第11話 お前の中の狼は飢えていないのか?

 そうこうしているうちに注文した料理が運ばれて来た。料理と言っても所詮はチェーンのコーヒーショップ。男連中はカレーで女の子はスパゲティだ。

 食後のドリンクを飲み終わると真由美達女の子三人がトイレに立った。彼女達はトイレで男子の前では出来無い内緒の話でもするのだろうが、残された浩輔達もヒソヒソと話をし始めた。


「浩輔、どうよ、真白ちゃん?」


「『どうよ』って?」


「決まってんだろ、俺達の目的は何だ? 仲良しグループを作る事か? 違うだろ。そう、彼女を作る事だ」


 随分大仰な物言いの信弘。郁雄もうんうんと頷いている。そして信弘は、くわっと目を見開いて言った。


「つまり、要するにイケそうか? って事だ」


 何と言う身も蓋もない言い方だろう。しかし、それこそが浩輔達にとって最大の大義であり、それが為にショッピングモールで必死に女の子に声をかけ、艱難辛苦を乗り越えた果てに現在こうして真由美達と一緒に居るのだ。


「昨日の今日でそんなのわからないよ」


 弱気な事を言い出す浩輔に信弘が呆れた様に言った。


「お前なあ……肉食になるんじゃなかったのか?」


「そりゃそうだけど、誰でも良いってわけにはいかないよ」


 優等生的な事を言う浩輔に信弘が聞いた。


「浩輔、お前は飢えて無いのか?」


「今カレー食べたばっかりじゃないか」


 何を言っているんだとばかりに浩輔が言い返すと信弘は諭す様に聞き直した。


「バカ、そうじゃ無ぇよ。お前の中の獣は飢えて無いのか? って事だ」


「ボクの中の獣?」


「ああ。飢えた獣が獲物を選ぶか? 選ばないよな。お前の前には真白ちゃんと言う子兎が居るんだ。行かなくってどーすんだよ」


 信弘の言葉に下を向いてしまった浩輔。そこに郁雄が驚いた顔で言った。


「まさか真白ちゃんが気に入らないってのか? 可愛い子だと思うんだがな」


 郁雄の言う通り、真白は確かに可愛い顔をしている。それは浩輔も認める事だ。しかし顔だけで選んでしまって良いものかと言う思いが浩輔にはあったのだ。


「気に入らないってわけじゃ無いんなら良いじゃないか。付き合ってみて初めて見えるモノもあるんだからな」


 追い打ちをかける様に言う信弘に浩輔は思わず本音を言ってしまった。


「気に入らないわけ無いじゃないか! 稲葉さん、凄く可愛いと思うし、あんな子が彼女になってくれたら最高だよ!」


 言ってから恥ずかしくなってしまった浩輔だが、彼はこの直後にもっと恥ずかしい事になってしまう。恐ろしい事に背後から奈緒の声が聞こえたのだ。


「だって、良かったね、真白」


「うわっ、山下さん!?」


 奈緒の声に浩輔の声が思いっきり声が裏返った。

浩輔達は三人並んで壁に向かって座っていたのだ。と言う事は振り向かない限り通路を誰が歩いているのかは確認出来ない。話に夢中になっている間に奈緒達がトイレから戻って来ていた事に全く気付かなかった浩輔の大失態だ。奈緒はニヤニヤし、真白は顔を赤くしている。


「ど……どの辺から聞いてたの?」


 恐る恐る浩輔が尋ねると奈緒はニヤリと笑った。


「さーて、どの辺ですかねー? ねぇ、可愛い真白ちゃん」


 奈緒の言葉に浩輔も顔を赤くし、真白は耳まで真っ赤になった。


「もう、奈緒ちゃん変な事言わないでよ」


 蚊の鳴く様な声で真白が言うが、奈緒は涼しい顔で今度は真由美に話を振った。


「ね~~~真由美、羨ましいわよねぇ」


「本当よね。私もあんな事、言ってもらいたいものだわ」


 少なくとも浩輔が真白の事を可愛いと言った事は三人にしっかり聞かれてしまった様だ。


「真由美ちゃんだって可愛いぜ」


 気を利かせたつもりなのか信弘が言ったが真由美は首を横に振った。


「そんなんじゃ無くて、どうせならもっとちゃんと言って欲しいな」


 確かワンピースを試着した時にも信弘は真由美に可愛いと言っているのだが……女の子とは面倒臭いものだ。いや、だからこそ可愛いのかもしれない。


 幸い聞かれていたのは話の終わりかけ、郁雄が浩輔に『真白が気に入らないのか』と尋ねた辺りからの様で、彼等の肉食談義は聞かれずに済んだみたいだった。なんとかその場は収まり六人はコーヒーショップを出た。


「今日は楽しかったです」


「浩輔先輩の本音も聞けたしね」


 奈緒と真由美の言葉に浩輔と真白の頬がまた赤く染まった。


「じゃあ、また学校で」


「おう、またな」


 言葉を出せなくなった真白と浩輔をフォローしようとしたのか、すかさず郁雄と信弘が口々に別れの言葉を述べ、その日は解散となった。




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