バルバトスVSハシュマル

「大丈夫? 生きてる?」


 バルバトスの問いに、旦那はうなずく。


「んじゃ、後は任せて。ええと、旦那?」


「……お前は誰だ? なぜ俺の名前を知っている?」


「本当に名前なんだ、それ」


 バルバトスはハシュマルへと向き直る。


「話は後」


 そしてバルバトスはハシュマルに言った。


「あの時は随分世話になった……でも今は、前より格段に強いから――仲間をやらせはしない」


「そうか。なら、また君から奪ってやろう……昔と同じ様に!」


 バルバトスとハシュマル。


 過去に何かあったという事だけが、旦那に読み取れた。


 バルバトスはメイスを構える。


 そしてまっすぐ、ハシュマルに突っ込んで走る。


「前と変わらんな、その戦い方は」


 ハシュマルは、剣に念じる。


「ぐはぁ」


 旦那の背中に刺さっていた、ハシュマルの剣が抜ける。


 剣はバルバトスの背中に向かって飛ぶ。


「――!」


 バルバトスは後ろから飛んできた剣を、すらりと躱す。


 まるで後ろにも眼がついているかのようだ。


「これが躱せるか」


 ハシュマルはビームを撃つ。


 バルバトスはとっさに、メイスを盾にして、ビームを防ぐ。


 しかし、ハシュマルはビームを照射し続ける。


「これで、君はメイスを構えたまま動けまい」


 ハシュマルは剣に念じて、さらにバルバトスに切りかかる。


 バルバトスの頭目掛けて、剣が飛ぶ。


 が、バルバトスは首を横に傾け躱す。


 最小限の動きだ。


「ふん!」


 ハシュマルはさらに剣の速さを上げる。


 四方八方、あらゆる角度から、斬撃が飛ぶ。


 腕、足、目、心臓、首、背中、腹、口――バルバトスの全身を切り裂き、破壊するほどの乱舞。


 まるで嵐のようだ。


 がしかし――


「なんだと」


 最小限の動きで躱し続ける。


 避けられない斬撃は受け流す。


 裏拳、回し蹴り、頭突き。


 あらゆる剣の攻撃を、自身の格闘で弾き飛ばす。


 並々ならぬその反射神経に、ハシュマルは唸る。


「よくここまで感覚を研ぎ澄ましたな。ケダモノ」


「あんたはここで終わりだ」


 その瞬間、ビームを防いでいたメイスを、ハシュマルに投げ飛ばす。


 ビームの熱戦は、周囲に拡散し、周辺の木々を焼く。


「く――」


 ハシュマルは横に飛ぶ。


 その直後、ハシュマルがいた地面は爆音とともに、吹き飛んだ。


 土煙が舞う。


 ハシュマルはバルバトスを見失ってしまった。


(奴より先に見つけなければ――)


 ハシュマルは翼を広げ、飛び上がる。


(上から奴を狙えば――)


「な――」


 ハシュマルが、土煙を抜けた瞬間、驚愕する。


 バルバトスが、目と鼻の先にいたからだ。


「あんたならそうすると思ったよ」


 バルバトスは悪魔の脚力によって、飛び上がっていた。


 ハシュマルは自分の動きが読まれていたことに動揺し、即座に剣を呼んだ。


「く――来い!」


 バルバトスはその鋭い爪で、ハシュマルに切りかかった。


 左肩がえぐられ、鎖骨が折れる。


 ハシュマルの翼も、ハタリと動かなくなった。


 そして、二人一緒に落下した。


「このまま死ね」


「うぉおおおおおお!!」


 ハシュマルの剣が、自身の右手に収まる。


 そして、全力の力で、バルバトスに切りかかる。


 強烈な袈裟斬りだった。


 対してバルバトスは、ハシュマルの剣を左手で受けた。


 バルバトスの左手は真っ二つになり、左腕は唐竹割りのごとく、裂ける。


 が、バルバトスは止まらない。


 そのままハシュマルの額に頭突きする。


「ぐはぁっ!」


 落下の勢いが更に増していく。


 そして、落下する地面の先には、バルバトスが投げ飛ばしていたメイスがあった。


(これではーー頭を砕かれる)


 バルバトスは、落下する勢いで、あの鋼鉄の塊にハシュマルを叩きつけようとしていた。


 ハシュマルは、絶体絶命の窮地にいることを悟る。


 戦いを傍観してる旦那も、バルバトスの勝利を確信していた。


 がしかしーー


「ぬおおおおお!」


 ハシュマルは剣から手を離し、ビームを地面に撃った。


 地面は溶け、赤く溶解する。


「させるか!」


 バルバトスは、地面に向けられたハシュマルの右手に噛み付く。


「はあああああああああああああああ!!!!」


 ハシュマルは耐え忍んだ。


 気合だけで右手を固定し、動かさなかった。


 そしてビームを、狙った位置からブレることなく照射し続けた。


 バルバトスが弱かったわけではない。


 ハシュマルの恐るべき執念の賜物だった。


(ーーちっ!)


 バルバトスが頭の中で舌打ちする。


 瞬間、地面が爆発した。


 ビームによって、溶解した土が更に熱されて、膨張したからだ。


 爆風をもろに受けたバルバトスとハシュマルは、空中で離れた。


 そしてメイスから離れた場所に、二人は落下した。


「……お前……いい加減しぶといよ」


「……この俺が悪魔に負けることは――断じて無い!」


 バルバトスとハシュマルは立ち上がり、向かい合う。


 バルバトスは、左腕が半分に切られ、使い物にならない。


 ハシュマルは、左肩がズタズタに裂け、左腕を動かせそうにない。


 だが、それでもお互い、戦いをやめない。


「嘘だろ……まだ戦うのかよ……」


 旦那は、信じられないといった様子だった。


 人間だったならば、もうとうに投げ出して、一目散に逃げていた。


 それが当然のはずだった。


 今なら、二人が戦ってるスキに逃げられるだろう。


 だが、旦那は逃げなかった。


 そして、自分がここにいる意味を考える。


――俺は人間じゃない、すでに悪魔だ。


――それなのに、俺は一体何を怖がってる? 何が怖い?


――死が怖いなら、戦いが怖いなら、この天使と悪魔が怖いなら、逃げればいい。


 それでも、旦那は逃げることができないでいた。


――はは……俺はなんて馬鹿なことを考えてるんだ


 そして、ようやくその理由に思い至る。


 全く下らない、馬鹿らしい理由だった。


――だが、それでも


――やる価値はある


 とうに、ハシュマルから受けた傷は癒えている。


「バルバトスさんよお!」


「あ?」


 旦那はバルバトスに、殺意の籠もった目で、睨みつけられた。


「俺も混ぜてくれ」


 バルバトスも、ハシュマルも、旦那の突然の介入に、目を開く。


「俺がハシュマルをぶちのめす! こいつに舐められたままじゃ元の世界に帰れねぇ!! それが、俺の戦う理由だ!!」


「…………本気?」


「マジの本気だ」


 バルバトスは、大きなため息をつくのだった。

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