地獄巡り 愛欲の罪 3 + 辺獄<<リンボ>>
●地獄巡り 愛欲の罪 3 + 辺獄<<リンボ>>
リョコウバトと旦那は半分眠った状態の子供たち7人を抱えて洞窟を走った。
幸いにも真っ暗闇ではなく、正面を見通せる程度には明るかった。
「これは……?」
見つけたのは上へと続く階段でした。
「あなた、どう思いますか?」
「ええと、ここが地獄の第二圏とするなら、その上は確か辺獄<<リンボ>>……亡者たちがどの地獄に落ちるかを審判する場所になるはず……もしそのとおりならここよりは安全になるかな」
「……それならば、上がってみましょう」
すこしでも安全地帯になるならば、と二人は信じて登ることにした。
階段を少しづつ上がっていくが、リョコウバトより体力の少ない旦那はへばりかけ、息がとぎれとぎれだった。
「あなた、あともう少しですわ」
「はぁ、はぁ……ってうわ!」
旦那が抱えていた子供の一人がびくん、と動き出したのである。
旦那は驚き、階段を踏みはずしそうになったが、なんとか踏ん張り、転げ落ちることはなかった。
「う……ここ……どこ?」
男の子が目を覚ました。
7人いる子供たちの中で1番背が高く、比較的に擦過傷が少ない方だった。
「目を覚ましたのかい! 痛かったり苦しかったりしないか?」
その男の子は、これまでどんな目にあって、自分がどうなってしまっているのかを徐々に思い出したようだ。
泣き出すかもしれないと二人は思った。
しかし――
「……体はいたいけど、大丈夫。おろしていいよ」
「え……! それはよしたほうが」
それでも男の子は首を横に振り、歩かせてと言った。
「……じゃあ、下ろすね」
「うん」
男の子は最初ふらつくも、両足できちんと立ち上がった。
そして、自分の力で一段ずつ階段を上がっていった。
「あなた、先を急ぎましょう」
「ああ、君は無理そうならすぐに言うんだよ」
「……うん」
そうして、3人で必死に階段を駆け登っていった。
◆◆◆
「ついた……?」
「しっ、静かに」
リョコウバトは旦那達に小さな声で言った。
階段を登った先でたどり着いたのは、建物の中の、まるで宮殿の大広間のようだった。
窓枠にはステンドグラス。
あまりに仰々しい。
しかし、一般的な華やかさとはあまりにもかけ離れていた。
厳粛、静寂、そんな空気感を感じさせた。
(隠れてください。みなさん)
リョコウバトの言葉に旦那と男の子は倒れ込みたい気持ちを我慢しつつそのとおりに動いた。
なぜなら、部屋の中央で大男がいるからだ。
尻尾が生えていて、あまりにも人間離れした容姿だった。
(見つからないようにしてください。強力な力を感じます)
幸いこちらの位置は中央の男の背中側だった。
香を炊いているのも相まって、どうもリョコウバト達に気づいてない様子だった。
(見て、右の方)
男の子が言った。
その先には扉があった。
今なら、大男に見つからずに出られそうだった。
三人はなんとか見つからないように移動して、その扉にたどり着く。
(よし)
扉に鍵がかかってなかった。
そうして、大広間から脱出した。
◆◆◆
「ここは、物置……?」
一同は扉を抜けた先に廊下があり、更にその奥の扉にたどり着いた。
そこはなんの部屋なのかはわからなかったが、だれもいない部屋だった。
「よいしょ……」
旦那とリョコウバトは子どもたちをそっと置くように床に寝かせた。
「はあああぁぁ……」
「安心するのはまだ早いですわ、その前に内側から鍵を掛けましょう」
入ってきたドアを施錠する。
その上で誰か来ていないか、聞き耳を立てたが誰もいないようだ。
「……少しは休憩できそうですわ」
どうにかして、危なそうな連中の目を逃れることができた。
それだけでも今は十分な成果だった。
「それよりも君、大丈夫かな? 怪我とか変なところとかないかな?」
「……うん、へいきだよ」
男の子はしっかりと答えた。
見たところ痛そうにはしておらず、本当に平気なようだった。
「よかったですわ。私はリョコウバト、こちらは私の旦那ですわ」
「……僕は桜田優也です。よろしくおねがいします」
ぺこりと優也は頭を下げる
「おお、すごく丁寧な言葉遣い……こちらこそよろしくね」
リョコウバトも旦那も感心した。
見た目こそ小学生だが、礼儀正しく、同世代の見本足り得る程であった。
(この歳のハト丸とハト音には真似できそうにはないなぁ)
しみじみと我が子の幼い頃を思い出したが、すぐに頭を切り替えた。
「雑談して仲良くなりたいけど、今は我慢しよう。この子に現状を説明するついでに今持ってる情報をまとめよう」
「ええ、そうですわ。まずは――」
今、地獄にいる(かもしれない)こと。
第二圏にうろついていた謎の人影。
辺獄に入ったとき、中央にいた謎の大男。
そして、ここに横たわる子どもたちを含めたたくさんの人間が苦しめられていること。
「うーん、情報が少ないし……その上……」
「時間がありませんわね。こうしている間にもたくさんの人々が危険にさらされていますわ」
即断しなければならない状況だった。
しかし、準備もなにも万全とは言えない上、失敗すればここにいる全員の命も亡くなる可能性があり、すぐに動くことはとても危険だった。
「ここ、地獄なんだよね? 【神曲】の」
「うん……おそらく」
優也には心当たりがあるようだ。
「だったら、あの大男って、ミノスじゃないかな」
「ミノス?」
「辺獄で、死んだ人を審判して、地獄行きかどうか決めてる悪魔のことだよ」
優也は詳しかった。
どうやら、礼儀だけでなく教養もしっかりしてるようだ。
「でも誰かあの大広間で他に人はいませんでしたわ」
「絵画だと行列待ちがあるほどたくさんの人々がミノスに裁かれている様子が描かれているのですが……」
「あんまり気にしても仕方ないのかも。今考えるべきは、そのミノスって奴を含めた危険な連中に見つからないようにすることだと思う」
話し合いを続けたものの、これ以上の情報は何もわからなかった。
その上で、三人はこれからどうするべきかを考ければならなかった。
「それではあなた、優也くんと子供たちを頼みますわ」
「頼むって」
「私は今から第二層に戻って、みんなを助けに行きますわ」
「それはリョコウバトさんが危険すぎないかな……」
それしかないのだろうか?
予想し得ない危険な待ち構えているだろう状況で、(この中では人間離れしてるほどの動体視力の持ち主であるが)妻を一人で行かせて無事で済むだろうか?
しかし、今ここで七名もの子供を残して行くことができるだろうか?
子供だけでここで隠れ続けるのなんて不可能としか思えない。
旦那は覚悟を決めるしかなかった。
「なら自分一人で助けに――」
「僕が残るので、二人で助けに向かってください」
そう提案したのは優也だった。
「え?! でも」
「僕がここにいる子達と一緒に残ります。見つかりそうになったら隠れてやり過ごします」
優也は「あれを見てください」と指を指しました。
その先にはなにかの彫刻やツボを保管し、格納している棚がある。
「隠れられるスペースとしてちょうど良さそうですし、ここなら寝ているみんなを隠しても十分にあまりそうですよ」
「まあ、そうだけど……」
「だったら、こういう作戦はどうですか?
まずリョコウバト夫妻が協力してみんなを助けて辺獄までの道を教えます。そして、助けた人たちを辺獄からこの部屋にまで僕が案内します。それならば効率よく沢山の人達を助けられそうです」
「そうかもだけど……君一人じゃきけ……」
「やらせてください! おねがいします!」
優也はどうしてもと懇願した。
旦那とリョコウバトは優也の覚悟に驚きを隠せなかった。
「こんな状況で、ただ皆さんの足を引っ張るだけなのは僕には耐えられません。少しでもお役に立てるならどんなことだってやります。だから、僕にやらせてください」
この子は強い。自分たちの想像を超えている。
そう思った旦那は優也を見据えて、疑問を投げかけた。
「優也くん。どうして君は、そんなに私達の力になりたいんだい? 恐ろしく危険なはずだよ。はっきり言うよ。これから助けに行く人達は君とは全く関係ない赤の他人。君はみんな見捨てて自分だけ助かったっていいはずだよ」
むしろそうしたほうがいい。
旦那はそう思ったものの、声には出さなかった。
「……僕の両親はとても厳しい人でした」
◆◆◆
バシンッ
「間違えとる!!」
お父さんは大声を出して、僕の頬を打つ。
お父さんは博士で、世界に代表する学者として名が知られるほどでした。
「ここの問題の考え方はすでに教えてたはずだ!!」
僕の解いてる問題は小学生レベルではありません。
高校生レベル問題です。
中には大学や大学院での秀才たちが学ぶようなレベルの問題もありました。
僕は毎日、出来得る限りの時間を勉学に費やし、間違えがあれば父親に殴られていました。
痛くて、苦しい思いをしました。
でもしかし、それだけでは決してありませんでした。
「うぅ……うぐう、すまない……すまない……」
お父さんは叱責した直後、突然泣き出しました。
「全ては優也、お前のためなんだ……。これから先、お前は世界中の知識人やエリートたちの世界の中で生きていくことになる。それだけの才能をお前は秘めている。私の頭脳だけではない。母親似で誰かを思いやれる優しさと気品さも持っておる。しかし、それでは駄目なのだ! そんな奴らの中でぬくぬくと生きていくだけの生き方など私は認めない! だからこそ、お前に足りない2つ、知識と信念! その2つを満たしたときこそ、お前は世の中を変えられる人間の一人として歩んでいくことができるんだ! だから許してくれ、全てはお前のためなんだ……!」
お父さんは僕を抱きしめてくれました。
勉強の時間が終わると、お母さんは僕の頬を手当して、よく頑張ったねと褒めてくれました。
両親はとても厳しかったけど、とても僕のことを愛してくれていると思いました。
――両親に恥じない人間として、世の中のみんなのために頑張りたい
それが僕の夢になりました。
◆◆◆
「す、スパルタ過ぎない……?」
「ええ、まあ慣れっこですけどね」
衝撃を受ける旦那とリョコウバト。
「そうですねぇ……体罰はよくないと思いますが、甘やかしすぎますとうちのハト音のように、『ママはなんで冴えないパパと結婚したの? 金持ちでかっこいい男と結婚したら良かったのに!』って言い出すので、なんとも言えませんわ」
「その話やめて! 思い出しただけでも辛いんだけど!」
あはは、と笑い出す優也。
「お二人はとても面白いですね」
「いやぁ、まあ……」
優也の笑い顔は本当に年相応の少年と何ら変わりなかった。
「でも、もう時間はそんなにないはずです。ここは僕に任せて、行ってください」
「……」
旦那はだめだ、と言いたかった。
しかし、旦那は思う。
こんな小さな子が体張って、頑張ろうとしてるのに自分はただ闇雲に否定することしかしないことのほうが駄目ではないか?
もしそう言ってしまえば、この時までの優也の頑張りを否定することになるのでは?
お前の人生は無意味だったと。
「……姿隠しのお香と鎮痛剤になるお香、その2つを君に渡すよ」
「!」
「危なくなったら君一人だけでも逃げてほしい。約束してくれ」
「はい! 絶対にやり遂げてみます!」
リョコウバトは、旦那の意見を尊重した。
旦那はお香の使い方を優也に教えた。
「教えることは以上かな……それじゃあ、優也くん。行ってくるよ」
「お二人も絶対に死なないでください」
「私達の心配はなさらず、危なくなったら自分の身だけでも守るんですのよ」
すぐにリョコウバト夫妻は、部屋を抜け出し、また、第二圏へと舞い戻るのであった。
◆◆◆
二人が出ていった後の、静かになった部屋。
僕は自分が死んだ時を思い出していた。
――お誕生日おめでとう!
――誕生日プレゼントだ!
厳しい両親だけど、大切な記念日だけは必ず守ってくれた。
僕にプレゼントを見せた。
僕はわぁ! と大声を出して喜んだ。
プレゼントは自転車だった。
ずっとずっと欲しかった自転車だった。
それから、お父さんが時間をくれたときは決まって自転車を乗りまわした。
自転車に乗るのは楽しかった。
加速して
風を切って
力いっぱい漕いで
自転車に乗っているときの僕は有頂天だった。
だから、ある日事故が起きた。
僕の不注意だった。
坂道を全力で下っていった時、車が横から来ていたなんてちっとも気づかなかったんだ。
その先のことなんてほとんど覚えてない。
救急車に運ばれて、治療を受けたことはおぼろげだけど感じていた。
けど、そんな状態の中、これだけは、この気持だけははっきりと覚えている。
今でも思い出せる。
――恥ずかしい
恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい
恥ずかしくてたまらなかった。
大好きで素晴らしい両親からたくさんのものをもらったのに。
誰かのために頑張る力をもらったのに。
こんな馬鹿なことで死ぬだなんて夢にも思わなかった。
そして、最後に意識が消える瞬間に頬に涙が伝う感触があった。
それは自分の涙ではなかった。
――お父さん、お母さん、泣いてくれてるんだね
――ごめんなさい。こんな姿、死んでも見せたくなかったのに
そうして、僕は死んだ。
「だから僕は今ここでできる限り頑張ってみるよ。ここの人たちを守ってみせる」
自分の決意をつぶやいた。
二度とこんな恥ずかしい思いをしないためにも
愛する両親のためにも
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