走馬灯
「これは――どういう事ですの」
旦那の死を見た時、最初リョコウバトが叫んだが、それはすぐに困惑へと変わる。
「ああ……どうやら間に合わなかったようだ」
天使はそう呟く。
「本当は人のまま死なせてあげたかった。けど悪魔化の進行が予想よりも早かった」
旦那は、天使のビーム攻撃によって、心臓を貫かれていたはずだった。
しかし、旦那の心臓は一瞬で元に戻っていた。
「がは――今、俺の心臓貫かれたよな……?」
ゆえに、旦那は死んでいなかった。
服は黒い血の跡と、円形に空いた穴でボロボロになっているが、旦那自身に怪我は無かった。
きれいに穴が無くなっていた。
「これが悪魔だ。より悪魔に近くなった事で簡単には死ななくなっている。これが今の君だ」
「ほーん、で?」
天使の言葉に、旦那は挑発で返す。
「愚かな……まだ分からないなんて」
「てめぇの言いたいことなぞ、どうせ『(/ω\)イヤン悪魔怖い! 元の人間のままがいいのん!』って感じに悔い改めてほしいってことなんだろ? な? ハシュマルさんよぉ??」
「……今なんと?」
「主天使長ハシュマル。あんたは天使の中間管理職だったってわけか」
旦那の言ったことは真実だった。
主天使長ハシュマルこそ、この天使の正体だ。
「なるほど……アスモデウスの知識を引き継いでいるのか」
ハシュマルはふむふむと納得する。
そしてメモ帳を取り出し、書き始めた。
「おいおいおい、俺の目の前で何やってるんだてめぇは?」
旦那の血が怒りで湧き上がる。
(あなた、今のスキに逃げましょう)
小声でリョコウバトは旦那に話しかける。
(俺の力じゃ奴に追いつかれちまう。お前ひとりで逃げてくれ)
「ええ、そこのリョコウバトは安全な場所に逃げてください」
ハシュマルも旦那の言う事に同意する。
小さな声で話したつもりだったが、ハシュマルには筒抜けだった。
「情報を聞き出すのは、そこの悪魔だけで充分だからさ」
「私の旦那ですわよ! 手荒に扱うのは許しませんわ!」
憤るリョコウバトを制止させたのは旦那だった。
「早く行ってくれ。戦いの邪魔になる」
「まあ! 仕方ありませんわね……」
リョコウバトは後ろに下がる。
旦那は拳をパキポキ鳴らしながら、歩き出す。
「さっきはスキを見せちまったが、今度はそうはいかねぇ」
「結果は変わりませんよ?」
「変わる。未来は誰にも分からねぇからな!」
旦那は駆け抜ける。
「ふん!」
ハシュマルがビームを放つ。
ビームは細く、箸と太さが変わらない。
旦那はぎりぎりで、避ける。
(奴の指先を見ろ)
ハシュマルの指が、ほんの少し下の角度に向く。
足を狙う動きに気づき、旦那は前のめりに飛んだ。
(目を見ろ、奴の考えを読め――)
ビーム2射目。
旦那の着地を狙ってきた。
旦那は上半身を右回転、下半身を左回転させる。
腰がねじ切れそうになる。
しかし、この無茶な体の動きによって、着地点をずらし、ビームを避ける。
「む――」
旦那はねじった体を、元に戻す。
元に戻した勢いを脚力に乗せ、駆け出す。
トップスピードが更に上がる。
ハシュマルはビームの体勢を解き、剣を構えた。
剣が横に一閃される。
旦那の右腕が飛ぶ。
「があああああああああ!!!」
しかし、旦那の勢いが止まることは無かった。
大口を開き、ハシュマルの首筋に目掛けて、噛みつこうとした。
歯がまるでサメのようにギザギザに尖っている。
打撃よりも、遥かに殺傷力の高い――旦那が使える一番強い武器だ。
ハシュマルは反射的に、体を捻り、足で蹴った。
ずがん、と鈍い音が鳴り、血しぶきが飛ぶ。
旦那の口に、ハシュマルの足の裏が叩きつけられた結果、旦那の下あごは吹き飛んでいた。
がしかし、ハシュマルの表情は苦痛にゆがむ。
「悪魔風情が」
ハシュマルの立つ地面に、血がにじんでいた。
左足の土踏まずが、えぐられて、ドクドクと血が流れ出ていたからだ。
「ほーは? はひっはは? (どーだ? 参ったか?)」
徐々に旦那のあごが再生し始める。
無くなった右腕は再生こそしてないものの、血は既に止まっていた。
「やれやれ、これだから悪魔は……」
ハシュマルはまた、指を旦那に向けた。
(またビームを)
思った通り、ハシュマルはビームを撃ってきた。
それを旦那は回避する。
(もう見切ってる! そう簡単に当たるわけが――)
瞬間、ハシュマルは剣を投げ飛ばした。
「!?」
旦那の避けた先に、時間差で剣が飛ぶ。
「ぬぉおおおおお!?」
身をよじる。
剣は旦那の脇腹を掠る。
血は吹き出たものの、致命傷ではない。
(今だ! このまま――)
旦那は今度こそ、ハシュマルに向かって突っ込んでいく。
剣が無い、この瞬間が一番のチャンスだと、旦那は思った。
「チェックメイト」
その瞬間、旦那の背中に剣が刺さる。
「んな――?」
「卑怯だと思うか? 笑止、切り札は隠すものだからな」
旦那に刺さった剣は、明らかにハシュマルが最初に投げ飛ばしたものだった。
「私の剣は、念じた場所に向かって、飛ぶことが出来る。もう身動きは取れまい」
「くそ……が……」
旦那は膝をつく。
胸には剣が刺さったままで、血がどんどん流れ出ていく。
ハシュマルは指を旦那に向ける。
「情報はもう要らない。再生出来なくなるまで、肉体を破壊しよう」
そして、ハシュマルはビームを放った。
戦うことも出来なければ、逃げることもできない。
(こんなところでやられるのか――!)
死ぬ直前――様々な記憶が思い出される。
(これが走馬灯なのか――?)
リョコウバト、ハト丸、ハト音――家族のことばかりが、思い出される。
自分のことなんかよりも、大切な家族の姿だけが見える。
「ああ――走馬灯なんてのは噓っぱちだな」
――愛する人の姿しか、見えねえや
その瞬間、ビームは四方八方に、飛び散った。
「君は――」
ハシュマルは驚きを隠せないでいた。
旦那に向けて発射されたビームは、巨大な鉄塊によって防がれていた。
それを行ったのは、一匹の悪魔だった。
「久しぶりだね。ハシュマル」
その悪魔は、巨大な鉄塊を肩に担ぐ。
超大型のメイスだった。
ハシュマルは、目の前の悪魔に向かって名を呼んだ。
「バルバトス……生きていたのか」
何が起こったのか分からない旦那に、バルバトスは言った。
「大丈夫? 生きてる?」
バルバトスに敵意が無いことだけが明らかだった。
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