄は唖然とするばかりだった。確かに昨日奈緒はそんな事を言っていたのは覚えている。しかしまさか一年の奈緒が本当に二年の教室に本当に遊びに来るとは夢にも思っていなかったのだ。それも昨日も一昨日も一緒だったと言うのにだ。だがハルカはそんな事はまるで気にしていないかの様にニコニコしながら可愛いキャラクター模様の巾着を郁雄の目の前に差し出した。


「とりあえずお弁当にしましょうよー」


 奈緒の言葉からすると中身は間違い無く弁当だろう。しかし、女の子の弁当にしては大きすぎる気がする。元気な奈緒はスリムな身体をしているが、実は大食いなのだろうか? そう思った郁雄だったが、次に奈緒が発した言葉に言葉を失い、教室全体がざわついた。


「郁雄先輩の分も作ってきたんですよ」


「マジかおい……」


「あの子、一年だろ? 郁雄のヤツ、いつの間に……」


「なかなか可愛い子だな。郁雄にはもったいねぇ」


「弁当作ってくるぐらいだぜ。もう深い仲なんじゃないか?」


 教室に驚愕と憶測が飛び交った。しかし何故か一番驚いているのは当事者の郁雄だ。そんな郁雄を見ながら信弘は奈緒が一人で来た事に対し、「何で真由美も一緒じゃないんだ」と悲しそうな顔をしている。もちろんそれは浩輔も同じなのだが信弘とは違い、露骨に顔に出す様な事はしない。


「早く開けて下さいよ~」


 ニコニコしながら奈緒が催促し、郁雄が弁当箱を開けると中には……タケノコの形を模したチョコクッキーがきっしりと詰められていた。


「奈緒、なんだコレは?」


 こめかみのあたりをピクピクさせながら郁雄が問い詰めると奈緒は楽しそうに答えた。


「これが本当の筍ご飯! なんちゃって~」


「お前、ただ突っ込んで欲しいだけだろ!?」


「あ、わかっちゃいましたぁ?」


「わからいでか!」


 奈緒は『突っ込んでもらう』ただそれだけの為にこんな物を用意して、二年の教室に一人乗り込んで来たのだろうか……頭を抱える郁雄と二人のやり取りを見て大笑いする信弘、そして苦笑いするしか無い浩輔とリアクションは三者三様、仕掛け人の奈緒はと言えば実に楽しそうな顔で言った。


「早く食べないとお昼休み終わっちゃいますよ~」


 どうやら弁当を一緒に食べるのは本気みたいだ。奈緒は空いていた郁雄の前の席に後ろ向きに座ると、郁雄の机の上に自分の弁当を広げ出した。


 郁雄が奈緒の『筍ご飯』を机の隅に追いやり、自分の弁当を広げようとした時、教室の入口から女の子の声が響いた。


「奈緒! 本当に居た!」


 真由美の声だ。信弘が目をやると、真由美の隣には真白の姿もあった。


「あっ、真由美~ 真白も。二人も来たんだ。こっちこっち!」


 奈緒が呑気に二人に向かって手招きすると


「そうじゃないでしょ!」


「まったく姿が見えないと思ったら、こんなところに……」


 真由美と真白が怒った様な、呆れた様な顔で言うが、当の本人である奈緒の天真爛漫な笑顔は変わらない。


「あれっ、二人共お弁当持ってないわね。どうしたの?」


 真由美と真白は奈緒を二年の教室から連れ戻す為に来たのだから弁当を持って来ている訳が無いのだが、奈緒にはそんな思考が無いらしい。それどころか逆に二人も一緒に弁当を食べに来たと思っている様だ。


「じゃあ、みんなでお弁当持って屋上でも行きましょうか。天気も良いし、きっとお弁当も美味しいですよぉ!」


 どこまでも幸せな思考の奈緒は弁当を包み直すと立ち上がった。それを呆然と見ている郁雄と浩輔だったが、信弘だけは弁当をさっさと仕舞い、立ち上がった。


「郁雄、浩輔、何やってんだ? 早く行こうぜ」


 結局、真白と真由美も自分の教室に弁当を取りに戻り、六人揃って屋上で弁当を食べる事になった。屋上で食べる弁当、しかも女の子と一緒なのだ、まさにラノベやアニメで見たシチュエーション。浩輔が今までに味わったどんな料理よりも美味しく感じたのは言うまでもない。



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