第8話 妙な女の子に妙に気に入られた郁雄

 待ちに待った土曜日。浩輔達は朝からそわそわして落ち着かない。もちろんその日まで信弘は真由美と何度かやり取りをしてはいるみたいだが、学校で会って話す事は無かった様だ。そして遂に土曜日最後の授業である四時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り、ホームルームが終わるや否や三人は教室を飛び出した。今からお昼ご飯を食べながらのカラオケタイムという訳だ。


 浩輔達は早々とカラオケボックスに着いた。だがしかしダッシュで来たものだから当然真由美達はまだ来ていない。待つ事数十分、やっと真由美達が現れた。


「すみません、お待たせしました」


 ぺこりと頭を下げる真由美。その後ろには香澄(偽名)と智香(偽名)の姿も見える。信弘は精一杯紳士的態度を作って答えた。


「いや、女の子を待たせる訳にはいかないからな。さあ、行こうか」


 もちろんホームルームが終わってダッシュでココまで来たのは秘密だ。


 受付を済ませて部屋に案内された六人が飲み物と食べ物を注文し終わると当然の様に信弘が仕切りだした。


「とりあえず、もう一回自己紹介やっとくか。前にも言ったけど、俺は前田信弘。コイツは林郁雄、そしてこっちは堀池浩輔。もちろん本名だぜ、君達も今度はちゃんと名前教えてくれよな」


 イヤミなのかウケ狙いなのか微妙な信弘の挨拶だったが、真由美はシラケた顔を見せる事無くしっかりした挨拶を返した。


「この間はごめんなさい。やっぱり初対面で個人情報を晒すのは抵抗があったので。あらためまして、一年二組の近藤真由美です。よろしくお願いします」


 前回と違って丁寧な言葉遣いの真由美。やはり相手が学校の先輩だと意識しているのだろう。続いて香澄(偽名)が口を開いた。


「同じく一年二組出席番号三十二番、山下奈緒です。先日は失礼しました!」


 真面目な挨拶をした真由美と違い、妙なハイテンションの奈緒。元気な声で『失礼しました』と言われてもリアクションに困るのだが、ともかく元気な女の子だ。


 そして、前回一人テンションの低かった智香(偽名)はと言うと……


「稲葉真白です……よろしくお願いします」


 今回も小さな声だった。どうやら元来おとなしい女の子の様だ。言うなれば元気っ子・普通の子・大人しい子の三属性が揃っている訳で、ちょっとお得な感じだ。


「真由美ちゃんに奈緒ちゃんに真白ちゃんか。今日はよろしくな」


 郁雄が確認する様に名前を声に出して言うと奈緒が悲しそうな顔で言った。


「あれっ先輩、『今日は』って、よろしくするのは今日だけなんですかぁ?」


 奈緒は言葉のアヤというものを知らないのだろうか? いや、悲しそうな顔を作ってはいるが、奈緒の目は何かを期待している様な目だ。


「そうだな。これからよろしくな」


 それに気付いたかどうかはわからないが、もちろん今日だけにしたくは無い郁雄が素直に言い直した途端、奈緒は元気な顔に戻って笑いながら言った。


「まあ、今日だけになるかもしれませんけどね」


「どっちなんだよ!」


 奈緒がかましたボケに思わず突っ込んでしまった郁雄に奈緒が感嘆の声を上げた。


「郁雄先輩、ナイス突っ込みです! もしかしたら郁雄先輩は私の探し求めていた人かもしれません!」


 奈緒は夫婦漫才の突っ込み担当でも探していたのだろうか? 目がキラキラ光り出した。と言うか、多分これが地なのだろう。奈緒のテンションは更にヒートアップし、饒舌に喋り出した。


「いや~、良いタイミングで突っ込んでくれる人ってなかなか居ないんですよね~。今の突っ込みのタイミング、絶妙でしたよ。素晴らしい! ぶらぼー! ぐれいとぉ!」


「わかったからそれぐらいにしてくれ」


 呆気にとられた郁雄がさらっと言うと、奈緒は不満そうな顔でダメを出した。


「あれ? 郁雄先輩、今の突っ込みはちょっと弱いですねぇ。ソコはもっとこう……」


「いい加減にしろ!」


 郁雄が声高に言うと、奈緒は黙るどころか喜びの声を上げた。


「うっひょ~! そう、その感じですよ! その調子でガンガン突っ込んじゃってくださいね~」


 郁夫と奈緒のおかげで室内は一気に盛り上がった。そんな中、浩輔はひとつ気になっている事があった。それは真白の姓が『稲葉』という事。茜の親戚か何かだろうか? それとも偶然? 浩輔は思い切って真白に聞いてみる事にした。


「ねえ、稲葉さんってお姉さん居る?」


「えっ、姉ですか? いませんよ。お兄ちゃんならいますけど。私、頼りないからそんな風に見えるのかなぁ?」


 悲しそうに言う真白に浩輔は慌てた。


「いや、そう言う事じゃ無いよ。ただ、ボクのクラスにも稲葉さんって女子が居るからさ」


「あっ、もしかして茜ちゃんですか?」


 真白が茜の名を口にした事に浩輔は驚いた。


「知ってるの?」


「従姉妹なんですよ。茜ちゃん、綺麗だし、勉強もスポーツも良く出来て羨ましいです」


 真白はそう言ってまた悲しそうな顔になった。茜に比べて出来の悪い自分を卑下している様な顔。浩輔は、ぽろっと思った事をストレートに言ってしまった。


「稲葉さんだって可愛いじゃないか」


「えっ……?」


 ――しまった! ――


 浩輔は思ったが、口から出てしまった言葉は戻せない。


「あ、いや、その……」


 しどろもどろな浩輔と赤くなって俯いてしまった真白を奈緒が間髪を入れずに冷やかした。


「なるほど~、浩輔先輩は真白みたいな子が好みなんですね。確かに真白ったら可愛いですもんねぇ……」


「やめなさいって」


「あいたっ」


 郁雄は突っ込むと同時に奈緒の頭を反射的に叩いてしまった。軽くとは言え下級生の女の子を叩いてしまった事に気付いた郁雄は焦って謝った。


「あ、すまん。つい手が出ちまった」


「いえいえ、タイミングと言い絶妙な力加減と言い、サイコーの突っ込みじゃないですか」


 郁雄の突っ込みのドコが気に入ったのか、奈緒は異常に喜んでいる。


「いや~、郁雄先輩おみそれしました。前言撤回。今日だけなんて言わず、これからもぜひぜひお願いしますね~」


 郁雄の突っ込みのおかげで浩輔の一言はうやむやにする事が出来た。もっとも真白だけは顔を赤くしたままではあったのだが。



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