最強女騎士フレイ
記憶のない私
殺して欲しかった。殺して。という声すらも激痛で言えない。どこが一番痛いかと聞かれても全部としか思えなかった。苦痛のあまり地面をかきむしって剥がれた爪。私はひたすら祈った。どうか殺して欲しいと。食べられても構わない。この痛みから逃げられる事ができるのなら。
………
私は十一歳までの記憶が無い。名前どころか話し方はおろか食べ方さえ失っていた。教えてくれたのは私を助けてくれたエバーという言葉を話せる黒いスライムだった。
私は言葉や食べ方は一度教えて貰えば元々知っていたかのように次々と理解出来た。
エバーが深層記憶に残ってる記憶だからだ。と言った。
私は闇の魔法使いとその娘達に、奴隷として扱われ記憶を奪われ、そして棄てられたとエバーから聞いた。
そんな記憶は一切なかったが、証拠に奴隷の印が首筋にある。とエバーが教えてくれた。
触ると確かに印のようなアザがあるのが分かった。
黒くて決まった形を持たない粘液状態のエバーは、自分で珍しいスライムだと言った。そしてエバーは私に様々な知識と武術と生き抜くスベを教えてくれると約束した。
エバーと私は、森の奥深くにある誰も住んでない廃家を棲み家にした。
私は他にどう生きていけばいいか分からなかったからエバーに従うしかなかった。
剣と体術をエバーから教わる。私は闘いに慣れてたかのように剣を扱えた。だがエバーは容赦なかった。私を襲いに来る魔物達は私が倒さなければならなかった。助言はしてくれるが、エバー自身は一切手を出さなかった。
強い力をつけれなければ死ぬんだ。とエバーは言う。私もその通りだと思った。弱者は強者に襲われ、記憶も自由も、そして命も奪われる。
まだ私が弱いからなのか魔物達が次々と襲ってくる。私は毎回、命がけで闘う。怪我を負う。その度にエバーは自分の身体をほんの少しだけくれて治してくれた。エバーの身体が私の身体と同化する間は、魔物に爪で切り裂かれたり噛まれたりするより、何倍も痛かった。
その痛みはどんなに我慢しようと思っても涙や鼻水はもちろん、喉が枯れるまで悲鳴をあげてしまうくらいの痛み。悲鳴をあげれば魔物達に気付かれまた襲われる。私は木切れを噛み締めて地面をのたうちまわった。その代わりその痛みが治まると傷跡すら無くなっていた。
エバーが唯一手を出して助けてくれたのはボブゴブリンと呼ばれる小鬼の魔物二十匹近くに襲われた時だった。
私は殴られ、突き飛ばされ、何か所も爪を突き刺され、至る所を噛み喰われて、うずくまり頭を守るだけしか出来なくなった時。
私はエバーの一方的な強さを見ながら気を失った。
身体の手足、指先から頭まで貫くような痛みで気を取り戻す。エバーが身体に入ったと理解した。三日三晩、痛みに苦しみ続けた。
痛みが治まった時には、腫れや爪痕は無いどころか、噛み千切れた箇所にも肉がついていた。それどころか身体が軽く感じた。エバーが、焚き火にする木を切ってごらん。と言われ、剣を振り下ろす。剣は短剣のように軽かったが大きな斧で叩き切るような力が出た。私は驚く。
飛び跳ねてごらん。と言われその場を軽く跳んでみる。今まで以上に高く跳べた。身体が軽くなったのではなく私の力が強くなっていた。
他に何か変わった事があるかい?と聞かれる。
それを考えると、思考に薄い霧がかかってた。何かを思い出せそう。でも分からない。と、私はその事をエバーに言った。
エバーに、魔法を使ってみるか?と聞かれる。魔法の基礎を教わる。その記憶は言葉や剣術のように記憶になかったらしく、魔法は単語一つから教わらないと覚えられなかった。
魔法は誰でも使えるが、対価として記憶を失うから使わない方がいい。
と、エバーは何回も言った。
私は、頭の中のモヤを取りたくて魔法を産む。
「火の精霊よ我の元で集群し[火炎]となりてニワトリを創産せよ」
初めて私が産みだした魔法は、炎に包まれた小さなニワトリだった。エバーに消して。と言われてニワトリを消す。
頭の中の霧は無くなっていた。手のひらに刺さった何本かの小さな棘が全て綺麗に取れたようにスッキリした。
また霧がかかったら魔法を使うと治る。ただ使うと対価として大切な記憶を失うから、充分気をつけるように。と何度も言われた言葉を言われる。
魔法よりも、エバーの身体を私に入れたらもっと強くなれるかを知りたかった。
「痛みに耐えられるならね」
エバーはそう答えた。
確かにあの痛みは二度と味わいたくなかった。絶えず身体の外と内から切り裂かれ続ける痛み。思い出しただけで汗が滲み出る。
棲み家にしていた小屋はエバーが殺した魔物…二十体のボブゴブリンの死体と血だらけだったので、私とエバーは小屋を捨てた。
誰も入らない森を歩き山を登り、かなりの使い魔やボブゴブリンに襲われる。
私は森の中の戦いが得意になった。襲いかかる魔物達を、木を盾にしながら返り討ちにする。同時に襲われないような立ち回りをすれば、何匹居ようが倒せるようになった。
力が強くなりボブゴブリンの硬い頭蓋骨も一振りの剣で斬れた。私はほとんど頭部しか攻撃をしなくなる。身体を斬ると血を浴びてしまう。魔物達の血はドス黒く、なかなか落ちない。
傷の治りも早くなった。私の身体の中のエバーが治してる。とエバーは言った。
「もっとエバーが中に居たら早く治る?」
私の質問にエバーはうなづき、
「力ももっと強くなるはず」
と言った。私はもっと強くなりたいためにエバーの身体を入れる覚悟を決めた。
小さな洞穴に数日居座る。襲いに来る魔物達を倒す。襲いに来なくなる。数日さらに待ったが魔物はもう襲いに来ない。この辺りに魔物はもう居ないと判断し、私は充分食べ水を飲む。口に布を噛み横たわる。私はエバーを見てうなづいた。
エバーは、剣を私のお腹に突き刺した。痛みの穴。苦痛の声は漏らさない。この痛みはまだ我慢出来る。エバーが身体に入る。その穴が瞬時に身体中に広がる感覚。身体がビリビリと裂けていく感覚に。
我慢出来なかった。大声を張りあげる。嘔吐した。のたうち回った。土を握りしめる。声にならない嗚咽が出る。どこが痛い?と聞かれても、全てと言うしかない。
気を失う事を願うが、叶わない。横たわっても立ち上がろうとしても痛みは離れない。転がり回る。
痛みに耐えかね頭を地面に叩きつける。エバーに阻止される。怒りが沸く。エバーを握りしめる。
この痛みが遠のく気配は全く無かった。このまま死んだ方がマシだと思った。本気だった。本気で殺して欲しかった。
自分の身体がどこにあるのか、どうなってるのか分からなくなる。
脳みそだけの存在になった。脳がかき混ざされる感覚。とろけてく気持ちになる。このまま狂いたい。
早く時間が過ぎ去るのだけを考える。
痛みが引いていくのが分かる。でも少しでも動きたくない。動けばあの痛み。もう二度とこの痛みは味わいたくない。
エバーの声が聞こえ始めた。
「あともう少しだ。頑張れ」
おそらくずっと励ましていたに違いない。私は数を数え始めた。そうしないと脳がボロボロと崩れく気がしたからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます