第5話 せめてお茶だけでも
次の日曜日、浩輔達はまたしてもショッピングモールに集合した。
「今日こそは女の子をゲットしてやんぞ!」
鼻息の荒い郁雄。
「まあ、俺にまかしとけよ」
例の本を熟読したのだろう、妙に自信満々の信弘。浩輔だけは不安そうだ。なにしろ先週は何度も声をかけ、一度たりとも上手くいかなかったのだから。信弘がナンパに成功すればそれはそれで嬉しいが、自分が上手く出来なかった事を信弘がやってのけたとなると、やはり自分は愛玩動物の子犬でしか無い、肉食の狼になんてなれっこないのだと思い知らされる事になってしまうだろう。そんな複雑な心境だった。
そんな浩輔の心根を汲み取ったのか、郁雄が浩輔に優しく言い聞かせた。
「俺達が上手く出来なくて、信弘が上手く行っても引け目を感じる事は無いぜ。ナンパの声かけは取っ掛かりに過ぎないんだ。ソコからが俺達の腕の見せ所だぞ」
『腕の見せ所』ったって、よく考えたら信弘がナンパに成功したところでその後の展開もどうすれば良いか全く解らない。どんな話をすれば良いのだろう? やっぱり趣味とか音楽の話だろうか? 浩輔の不安は大きくなるばかりだった。
「おっ、あの娘なんてどうだ?」
信弘が女の子に目を付けた。
「おいおい、ありゃ二人組じゃないか。人数合わないぞ」
郁雄がダメ出しをするが、信弘は構う事無く余裕の笑みで言った。
「じゃあ行って来るわ。ミッションスタートだ」
ミッション? 誰が指令を出したって言うんだ? などと突っ込む間も無く女の子目指して信弘は歩き出し、歩くターゲットに並ぶと調子良く喋りだした。
「ねえねえ、君達ドコから来たの? これからドコ行くの? 良かったら俺達とお茶でもしない……」
信弘のマシンガントークが炸裂すると女の子が少し速足になった。すると信弘もそれに合わせて歩くペースを上げる。もちろんトークは止まらない。
「ねえねえ、君、可愛いね。うん、ロングのストレートがベリーキュート。そっちの彼女もオシャレだよね。そのバッグ、ドコで買ったの? ねえったら……」
必死に口を動かし、途切れる事無く話しかける信弘。だが、その努力も虚しく女の子に完全に無視されて、遂には諦めて浩輔達の所へ戻ってきた。
「信弘、よく頑張ったな」
「よくあんなに喋れるねぇ。びっくりしたよ」
郁雄と浩輔に拍手で迎えられた信弘の目はまだ死んでいない。
「おかしいなぁ……あの本には間髪入れずに喋り続けて興味を引けって書いてあったんだけどなぁ……まあ良いや。次行くぜ、次」
信弘は次の女の子をロックオンすると、またもやマシンガントークで攻め始めた。
「ちょっとーウザいんですけどー」
一言の下に拒否された。次の女の子を狙う。またもや無視される信弘。
「信弘、もういいよ」
見ていられなくなった浩輔が止めようとした。しかし、信弘は聞こうとしない。
「こないだ郁雄も言ってただろ『ナンパの成果はかいた汗と恥の量で決まる』って。ナンパは数だぜ兄貴!」
「……兄貴? 誰?」
どうでもいいところに引っかかる浩輔を尻目に果敢に女の子に声をかけ続ける信弘の姿に心を打たれたのか郁雄が一歩前に出た。
「信弘、俺も行くぜ」
「そうか、じゃあサンドイッチ作戦だ」
『サンドイッチ作戦』別にサンドイッチを餌にして女の子を釣ろうというのでは無い。ターゲットを挟んで両側から攻める作戦だ。早速郁雄と信弘は三人組の女の子に狙いを定め、攻撃を仕掛けた。
「ねえねえ、ドコ行くの?」
「ドコから来たの?」
「君、可愛いねぇ。高校生?」
「ドコの学校? 俺達と遊ばない?」
信弘一人のマシンガントークと違い、郁雄と信弘が交互にテンポ良く言葉の銃弾を浴びせる。それが功を奏したのか、はたまた彼女達の気まぐれか、一人の女の子が反応を示した。
「え~、どうしよっかな~?」
チャンス到来。さあ、勝負はここからだ。信弘は食い付いた獲物を逃がさない様まずは無難な誘いをかけた。
「そうだな~、とりあえずお茶でも行かない?」
「お茶だって、どうする?」
女の子が連れに相談する。
「ねえ、良いじゃん。楽しく無かったらお茶だけで帰っても良いからさ~」
信弘が必死になって喰らいつく。ナンパは粘りと頑張り、だがしつこ過ぎても嫌がられる。かと言ってすごすご引き下がる訳にもいかない。その匙加減が実に難しい。
「う~ん、どうしよう?」
「良いじゃん、行こうよ。この人達、変な人じゃ無さそうだし」
「でも、あっち二人でしょ? こっち三人よ」
女の子達のシンキングタイムに発せられた言葉を聞いた郁雄の目がギラリと光り、すかさず言った
「大丈夫。ほら、あそこにツレがもう一人居るから」
郁雄の指差す方を見る女の子達の目に映ったのは女の子の様な顔立ちをした美少年、浩輔だ。彼を見た途端女の子の目が輝いた。
「あっ、あの子かわいい!」
「じゃあとりあえずお茶だけでも行こうか」
遂に浩輔達の悲願、ナンパが成功したのだ。信弘と郁雄の粘りと頑張りに浩輔の整った顔、三人のうち一人欠けていただけでもダメだっただろう。三人の力が一つになってこそ掴めた勝利だ。信弘は飛び上がらんばかりに喜んだ。
「よっしゃぁ、じゃあ行こうぜ。俺、良い店知ってんだ。フードコートって言うんだけどな」
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