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 マールス暦482年。

 マールス紀元前は「空白の二千年」などと言われているが事実空白などではなく、単に「旧時代の遺物」という意味合いの方が強かった。


「神は宇宙てんと二つの地を創られた。初めに一つの地の森羅万象を六日かけて創造され、七日目に休まれた。残り一つの地を人々にお与えになり、人々は神の御心のまま二千年をかけてこの地を創った。

 何故神が七日で創造された地に対して、人々は二千年もの時間を費やしたのか、理由は何だと思うかね…………ファースト、零・ダム」


「それは……人間が神ではなかったからでは?」


 昨日の戦闘で腕を落とした隣人、零が顔を顰めて答える。

 零の腕は異形エネミーに食われたため、当然の事ながらいま彼の腕になっているモノは扱い慣れた右腕ではない。

 が、確実にソレは零の腕そのものだった。


 僕らの帰還後、採取した零の体細胞を元に研究所で新たに右腕のクローンを生成した。三角巾で吊されている腕にはまだ神経を通していないが、いずれ自由に動かせるだろう。

「ナイスアンサーだ」

先生が零を褒めた。

「だが、もうひとつ理由がある。──……人間が怠惰だったからだ。神の意志に背き、同種族間で戦争や争いを繰り返す人間を見兼ねた神は、とうとう旧世代の種族を一掃なさることにした。


初めの地の種族は一部を除いてその際に滅亡したと言われている。しかし、神の御心を重んじこの地に逃れた種族もいた。


それが、我々『新世代ニューセカンド』の祖である」



 *



新二番目ニューセカンドって何だよ、くそダセェ」

 講義後、零と普段のように施設の休憩室へ向かっていると、隣で思い出したように悪態を吐き始めた。


 彼の名は零・ダム。

 肩まで長い金髪を無造作に括り、双眼に宿る碧色は何処までも澄んだ蒼空のようだ。

 彼の管理番号は「1」。施設では決まって「ファースト」と呼ばれている。

「つーか何が神だよ。存在も希薄で空虚なモン、よく信じようだなんて思うよな。神なんかが居れば苦労してないっての」

「……うん」

 施設のカウンターで購入したアイスコーヒーを両手に、僕らはいつもの特等席へ向かう。

 窓際の二人掛けテーブルに腰を下ろし、何気なく溜息を吐いた。同時に僕らの周りから一人二人と人が離れていく。

 窓から見える景色は相変わらず見栄えのしない赤土色で埋め尽くされていた。


 施設を含め、マールスという名のこの地は一つの巨大なシェルターの中にある。

 一日が経つに連れて周期的に頭上に昇っては下りていく光源は擬似太陽と呼ばれ、明るいうちは昼、暗闇になれば夜と定めらていた。

 シェルターの外は「旧世代の遺物」と揶揄される異形が蔓延っており、一説によればこの地に適合出来なかった旧世代の成れの果てだったり、旧世代から送られてきた生物兵器だったりと言われている。先述したが詳しことは未だ不明だ。

 当然危険極まりないこの地で生き延びるために、新世代の礎となった旧世代の者たちは元あるシェルターの増築を始める。

 この地に逃れた際にはまだ百数人程度しか収容不可能だったらしいが、争いや食糧難を避けるためにこの482年間で少しずつ拡大していた。

 そして、僕ら人間兵器サイクロンの仕事はシェルター外にある。

 建設となれば人が集まり、人が集まれば異形が襲う。僕らの仕事は作業の邪魔をする異形を片っ端から排除することだった。

 文字の羅列に変換すれば単純明快。


「そういえば、昨日は悪かったな」

 両手が使えない零の代わりにアイスコーヒーの蓋を開けていると謝罪の言葉が降ってきた。

「全くだよ」

 僕は嫌味全開で返す。

主記憶メインメモリは仕方ないから諦めるしかないけど、記録データくらいは機体内部じゃなくて補助記憶装置ストレージに保存しててほしいな。僕は君が機体に拘る理由が解らない」

「いや〜、だってよ、身体きたいが故障する度にメインに蓄積されてる方の思出メモリが消えるの嫌だろ。仮に新しい身体に変えたとしても、俺の能力は補助記憶装置で引き継げるけど、主記憶は保存しねーからまた真っ新になって『初めまして〜』からじゃん」

「……サイクロン各位の個人データは補助記憶装置に入ってるでしょ。人間関係に不便はないと思うよ」

「ちげ────よ!」

 零が深く息を吐いて項垂れる。

 僕には零が何に憤っているのか理解が出来なかった。




 *




 施設内で行われる講義を聞く限り、新世代の科学技術は旧世代から大幅に飛躍をしているらしい。

 僕からすれば旧世代の種族の頭が悪いだけにしか聞こえないけれど。


 寝台ベッドで寝かされている、病院服に身を包んだひとりの少女と目が合う。

 緩くウェーブになっている赤みがかった金髪が、寝台の横から垂れ下がっている。

 昨日、僕が機体を滅茶苦茶にしながら補助記憶装置を取り出した彼女だった。

 正確に言えば、彼女の記録データを宿した全くの別人だけれど。

 横に立つ主治医が淡々と話し掛ける。

「トゥエンティファースト、ビアンカ。私の言葉が聞こえますか。可能ならば記録データの読み上げをしてください」

 ビアンカは上半身をゆっくりと起こして焦点の定まらないままぽつぽつと告げた。

「……あたしは……管理番号、トゥエンティファースト……ビアンカ・ヴァルタン……」

「……では、貴方の目の前にいるこの少年についての記録は?」

「…………管理番号アキ、サオ=ネルテ。身長ワンメーターシックスツー、体重シックスフォー」

「サオ=ネルテ。相違はありませんか?」

「はい」

「機体正常稼働、ウイルス感染無し、記録データ引き継ぎも成功……っと。問題ないわね、定期的にメンテナンスをするから呼ばれたら来て頂戴。あと、主治医わたしに内緒で補助記憶装置ストレージに別ファイルを作らないこと。記憶の方も引き継ぎたい気持ちは解るけど、ただでさえ人間の神経に負担を掛けすぎているんだから、保存の方に注力させると必ず機体の何処かがバグるって記録に入ってるでしょう。適合する機体があって本当に良かったわ」

「……あはは! やっぱしバレた? ごめーん先生!」

 今まで無機質な目で質疑応答をしていたビアンカが急にパッと笑顔になった。

 彼女の主治医が額に手を当てて嘆息を零す。あははと頬を掻くビアンカはその後僕にも向き合った。

「サオもあんがとね。つか、昨日? だっけ、記録する前に機体ぶっ壊れたみたいだから何にも解らないけど!」

「……後で僕の記録データの圧縮ファイル送っとこうか」

 呆れなのか安心なのか解らないけれど、僕の口からも溜息が零れた。

「それで、何処まで残ってるの」

「うーん、昨日サオと夜中にばったり会って二人でコーヒーブレイクキメたことは覚えてる」

「……それ先々週の話」

「ありゃ、マジ? ……いやマジだわ……ううん」

「……言わんこっちゃない、データベースがごちゃごちゃだ。そんなどうでも良いことまで引き継ぐ必要ないでしょ」

「だ、だって!」

「はいはい、痴話喧嘩はそこまでにしてリーダーに起動報告して来なさい。彼、ものすご──────く落ち込んでたんだから」

 そうして僕らは追い出されるように研究所を後にした。




 *




 外に出ると、忙しなく彼方此方あちらこちら右往左往うおうさおうする我が班のリーダーを見つけた。

 白い空に霞のような水蒸気の塊が風に流されている。太陽は丁度僕らの真上にあった。

「零、なにしてんの」

 若干引いたような顔をして尋ねると、何か重大な欠陥に気づいたかのような形相で僕らの方に向かってくる。

「サオ! ビアンカは大丈夫だったのか」

「……その報告」

 僕の隣に立つ少女が「よっ!」と右手を上げた。

「はーんちょ、只今ただいま起動しましたよん!」

「……お前、ビアンカ?」

 見慣れない顔に零が目を丸くする。

「はーい! 新しい機体で〜す」

「確かにビアンカだな……あ〜良かった! お前滅茶苦茶な奴だからちゃんと神経が繋がる機体があって良かったぜ。今生の別れまで覚悟したもんだ……。昨日のことは覚えてるのか?」

「勿論なーんにも覚えてません! 班長こそその腕どうしたの?」

「食われたんだよ、まったく本当に大変だった」

 そう言って溜息を吐く零は、何処か嬉しそうに笑っていた。

 同時に僕の腹の底で不快な音が響く。

 真上の太陽は昼の合図。

 生物は定期的な食事を行い、自主的にエネルギーを補填しなければ勝手にシャットダウンしてしまうらしい。つくづく面倒だ。

 こんなところでエネルギー切れなんか起こしたら一大事だと、僕は二人の袖を引いてぼそぼそと呟く。

「……そんなことより昼ご飯食べに行こうよ。僕お腹空いたんだけど」

 僕よりも幾らか背の高い二人が振り返って「アイサー!」とにこやかに応えてくれた。

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