初めての実践
娘達の吐く息は荒く、誰の身体も血まみれだった。一番体力と筋力のあるリザードマンのウォッタでさえ手にした剣が持ち上がらず剣先が地面についていた。かなりの敵を倒したが、まだそれ以上の敵が娘達を囲み、鋭い牙と爪で娘達をなぶり殺そうとジリジリと近寄ってくる。
………
売れるお宝が少なくなってきて、成長の早い娘七人の剣や防具も買い集めなくてはならない。ちょうどバザールが開催されるいい時期でもあった。
そこで実践も兼ねて使い魔の巣の所に行く事をガーリーは娘達に言った。
娘達はガーリーが思ってた以上に喜んだ。姉妹同士だけで剣や体術をやってきたから、お互いを知り尽くし、今では力を加減した練習で真剣味が薄まっていた。
ゼリーが練習と実践とは違う事を注意する。
「気をつけるのは、足元。平でもないし、倒した血肉で足を取られる。それと、殺したと思っても生きてる場合が多い。そして肉体的より先に精神が疲れてくる。いっときも気を抜けないからね。傷付けられた時に慌てない事。あとは、返り血を極力浴びないような倒し方を意識する。実際に戦ってみないと言葉じゃ分からない。最初に覚える事は三つ。足元に気をつける。倒したと思っても気を抜かない。傷ついても動揺しない」
ガーリーも、なるほど。と感心し、覚えておこうと思った。
いつも売りに来たり世間の情報を教えてくれる商人デルカリに、馬車を借りる事を頼んだ。デルカリは御者も込みでお金を取らず承諾した。
商人デルカリは御者を息子のルッカに決めていた。
デルカリは最初からガーリーと姉妹達の強さと凄さをを認めていて、息子のルッカに色々な経験と記憶を覚えさせたかった。
十一歳のルッカは街へ行く道中の使い魔の巣のある場所を全部案内出来るとガーリーに言った。
デルカリは、ガーリー達が使い魔を退治してくれれば他の商人達も安心して行商出来るし、何よりデルカリ商店の知名度が上がる事を確信していた。
ガーリー達に一番いい四頭立の大きな馬車を貸した。その馬車に大きな文字でデルカリ商会の名前と屋号を描き直したのはガーリーには言わなかった。
ガーリーとしては、使い魔の巣を探す手間が省けたので願ったりだった。
こうして魔物退治を兼ねた宝稼ぎの旅に出る。
旅立ちの日。まだ太陽が出てない薄暗い中、ルッカが馬車を引いてやって来た。双子以外の姉妹達は少し緊張していた。実践する事もあるが初めて知らない人と過ごす事に。まして相手は自分達と歳の近い男の子だったから。
ルッカは父親に言われていたのか、人間のフィアやエルフのリカヒ、ホビットのチッツはともかく、ドルイドやリザードマン、オーガの娘達に好奇の目を向けず普通に接した。ルッカは商人らしく、お客様として接する事を決めていた。
人間のフィアがすぐルッカに話しかけるようになった。リカヒが、あまり仲良くなるものじゃないわ。とクギをさすも、フィアは、色々な情報を聞き出そうとしるのよ。と笑って答えた。
馬車から外を覗くトゥリは今まで聞いた事しかない草や木や花を見て目を輝かせて喜び、ゼリーに質問を振りまくりゼリーは全ての質問に答えた。
一日中揺られた馬車旅。夕方。最初の巣に到着するよ。とルッカが言った。遠くの空で何匹かの使い魔が見える。
使い魔の巣は、馬車が入れない森の奥なので、オーガの双子とルッカを馬車に残した。
ルッカと馬車を守る為もあるが、クロとヤミが敵意をむき出すと使い魔達が逃げてしまうから。
クロとヤミは黒いフードを深く被っているが赤く光る目だけは隠しようもなかった。
ガーリー達が森へ入り馬車にはルッカとクロとヤミだけになる。
皆の姿が見えなくなると双子はすぐさま短剣を抜き地面にしゃがみ込んだ。ルッカが、何するんだろう。と盗み見をするとどちらかが必ず顔を上げてルッカを見る。ルッカは慌てて目をそらす。
ルッカはますます気になり何回か双子に視線を移すもどちらかにバレてしまい、諦めて馬の毛に櫛を入れ始めた。
その頃、ガーリー達は使い魔の巣に着いた。使い魔達は娘達の敵意を察知し表に出て威嚇している。約二百匹。
「冷静に倒すんだ」
ゼリーの言葉に娘達は剣や短剣を抜き、使い魔達の方へ歩き出した。
使い魔達は娘達に襲いかかった。
ゼリーは触手を這わせ、娘達の動向を見守る。ガーリーは怪我をしたら治せるように後ろからついていく。
娘達は何匹もの使い魔が四方八方から襲いかかってくる事、特に頭上からくる鋭く尖った噛みつきや黒く硬そうな爪に、戸惑うものの冷静に退治していく。
返り血を浴びないようにするのは、全く無理だった。使い魔達が地面に倒れてく度に娘達の身体は返り血で赤く染まってく。
ゼリーは戦ってる娘達に気になった事を言い、やがて点数を言い始める。
「リカヒ、振り回さずもっと刺す事を意識」
「ウォッタ、大振りし過ぎ。三十点」
「フィア、まだ生きてるぞ。トドメをしっかり」
「トゥリ、その斬り方でいいがすぐ次に倒す敵を意識しろ」
「チッツ、足元を気にし過ぎ。無意識に意識しろ」
ガーリーだけやる事がない。燃やしたくなる気持ちが強くなるだけ。二、三匹ほど炎のオオカミを産み出せば簡単に倒せるのに。と思いながら娘達を見守る。
ルッカは馬に櫛を当てながら、使い魔達の鳴き声や断末魔の声を聞いていた。
ルッカはチラチラと双子を盗み見る。双子は膝をついて地面を掘ってる。何かを探しているみたいだった。ずっと見てるとやはり双子は振り返り見つめ返す。そのつど赤い目がフードの中で光る。
ルッカは馬車の中の荷物から黒い丸眼鏡を二つ探し取り双子に近寄る。ルッカが近くに来る前に二人ともスクッと立ち上がりルッカを見た。
「こ、これ。大きいけど」
ルッカは黒い丸眼鏡を差し出す。が、双子は黙って立ってるだけ。
「あ、あげるよ」
ルッカは言った。馬車に乗るまでは娘達に何か売れたらいいな。と持ってきた売り物の一つだったが、あげる。と言ってしまった。
「こ、これ、鉄を火で加工する時に使う眼鏡なんだ。これなら目が隠れるかな。と思って」
ルッカは黙ったままの双子に困惑して説明にならない説明をした。
クロが二つの眼鏡を取り一つヤミに渡す。二人して黒眼鏡をかけお互いの顔を見つめ合う。ヤミがしゃがみ何かを掴み、ルッカに渡す。ルッカは手を差し出す。渡されたのは小さな丸まった虫と、何かの幼虫だった。
「お腹壊したらこれ二つ一緒に噛まずに呑み込むとすぐ治る」ヤミは言い「お金ないけど、借りは作りたくない」とクロが言った。
「あ、ありがとう」
ルッカは答えた。双子の冗談とは思えなかった。でも、
(これ呑んだら余計お腹壊すんじゃないかな)
手の中で這い回る虫を見ながらルッカは思った。
突然、双子がルッカ目掛けて投剣を投げた。投剣はルッカの顔の横を通る。ルッカが後ろを振り向くと使い魔が二匹、羽をバタつかせて地面に転がっていた。
ガーリー達から逃げ出してきた使い魔二匹。
「そろそろ終わる」
クロがルッカのそばを通りそう言い、殺した使い魔達の身体から投剣を抜いた。
ルッカは空を見上げた。何匹も逃げ出してる使い魔が飛んでいた。
フィア達の足元、そして使い魔達の巣の周りにはたくさんの使い魔の死体が転がっていた。
ガーリーより低いが娘達より大きい使い魔が二匹、娘達を睨んで威嚇している。この二匹がこの巣の主。二匹とも二本の錆びた剣を持っている。剣を使えるのは知能のある使い魔。
チッツが弓を射るも避けられる。
「最後だからって気を抜くなよ。足元も気をつけろ」
ゼリーは言うが娘達は息を切らして返事がない。
「剣も切れ味落ちてるからな。服は捨てるから服で血を拭え」
ゼリーの言葉に娘達は服で剣を拭い再び構える。
「噛み付くし、尻尾にも気をつけろ。賢いから今までのと違うぞ」
ようやくリカヒだけが返事をした。
「腕も足も重いだろうが頑張れよ」
ゼリーは励ます。
使い魔と娘達は同時に駆け出した。
あっけなく二匹を無事に倒す。トゥリが突然、泣き出した。よほど緊張していたのだろう。ガーリーは血が付くのを気にせずトゥリを抱き抱える。
誰も大きな傷は負わなかった。
「さて、お宝を探しますかね」
ゼリーの言葉に娘達の顔に笑顔が戻った。
大きな木の下に何個もの穴がある。
魔物達は光り物を集める習性があり、巣の奥に隠してある。銀貨や金貨。宝石もある。使い魔が街から街へ商いをする商人や人間を襲うからだ。時にはとんでもないお宝がある時がある。
ゼリーが巣の中に潜り込み宝を探す。その間に娘達は馬車に戻り、汚れた身体を洗う。ルッカは、脱ぎ始めた娘達を見ないよう、馬車から離れる為、使い魔の巣に行った。
濃い血の匂い。使い魔のおびただしい数の死体。ルッカはどれも見るのが初めてだった。
父の言う貴重な記憶になる。の言葉がやっと分かった。それよりも、この数の使い魔をあの女の子達だけで倒した事が信じられなかった。
商人が街に向かう途中にこの数に襲われたら、間違いなく全員死ぬ。全滅した事は何回も聞いている。
ゼリーの集めた宝。ルッカには大量の宝に思えたがガーリー達は集めた宝を見て、こんなもんだな。と普通だった。
ルッカは、商人よりも使い魔の巣を退治をした方が金持ちになれると思った。
戦った娘達の誰もが手の平を痛がった。
「ずっと力を入れ過ぎたせいだ。攻撃をまともに受けるな。受け流すように」
ゼリーは次々と難度の高い要求をする。娘達は威勢のいい返事をする。
まるで戦士の育成だ。とルッカは思った。
事実その通りだった。
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