第3話 初めての狩りは失敗に終わった

「ねえ、ドコ行くの?」


「………………」


 無視された。気を取り直して違う女の子に声をかける。


「ねえねえ、ドコから来たの?」


「すみません、急いでるんで」


 あっさり逃げられた。それでもめげずに違う女の子に声をかける。


「ねえ、ちょっと良いかな?」


「良くないです。じゃあ」


 やっぱり逃げられた。浩輔の顔に焦りの色が浮かぶ。もちろんナンパなんてそうそう上手くいくモノでは無い。すると、郁雄が利いた風なアドバイスを浩輔に出した。


「おい浩輔、見てて思ったんだがな、お前は押しが足りないんじゃないか?」


 何故か上から目線の郁雄。それに同調する様に信弘も言い出した。


「俺もそう思ったな。お前は肉食の狼なんだから、もっと強引に行ってみろ」


 他人事だと思って好き勝手言う二人に「自分達は何もしないくせに」と思いながらも新たな女の子を見出し、声をかけに行く浩輔。「強引に……か」心の中で繰り返すと女の子に話しかけた。


「ねえねえ、ボク達と遊ぼうよ」


 これが浩輔なりの強引なセリフだった。だがしかし、もちろんのこと玉砕し、浩輔は肩を落として二人のもとへ戻った。


「浩輔、そんな顔するな。まだ勝負は始まったばかりじゃないか」


「でも、こんなに上手くいかないなんて……」


「そうだぞ。そうだ、浩輔、こんな言葉を知ってるか?」


 落ち込む浩輔を励ます信弘だったが、浩輔はすっかり弱気になってしまっている。すると郁雄は何か名言でもあるのだろうか、得意気な顔で言った。


「昔のエロい人は言いました。ナンパの成果はかいた汗と恥の量に比例する」


 その言葉に浩輔がキレた。


「汗も恥もかいてるのはボクだけじゃないか! だったら次は郁雄が声かけてよ!」


「わ、わかったよ。じゃあ、次は俺が行ってやるぜ」


 予想外の浩輔の反撃に郁雄が重い腰を上げた。浩輔の振られっぷりを見ていたにも関わらず、その顔には自信が感じられる。いや、見ていたからこそ何かを掴んだのかもしれない。郁雄はベンチに座って話をしている三人組に目を付けると、その前に立ち、キメ顔を作って声をかける。


「俺達と遊びに行かねぇか?」


 ベンチの女の子達の会話が止まった。「決まった」とでも郁雄は思ったのだろう。しかしその直後、郁雄に浴びせられた言葉は酷いモノだった。


「行かねーよ」


「キモい」


「消えろ」


 いたたまれなくなった浩輔達は逃げる様にその場を離れた。それにしても普通に振られるならともかく、あんな罵声を浴びるとは……郁雄の落ち込みっぷりはかなりのモノだった。


 それからも何度かトライしてみるが成果は全く無し。打ちひしがれた浩輔達がフードコートに移動して「もう諦めて帰ろうか?」などと話しながらジュースを飲んでいると、なんと一人の女の子が隣に座って声をかけてきたではないか。


「なんだ、もうギブアップか?」


 よくよく見ると、同級生の女の子だ。この女の子、稲葉茜と言い、長い髪に大きくて涼しげな目の美人。しかも勉強も出来ればスポーツも得意という、普通の男子なら近寄りがたい存在だ。だが、郁雄は気圧される事無く無碍に扱う様に吐き捨てた。


「なんだ、稲葉かよ」


「なんだとはご挨拶だな。まあ、面白いモノを見せてもらったから善しとするか」


 ニヤニヤ笑いながら言う茜。どうやら彼女はナンパに失敗しまくる浩輔達をいつからか見ていたらしい。その事実を知った浩輔が驚愕と羞恥の表情を同居させた。


「ええっ、稲葉さん見てたの!?」


「ああ。なかなか面白いモノを見せてもらったよ。浩輔、彼女が欲しいのか? なら何故私のところに来ない? 可愛がってあげるというのに」


 言いながら茜は色っぽい笑みを浮かべ、浩輔の顎に右手で撫でる様に触れた。


「いや、そういうのじゃ無くって、ボクは対当に付き合える彼女が欲しいんだよ」


「ほう、私とは対当に付き合えない……と言うのだな」


 浩輔の言葉に茜の声が一段低くなったが、浩輔は圧倒される事無く言い返した。


「そりゃそうだよ。稲葉さん、ボクを子犬扱いするじゃないか」


「それは残念だ。どうやら私は浩輔をナンパするのに失敗してしまった様だな」


「えっ……?」


 茜の憂いを含んだ顔にドキッとする浩輔。しかし茜の笑い声によってそのときめきは一瞬にして霧散させられた。


「はっはっはっ、冗談だ」


「やだなぁ、からかわないでよ」


「すまんすまん、浩輔を見ているとつい……な。まぁ、いつもの事だろう?」


 確かに浩輔は茜に翻弄される事が多々ある。しかも茜の言動は他の女子に比べて際どいモノが多く、浩輔には刺激が強過ぎる。茜はいつも浩輔の反応を楽しんでいるのだろう。


「しかし、稲葉に見つかるとはツイて無いな」


「まったくだ。明日、どんな顔して学校行きゃいいんだよ……」


 浩輔が茜に遊ばれている横で郁雄と信弘が小声でブツブツ言っている。それが聞こえたのか聞こえなかったのか定かでは無いが、茜が椅子から立ち上がりながら言った。


「心配するな。君達が振られまくっていた事は誰にも言わないから」


 そして、浩輔の方を見ると一言


「私も振られた訳だしな」


 そう言い残して去っていった。


 残された三人は口々にぼやいた。


「あ~、何か調子狂っちまったな」


「ああ。何の成果も無いし、今日は帰るか?」


「そうだね」


 子犬は負け犬となって、トボトボとショッピングモールから退散したのだった。


 その夜、浩輔は茜の憂いを含んだ顔を思い出すと胸がドキドキした。いつもクールな顔で浩輔に絡んでくる茜が初めて見せた表情。


――もしかすると、稲葉さんって本当はボクの事が好きなのかも……――


 ……年頃の男子特有の自分に都合の良い希望的観測ってヤツだ。



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