約束



 旦那は走った。


 これまでのような、とろい走りではない。


 前のめりでの全力疾走。


 勢いは衰えず、息切れもない。


 野生の獣よりも、速く森林を駆け抜けていた。


「あなた! 私追いつけませんわ!」


「あ! なんだって!? 聞こえな――」


 後ろから聞こえるリョコウバトの言葉。


 旦那が振り向いた瞬間、大きな木に衝突した。


 ドゴォオオオオ、と木が幹からへし折れる。


 それでも勢い余って、4,5本の木をなぎ倒し、ようやく止まる。


「ちぇ、さっさとこの力に慣れないとな……」


 旦那は何もなかったかのように、そう呟いた。


「おい、さっき何を言おうとしたんだ?」


 何とか旦那に追いついたリョコウバト。


「はぁはぁ……あなたの速さに追いつけないと言ったのですわ」


「ああ、なるほど」


 そして旦那はきっぱりとリョコウバトに言いました。


「待つのは駄目だ。アスモデウスの事を急いで知らせないと颯真たちが危ねぇ。お前がついてこれないなら俺が背負うが」


 リョコウバトは首を横に振りました。


「私の体が耐えられませんわ!」


「ま、確かにそうだな」


 旦那が正面に向きかける。


「ねぇ貴方」


 が、その直前にリョコウバトは再度呼び止めた。


「何だ?」


「私と約束してください」


「約束……」


「この力は【皆】を守る為に使う、と」


「……ああ、まあそのつもりだが――」


 旦那はリョコウバトの言葉に適当に返す。


 旦那は別に嘘をついたわけではなかった。


 その言葉の裏の、本当の意味に気づかなかっただけだった。


「戦う相手も、【皆】! ですわよ!」


「――!」


「戦う以上、怪我させるのは仕方ありません。けど、殺すのも、殺されるのも、絶対に許しませんわ!」


 そんな簡単にうまくいくわけない、と反射的に旦那は思う。


 相手が殺しにかかるなら、自分も殺すつもりで戦わないと勝てないからだ。


――が、リョコウバトはそんなこと、百も承知だった。


「あなたは、あなた自身の心を守ってほしいのです」


 たとえ悪魔の体になっても、その内面までは愛する旦那のままであってほしい。


 それが、リョコウバトの願いだった。


「…………約束出来るか、分からねぇ」


 旦那はリョコウバトに、心の内を明かす。


「正直この力について、俺はまだ何もわかっちゃ居ない。

 なんならこの世界に来てから、右も左も分かったもんじゃない。

 分かるのはたった一つ、ここではリョコウバト、お前が一番大切だってことだ」


 旦那はリョコウバトの目を見て言った。


「俺は【皆】を守る。だが、もしお前が危険な目に遭ったら、俺は迷わずこの力を使う。その時の俺は恐らく、お前を守る為だけに戦ってる」


「……ええ、分かりましたわ」


「だからお前は、俺を信じて見守っていてくれ」


「もちろん、信じてますわ。あなた」


 旦那は振り返り、リョコウバトに背を向ける。


 そして全力で走り出した。


(しまった)


 旦那は駆け出してすぐに、自分のミスに気付く。


(ありがとう、ってリョコウバトさんに言いそびれちまった)


 今更思い出しても手遅れだし、時間が無い。


 言い損ねた感謝を胸にしまい、旦那はさらに走るスピードを上げるのであった。


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