始まりは修道院

部屋の真ん中。魔法陣が記された床の上に棺の箱。ガーリーは解呪の呪文を唱える。カチリと鍵の外れる音。箱を開けた。


中には赤ん坊がいた。それも一人ではなかった。


ガーリーは箱をそっと閉めた。


「おいおいおい。何で閉めるんだよ」

ゼリーが慌てて言った。

「赤子だぞ。それもたくさん。見なかった事にしないか?とてもじゃないが、面倒見切れないぞ」

多少の罪悪感があるせいか、ガーリーは小さな声で言った。


これがガーリーと彼女達の初顔合わせだった。


………


数刻前。

夕暮れには早いが、森の中は薄暗い。意思を持った黒い細い糸が森の奥へと地面を這いながら進んでる。ガーリーは、その動く黒い糸の後ろを見失わないようについていく。黒い糸はガーリーの相棒[ゼリー]


この細さだとだいぶ先の方まで伸びているのが分かる。やがて黒い糸の動きが止まった。


「おい、ゼリー。見つけたんだな」

ガーリーは声をかけた。聞こえてるはずの黒糸は無言のまま。ガーリーは早足で進む。やがて糸はだんだんと膨らんで太くなり、小指程の太さになると、ゼリーの声が出た。


「修道院だ」


今度はガーリーが答えず歩き続ける。軽い息切れ。


「歩いただけで息切れか。運動は必要だぜ」

「俺は戦士じゃないからな」

ゼリーの軽口にガーリーは答える。ゼリーはどんどん縮み集まり、丸い黒い粘液状の玉になった。ガーリーの肩に器用に乗るとダラリと崩れた。ゼリーの身体はスライムそのもの。


目の前に修道院。一目見て何年も住んでないと分かる寂れた屋敷。大カラスはもちろんだが、使い魔達もそこそこ居る。人村のそばでも、人間が近づかなければ、魔物達は住み始める。


「攻撃してこないところを見るとくたばったかな」

ガーリーは笑って言った。

「探索が先だからな。すぐに魔法使うな……」

ゼリーが言い切らない内に、ガーリーは肩のゼリーを掴み、修道院の二階の窓めがけて投げた。


「ゼリー、行って来ーい」


ゼリーは窓に当たる直前、フワッと身体を広げ窓にぶつかるのを防ぐ。ゼリーは怒りながらも、窓の隙間からヌルリと入った。


ガーリーは辺りを見渡す。日が落ちる寸前。暗くなるにつれ、使い魔達が騒ぎ出す。ゼリーが戻って来るのを待ち切れず修道院のドアを開けた。


中は静かで薄暗かった。魔素も濃かった。誰も踏み入れてない場所。お宝か何かある予感が胸から溢れる。ワクワクしてくるガーリーは炎の呪文を唱えた。


「炎の精霊よ我の元で集群し[火炎]となりて創産せよ」


ガーリーの目の前に炎の小人が産まれた。

炎に揺らめくガーリの影が大きく壁や階段に移る。


「ゼリー」

ガーリーは声を出すと二階からゼリーが、頭に落ちてきた。ガーリーが少し慌てる。


「ビビらせんなよ。危うく魔法使うとこだったろ」

「殺気がなかっただろ。アイツは抜け殻だ。ここはけっこうな場所だぞ。二階に封印してある箱がある。地下には魔法がかかってる扉だ」

「よし、俺様の出番だな。任せろ。どこだ?」

ガーリーはこの屋敷にとんでもない事がある予感が確信に変わった。盗人などどうでもよくなった。


ニヤつく。


「まずは地下だ。魔素が濃いぞ」

ゼリーは言った。

「一応唱えておくか」

とガーリーは呪文を唱えた。


「光の精霊よ。我の元へ集群し闇を妨げ守保せよ」

目に見えない膜がガーリーを覆う。

「もう一個唱えておくかね」


「光の精霊よ我の元へ集群しガーリー・ストライクの毒、困惑を退守せよ」

毒素や麻薬を身体に通さない防御系の呪文の一つをガーリーは唱える。


「呪文唱えなくても産まれるじゃん」

ゼリーが言う。

「余裕がある時は唱えておきたんだよ。記憶が無くなるかもしれんしな」

ガーリーが答える。


地下室に繋がる石階段を降りると、二つの部屋。その奥に敷物で隠してある小部屋。その床に扉。扉の向こうは更に深い地下室か地下通路へ通じてるのだろう。


床の扉にはガーリーの知らない呪文が書かれていた。開かない。


「ゼリー分かるか?」

「分からない」


ガーリーは解呪の呪文を唱える。

「光の精霊よ我の元へ集群し謎を霧散し消除せよ」


開かない。


「けっこう強い魔法か?」

ガーリーは信じられない口調で言う。

「闇じゃないんじゃない?」

「光か?アラタの神よ。封印しめしソナタの心を解放せよ」

ゼリーの、待て。の声と同時にガーリーは解呪の最高呪文を唱えてしまった。が、扉はピクリともしない。


「何その呪文?」

ゼリーが聞く。

「適当だよ」

とガーリー。


「ガーリーでも無理なんだな」

「床をぶち抜くか」

「無理だね。壊したらまるごと消えると思う。対価が違うんだ」

「ムカつくなぁ」

「鍵穴あるぞ。鍵を探せって事か」

「早く言えよ。無駄に魔法使ってしまった。タダじゃないんだぞ」

「だから待てって言ったじゃん」

「アイツが持ってる?」

「ダメだね。抜け殻だね」

「どれだけの魔法を使ったんだ?」

「見に行くか?箱も二階にあるし」

「当然」


ガーリーとゼリーは二階へ向かった。


二階の通路の奥隅に男がうずくまって座っていた。目は虚ろで抜け殻だ。


ガーリーが声をかけるも、返事もしないし怯える様子もない。


「なんで抜け殻になったんだ?」

ガーリーは久しぶりに抜け殻を見た。記憶が全て無くなると抜け殻と呼ばれ、泣く事すら分からない赤子以下の存在となる。


その男はガーリーの高価な宝石が入ってた箱を盗んだ男だった。箱を開けるには強力な解呪魔法を使う。だが、その魔法を唱えられたほどの男が抜け殻になったとは思えない。他に呪文を使ったのかもしれない。


この世界には魔法がある。どの魔法を使うにも対価が必要で、ほとんどの対価は[記憶]を使う。それ故、魔法は王族から農民まで誰もが呪文を知れば使う事が出来るが、使う人は少ない。


ガーリーは躊躇せず使う。ガーリーの記憶は何故か減らない。減ってはいる。幼少の頃や家族の記憶は無いからだ。


では何故?


おそらく夢の記憶が対価になってる。とガーリーは結論した。ガーリーが見る夢は全て現実味があった。


ゼリーが触手を伸ばし男の服の中を隅々まで探す。盗まれた宝石を取り戻す。

「これしかないね」

触手を戻しながら言った。

「解呪の魔法だけで抜け殻にはならない。他に何の魔法を使ったんだ?」

ガーリーは宝石よりも、好奇心を刺激されてる部屋を次々と開けていく。


一番奥の大きな部屋の真ん中に大きな黒い箱。棺桶に似ていた。

あの男と関係あるのか?とガーリーは思った。


箱の下の床にガーリーの知らない魔法陣が書いてあった。


「まだまだ魔法はあるんだなぁ」

ガーリーはこの魔法が何なのか知りたかった。この世界の魔法全てを自分のモノにしたかった。今では、自分が知らない魔法がある事を許せないとすら思ってる。


「おかしいな?祝福されてるぞ」

ゼリーが言った。箱には魔や闇を避ける祝福の呪文が書かれてあった。

明らかに闇の魔法を使う雰囲気なのに光の魔法が。


ガーリーは解呪の呪文を唱える。カチリと鍵の外れる音。ガーリーは箱を開けた。

中には赤ん坊が入っていた。それも一人ではなかった。


ガーリーは箱をそっと閉めた。


「おいおいおい。何で閉めるんだよ」

ゼリーが慌てて言った。

「赤子だぞ。それもたくさん。見なかった事にしないか?とてもじゃないが、面倒見切れないぞ」

見て見ぬふりをしようとする罪悪感のさいかガーリーは小さな声で言った。


「お前ひどすぎるぞ。頭おかしくなったのか?」

反面、ゼリーの声は普段より大きくなる。

「ひどいもなにも俺にどうしろと?」

「とにかく開けてみろよ。解呪したから祝福も消えたぞ」


ゼリーの言葉にしぶしぶながらガーリーは再び箱を開ける。


赤ん坊は七人。古着だが大きすぎる乳飲み服にくるまって眠っていた。ガーリーがまた閉めようとする。


「ちょっと待て。こいつは驚いた。よく見たか?」

ゼリーの言葉。ガーリーはしぶしぶと赤ん坊の顔を覗く。

「エルフか?こっちはドルイドじゃねぇか。この緑の髪は…ホビットか?」

ガーリーは言いながら思わずゼリーを見る。


「こいつはとてつもない魔法だぞ」

ガーリーは独り言のように言い、唾を呑み込んだ。


強大な魔法には大きな対価を払う。七人の赤ん坊。それも種族の違う赤ん坊を対価にする魔法。想像もつかない程の強大な魔法だ。誰が?どんな目的で?


「知りたいと思わないか?」

とゼリー。

「もちろん知りたいさ。コイツらが対価なはずだ。いったい誰が?」

ガーリーは赤ん坊を見ながら答える。

「地下のか」

ガーリーの言葉にゼリーは、多分な。と答える。ガーリーは赤ん坊達に祝福の呪文をかけた。


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