撤退

一晩野宿し、翌朝、何か所かの巣を討伐しにいく。最初とほとんど同じ規模の巣だった。二匹の主に二百匹の巣。

ゼリーが、これ以上増えると違う所に巣を作り始めるんだ。と言った。


どの娘も腕か足を噛まれたり引っ掻かれたり怪我を負うが泣かず我慢する。ガーリーが嬉々として瞬時に傷を治す。


ゼリーは、筋肉痛で手足をさすってる娘達に、戦いに慣れてきている事を褒めた。バザールに行ったら好きな服や剣を買ってあげるよ。とも言った。娘達は顔を見合わせ喜んだ。


そして最後の場所。渓谷。両脇が岩崖。昔は川だったが枯れて道になっている。


ここは使い魔だけでなく、ゴブリン、人間に似た沼男も居る。


「この道はザメリカ国とドシア国を繋ぐ道だったけど、いつの間にか魔物が住み始めたんだ。国が何度か討伐したけど失敗に終わり今では諦めた場所。この道が使えないからドシアまで二日は余計にかかるんだ」

そうルッカが皆に説明した。


「国が動いたなら有名な剣とか期待出来るよ」

ゼリーが言った。

娘達も戦い方に慣れたせいか、すっかり気負いがとれている。


「クロとヤミ。待たせたね。思う存分やっていいよ。使い魔と大カラスをどかしてくれるか?ルッカは馬をしっかり抑えといてくれ」

ゼリーが言った。ルッカは意味が分からなかったが馬の背中を抑え撫でる。


クロとヤミだけが先に歩き出す。

崖から使い魔や大カラス、そしてゴブリンが次々と顔を出し、威嚇する鳴き声や奇声をあげる。


「かなりの数だな。二千匹か?洞窟やほら穴の中にもまだ居るはずだ」

馬車のそばでガーリーはルッカの肩に手をやって言った。ルッカはゴブリンの姿を遠目ながらも初めて見たので不安になっていた。もしこの子達がやられてガーリーもやられたら。と思ってしまう。フィアに百匹もの魔物が襲いかかってきたら死んでしまう。かといってルッカはどうする事もできなかった。


クロとヤミが獣のような唸(うな)り声を発する。唸り声は大きくなり、やがて二人同時に雄叫びを上げた。

途端に、大カラスや使い魔達が飛び上がり逃げ出した。馬車の馬達がいななき暴れ、前足を大きくあげ逃げだそうとする。ルッカが慌ててなだめる。ガーリーはクロとヤミを凝視するように見つめてる。

「凄いとは思ってたがこれほどとは。ルッカ、見てるか?」


ルッカは馬を押さえながら二人を見る。双子の髪の毛は逆立っていた。そして剣を抜き始めそれぞれ両崖に駆け走った。


「始めちゃったよ。たくさんいるから力の配分をしっかりとね。固まって戦うように。クロとヤミにはおいらが言っとく。終わったら楽しいバザールだよ」

ゼリーの声に娘達は「はい」と返事をし剣を抜いて魔物めがけて走り出した。


「俺様はどうする?数が多いぜ」

ガーリーはゼリーに尋ねた。

「ザコを倒してくれる?娘達の邪魔はするなよ」

「俺様がザコ退治かぁ。岩あるしゴーレムにするか」

ガーリーは頭をかきながら言って、呪文を唱え始めたが、

「ルッカ、呪文は覚えなくていいからな」

とガーリーは途中で辞めて、ルッカから少し離れて再び呪文を唱えた。


近くの石や岩が動き出し人の形に積まれてく。岩のゴーレム。ゆっくりと使い魔達に歩き出し、間合いに入った使い魔や人間もどきをなぎ払い、叩き潰していく。


ゴーレム。ガーリーの魔法はもちろんだが、娘達の倒し方も子供とは思えない圧倒的な力だった。


ルッカは、ガーリーと娘達の強さを目の当たりに見て嫌という程思い知った。たった七人で千匹以上はいる魔物相手に怖気もせずに向かっていく。そして次々と殺していく。

自分と同じ人間のフィアでさえ戦ってる様は見事だった。女で、しかも自分よりも歳下なのに。自分なら一匹すら倒せる自信などないのに。と思った。


娘達はゼリーの言う事を聞き、散らばる事なく固まりながら戦い、そこに勝手に動き回っていたクロとヤミが加わる。


が、数は力でもある。だんだんと娘達の円が小さくなってくる。魔物達に押されてる。娘達は双子も含め、肩で息をするようになっていた。


「ゼリー。もう無理だろ?」

ガーリーが大声でゼリーに聞く。

「まだまだやれるわ」

答えたのはリカヒ。

「マジかよ。頑張るなぁ」

ガーリーは独り言のように呟いた。


「トゥリ、チッツ、フィア。ガーリーの元へ」

ゼリーが娘達に言った。

「イヤよ」

フィアだけが反対した。が、フィアの腕がもう上がっていない。疲労で力が入ってない。


ガーリーは、ゴーレムに娘達を守れと命じる。炎のオオカミを数体産み出す。


フィアに使い魔数匹が同時に襲いかかった。受ける剣が遅れ、ゼリーがフィアをかかえるように引っ張り守った。

「悔しいだろうがダメだ。冷静な判断を常に」

ゼリーはキツく言った。


「クロもヤミも戻れ」

ゼリーが言った。フィアは半べそをかいていたが、リカヒもウォッタも悔し涙を目に溜めていた。クロとヤミはすぐさま剣を拭き戻る。炎のオオカミが娘達を囲み魔物達を守る。

ガーリーは顔一杯の笑いを浮かべてた。そして言った。

「あとは俺様に全て任せろ」

炎のオオカミ達は駆け回り、目につく使い魔や人間もどき、ゴブリンの顔めがけて片っ端からぶつかっていく。魔物達は炎のオオカミに噛まれた瞬間、顔が燃え出し、のたうち回る。


ガーリーは娘達が馬車に戻るのを見てから、

「よく見とけよ」

と言って呪文を唱えた。炎の精霊の上位呪文。

地面に渦巻く炎が現れ、それが一つの竜巻のように長くなり、三つの頭を持つ大きなヘビになった。炎のヘビ。三つの口から炎を吐き出し、数十匹の使い魔やゴブリン、人間もどきを一度に焼き殺してく。

穴の中に逃げ込む魔物達。炎のヘビは三つに別れ穴の中に入っていった。違う穴から煙が出てくる。穴の中で動き回り炎を撒き散らしてる。


「お宝が燃えちまうぞ」

ゼリーが言った。

「見えないし細かい命令は聞かないんだよ」

「消せよ」

「せっかく産んだのに」

ガーリーはもったいない。と言いながら炎のヘビを消した。


ルッカはいつの間にかへたり込んでいた。

魔法の強さは聞いていた。だが実際に目の前で見ると怖さを通り越して、自分の無力感、絶望感しか感じない。


「この魔法を使える魔法使いはいるんですか?」

ルッカはゼリーに尋ねた。

「誰もが産めるけど、すぐに抜け殻になって消えちゃうね」

とゼリーは言った。


日が落ち暗くなっていくが、渓谷は、燃えてる魔物達のせいで明るかった。


近くの川で娘達は返り血を洗い流す。ガーリーは小さな炎の小人を産んだ。そこに娘達が身体を乾かしに来る。

ガーリーが後ろを向いてるルッカのそばに来て、

「娘達を見るなよ」

と注意する。ルッカはうなづく。


ルッカはガーリーを見上げる。圧倒的な呪文を使いまくる魔法使い。呪文が生きてる間は、どんどん記憶が消えてくはずなのに一抹の不安も見えない。それどころか自信満々の表情で、駆け回ってる炎のオオカミを見ていた。


ゼリーが戻って来て、

「お宝の場所見つけたよ。燃えてなかったが、中は煙だらけで朝にならないとダメだな」

と言った。

「穴の中は大ナメクジがけっこういた。コイツらが居るから魔物達が集まってたんだな」

大ナメクジは魔物達のエサ。


「お宝集めたら燃やすか?」

ガーリーはゼリーに言う。

「国から討伐依頼が来るまで待ったら」

ルッカが答えた。

「賢いな。さすが商人の息子だ」

とガーリーはルッカの頭に手を乗せて笑って言った。


ルッカは、ずっとガーリーのそばについて居たかった。これっきりにしたくなかった。ここの魔物がまた増えたらまた僕が頼まれるかもしれないと思い、そう言った。


ガーリーは炎の精霊を消し焚き火をくべた。



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