生け贄


粗野な振る舞いの名前はガーリー・ストライク。記憶を対価とした魔法を惜しげもなく産み出す魔法使い。

黒いスライム状の名前はゼリー。神と離別した神。


………


「とりあえずコレをなんとかしなきゃ」

ゼリーの言葉。赤ん坊から香ばしい匂いが漂い始めてる。ガーリーも気付いていた。


「服は?お湯は?」

ゼリーの言葉にガーリーは、やりたくかいから黙ったまま。沈黙を破ったのは一人の赤ん坊の泣き声。他の赤ん坊達も目覚め泣き出した。七人の大合唱。


「あぁもう!ゼリーは服を。俺はお湯を」

ガーリーはたまらず叫ぶ。叫ばないとならないほど赤ん坊達の泣き声は大きかった。


ガーリーは台所から大きな鍋を探しだし、汲み井戸のそばで水の呪文を唱える。井戸の中の水が動き出し小人の姿になる。鍋の中で暴れさせて洗った後、二階まで持っていく。

「こういう魔法の使い方をしたくなかったぜ。次は温めるのか」

ブツブツ文句を言いながら炎の呪文を唱え、水の中に炎の小人を入れる。水が暖かくなり炎の小人を消す。


「さてと、取り替えは?」

ガーリーはゼリーにやらそうと掴む。ゼリーは指のあいだからスルリと抜け出す。

「おいらやった事ないもん」

「俺だって」

「下に死んでる尼さん居たぜ」

ゼリーの意見にガーリーは賛成し下に降りる。霊安室。干からびてる尼さんの死体三体に蘇りの呪文をかける。モゾリと死体が立ち上がる。

「赤ん坊の世話を」

ガーリーが命令する。一体だけユックリと歩き出す。立ったまま動かない二体の魔法は解き死体へ戻す。死体は経験した事しか出来ない。


「もっと年寄りを選ばないと」

「分かってるよ」

ガーリーは年寄りの死体に魔法をかけた。三体がフラフラと二階へ歩きだす。


「祝福されてるからどうする?」

祝福は闇を遠ざける光の魔法。蘇りの死体は闇の魔法。

「弱ったら回復させるさ」

ガーリーはゼリーに言い赤ん坊達の祝福を解呪した。


干からびた尼さんが赤ん坊を抱き抱える。

「ヨダレが垂れてる」

「赤子だから仕方ないだろ」

「違う。尼さんの方だ」

ゼリーは慌てて尼さん達の口に布をあてた。尼さんのヨダレが危うく赤ん坊の顔にかかるところだった。ゼリーはそのまま布を尼さんの口に巻きつけたが、尼さんの顎が取れた。


「全然使えん。骨でないと」

「なんだよ。やり直しかよ」

尼さんを引き連れ再び地下に戻り、散らばってる骨に魔法をかける。骨は組み立てられ数体のスケルトンになる。

ゼリーが伸ばした触手でスケルトンの身体に布を巻く。


「ヤギかヒツジの乳が必要だな」とゼリー。

「お湯が全然足りないぞ」とゼリー。

「骨も役に立たない。人間でないと」とゼリー。


「うるさいな。やるよ。やりゃいいんだろ」

ガーリーは乱暴に歩いて水を取りに行った。

結局ガーリーとゼリーがオムツが取り替え、赤ん坊が泣き疲れて眠りに就いたのは朝方だった。


「俺は寝るぞ。夢を見なきゃならん」

「飯は?」

「起きたら食う。夢の方が大事だ。なんかあったら遠慮なく起こせ」

ガーリーはそう言い横になった。ゼリーは睡眠も食事も要らない。


ガーリーは寝入るとすぐに夢の世界へ入る。そこは、ガーリーが住んだ事もない不思議な世界だった。


灰色の土の巨体な建物。硬く固めてある地面。色々な大きさの鉄の車。精霊や炎ではない色とりどりの明かり。人間が驚くほど多い。そしてところどころ黒く塗りつぶされてる。反射して写るガーリーの顔も身体も黒く塗りつぶされてる。ゼリーが人型になったかのように。


ガーリーの声は人間に届かない。近くの人間にガーリーが空気になったかのように触れない。いつも幽霊になったかのようだと思う。


ガーリーが寝ると見る夢。この夢の記憶を対価に魔法が使えてるとガーリーは信じている。


日が出かかる時間に泣き声で起こされる。泣き疲れて寝入った赤ん坊達が乳を欲しがって起き出した。


「ヤギを買いに行く」

ガーリーは目をこすりながら言う。

「あと掃除婦も必要だ。こんなに埃まみれだと赤子に悪い」

ゼリーが言った。赤ん坊の泣き声は止まらない。ガーリーは眠りの呪文をかける。

「子供に闇の魔法かけるなよ」

「仕方ないだろ。今回だけだ」


「次はヤギか」

ガーリーはボヤきながら村へ買いにダラダラと歩き出す。


「急げよ。赤子達が可哀想だよ」

部屋の窓にいるゼリーの声にガーリーは悪態をつく。

「なんで俺が使いっぱしてるんだ」


ガーリーは朝露で濡れたローブを気にしながらも村へたどり着く。朝方だと言うのに村人は起きていた。ヤギを買ったあと、人を雇う為に宿屋に入った。

宿屋兼飯屋兼酒場。村長でもある店主の娘のジニーがいた。

「ガーリー、今度は何するつもりなの」

手に腰をあてて笑いながら言う。小さな村なので村はずれの修道院にガーリーが向かった事はもう知れ渡ってる。


「大した事じゃない。掃除婦やる人はいるか?あとヤギを運んでくれる人も。銀貨五枚出すぞ」

「どこまでじゃ?」

朝飯を食べてる爺さんが答えた。

「修道院まで」

ガーリーの答えに爺さんは何も答えず、鼻を触り唇に手をあて額にあてて、再び飯を食べ始めた。厄災除けの仕草。


ガーリーは鼻を鳴らし、大声で言った。

「修道院まで荷物運びするヤツいるか?銅貨五枚だ。掃除婦も探してる。よし。銀貨一枚だ」

ガーリーは飯を食べてる他の男達を見渡すが、誰もが厄災除けの仕草をした。


「ケッ、弱虫が」

ガーリーの悪態にジニーが、「金貨二枚であたしがやってやるよ」と言った。


ガーリーはジニーの言葉を無視し、表に出て大声で呼びかける。道行く人々は立ち止まるも再び歩き始める。


「だから、あたしがやるよ」

ジニーの手を差し出しながらの言葉に、ガーリーはため息を吐いて金貨を二枚差し出した。


ジニーはガーリーの買ったヤギを引き、その後ろをガーリーが付いていく。


「で、何してるんだい?ヤギは生贄?」

「子供が腹を空かせてるんだ」

「ハッ。ウソをつくならもっとマトモなウソをつきな」

「ホントだよ。夜中から泣いてたまらん」

「なんで村に連れて来ないんだよ」

「人間もいるが他にも居るんだ」

「一人じゃないのかい?」

ジニーは振り向いて言った。ガーリーは疲れた顔でうなづく。

「何人だい?」

「七人」

「信じらんないね。七人もいるなら一頭じゃ足りないよ。あんた子供育てた事ないの?」

「お前はあるのかよ」

「弟達を育てたわ」


「もっと小さいんだよな」

ガーリーは呟いた。


「なんか言った?」

「なんにも」

それからガーリーは、ジニーの悪態を無言で受け流した。


修道院。眠らせたはずの赤子達の何人かの泣き声。魔法耐性に強い種族がいる。


二階の赤ん坊達をジニーに見せる。ジニーは驚いて、

「エルフじゃない。それにホビットに…この子ドルイド?」

床に散らばってる骨や死肉にも気付いて言う。

「ひょっとして死人に面倒見させてた?信じられないわ」


「いくらでも払うから面倒見てくれ」

ジニーはガーリーの言葉に答えず、

「ゼリーは?ゼリーはどこよ?」

「ここにいるよ。悪いね。面倒を頼むよ。おいら疲れたよ」

床にとろけて伸びてるゼリーが答えた。

「あんたがついててこの低落はなんなのよ」

「これでもおいら随分頑張ったんだぜ」

ジニーに言いながらも、ゼリーはジニーに分からないように細い触手を伸ばしガーリーに廊下に出るよう促した。


「水を汲んでくるよ」

ガーリーの言葉にジニー。

「この散らばってる骨も戻しといて。早く」


ガーリーは骨を拾い下に降りる。ゼリーがガーリーの耳元で囁いた。

「大変だぜ。あの扉開くのに赤子が必要なんだ」

「どう必要なんだ?」

「見りゃ分かる」

ガーリーは糸のように細くなった触手のゼリーと地下の床の扉へ。ガーリーはしゃがみこみ調べる。扉の床には六つの手形があった。


手形がそこそこ大きいのを知ったガーリーは立ち上がり天井を見上げた。

「何歳の手形だ?」

「さぁ。少なくとも五歳かそれ以上だな」

ガーリーが「誰が五歳まで育てるんだ?」と言った時にゼリーはジニーにバレて引っ張られた。


一人になったガーリーは再びしゃがみ、手形に触れる。確かに鍵穴と六つの手形。すさまじく強力な魔法。この中にあるのは神と崇(あが)められてる世界樹に関係あるはず。それ以外考えられない。この世界を創ったと云われる神。


知りたい。ガーリーのその思いが目に宿り、目が見開く。

「知りたい。知りたい」

ガーリーの思いは口にも出る。ガーリーは立ち上がった。絶対にこの魔法を知る決心をした。




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