決着
「舐められたものだな。貴様に俺が倒せると?」
旦那はハシュマルを睨み、一歩踏み出す。
「当然だ。ここで逃げる俺様じゃねぇ」
バルバトスは、旦那に話しかける。
「なんか作戦でもあるの?」
「なんとか隙を作ってくれ、バルバトスさん。俺が最後に決めてやる」
「はぁ〜」
大きなため息をつくバルバトス。
だが、こんなところで言い争う余裕などない。
「いくよ」
「おう!」
バルバトスは前に出る。
「む――」
旦那の周囲から黒いオーラが発生する。
明らかに力を溜めていた。
「よそ見するなよ」
バルバトスは真っ先に、メイスの方に走り、それを手にする。
そしてバルバトスは右腕だけでメイスを振り回し、ハシュマルに殴りかかる。
「フン!」
ハシュマルはメイスを避ける。
バルバトスは何度も攻撃を仕掛け、その度に、ハシュマルは見切り、避ける。
激しい攻防だった。
「はぁあああああああああ」
旦那はさらに力を溜めていた。
膨れ上がるオーラ。
ハシュマルも、その力の危険性に気づき始めた。
(させるか。行け――)
剣が旦那に向かって飛ぶ。
それでも旦那は一歩も動かない。
「無駄な抵抗はよせ。そっちの方が苦しまずに済む。それでも戦うのか?」
剣が旦那を切り刻む。
――リョコウバトを守れるなら、傷の一つや二つ、どうって事ねえ!
旦那は歯を食いしばり、力をため続けた。
「お前の相手は俺だよ、ハシュマル」
その間、バルバトスの攻撃がより加速する。
片腕が動かせないような、大怪我を負っているにもかかわらず、全力でハシュマルを追い詰める。
「こっちはずっと待ってたんだ。お前が現れるのを。お前が俺から全てを奪ったあの日から。ずっと今日まで」
バルバトスは目を赤くし、殺意を向ける。
研ぎ澄まされた殺意の眼だった。
「お前が憎くて、憎くて、憎くて、どうにかなってしまいそうだった。それも今日で終わりだ。お前は俺が殺す」
ハシュマルは、余裕の笑みを崩さない。
「だが、その体でどう戦う? お前達の体は満身創痍。2人がかりで挑もうが、俺を倒すことはできない!」
ハシュマルはメイスに蹴りを入れた。
ガキン、大きな音が鳴る。
バルバトスの攻撃が相殺され、お互い膠着する。
このままでは、ハシュマルに力負けする可能性が高い。
がしかし――
「へへっ! それはどうかな」
「……何?」
旦那は不敵に笑う。
ハシュマルは動揺した。
旦那は依然として構えを崩さないからだ。
(剣による攻撃を何度も喰らっているはず!)
「俺が普通の人間じゃねえ事、忘れてねえよな……?」
巨大な力が、旦那の拳に宿る。
全身全霊を込めた、一度きりの攻撃。
「く、なぜ倒れない? なぜ?」
ハシュマルは何度も何度も剣で旦那に攻撃する。
傷だらけになっても、血だらけになっても、それでも倒れない。
そして――
「いくぞ」
旦那は全力で駆け抜けた。
摩擦によって、駆け抜けた後の地面が燃え上がる。
あまりの超スピードに、ハシュマルは反応できない。
「いけ、旦那」
バルバトスは、旦那のタイミングに合わせて、ハシュマルに組み付く。
バルバトスの脅威的な反射神経による、神業だった。
ハシュマルは避ける事はできない。
「しま――」
「うぉおおおおおおおお!!」
旦那の拳が、ハシュマルの腹部に、ねじ込まれる。
「ぬあああああああああああ!!」
ハシュマルに激痛が走る。
意識が真っ白に染まっていく。
敗北感。
ハシュマルは悪魔に対し、最もあってはならない感情を思い出す。
「こんなことが」
死ぬ最後の瞬間まで、諦めてはならない。
受け入れてはならない。
正義のために、勝たなければならない。
敗北は、あり得ない。
「あってたまるかあああああああああああああああああああああ!!!!!」
ハシュマルは、剣に念じた。
自分ごと、この悪魔を刺し貫けと。
力を使い果たした今なら、間違いなく殺せる。
剣は旦那の背中めがけて、一直線に飛んだ。
避けることなど出来はしない。
絶対に殺したと、ハシュマルは確信した。
「そう何度も、引っかかると思うなよ!!」
瞬間、旦那は後ろに振り向いた。
そして、旦那は刀身を避け、柄を握った。
「なーー」
旦那の行動に、ハシュマルは絶句する。
最後の策が、見破られたからだ。
旦那に、2度も同じ攻撃をしたのが間違いだった。
「ぬおおおおおおおおおおお!」
旦那は、ハシュマルの剣を振り上げる。
ハシュマルに、もはや次の手など無かった。
――こんなにあっさり、終わるなどとは
ハシュマルは、己がここで死ぬことを悟る。
使命を果たせぬまま消えてしまうこと、心の中で、神に懺悔した。
「これで、終わりだああああああああああああ!!」
ズドオオオオオオン
そして、剣は振り下ろされた。
大きな音が鳴り響き、銀色の破片が飛ぶ。
ハシュマルは切られていない。
剣は地面に叩きつけられ、真っ二つに折れていた。
「…………?」
ハシュマルは、目を見開く。
そして、死んでない自分に気づく。
なぜ、という言葉すら言えないほどに、ショックを受けていた。
「俺の妻と、約束したんでな」
旦那は、膝をつくハシュマルに、理由を語った。
「この力は【皆】を守るために使うってな」
「……そんな、馬鹿な」
ハシュマルは、何度もあり得ないと思った。
どうしても信じがたい事実だった。
悪魔が、なぜ、このようなことをするのかと。
まるで高潔な騎士のような振舞いだった。
低俗な悪魔だと見下していた相手に、ハシュマルは感心すらしていた。
こんなことなど、絶対にあり得るはずがないと信じて疑わなかったのに。
「……」
ハシュマルは目を閉じる。
そして、数秒の沈黙の後。
「約束か……忌まわしいものだ」
そう吐き捨てる。
「俺は何度でもお前を止めるぞ」
旦那の言葉に、ハシュマルはほんの一瞬だけ、笑みを浮かべた。
「君の勝ちだ」
そしてハシュマルは敗北を受け入れた。
そして旦那のことを、真の意味で認めるのだった。
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