冒険
またあるとき、わたしは杜宇吉を誘って山の奥地に探検に行った。涼しくて森の匂いがして、木漏れ日が風に揺れる。今日は誰も行ったところがないところまで行こうと、わたしたちは汗が頬を伝ってぽとりと落ちるまでずんずん歩いた。
「ひなのちゃん、あまり遠くなると帰れなくなるよ、そろそろ戻ろうよ」
「もう少し、なにか見つかるかもしれないじゃない」
「でも迷子になったら__________________」
杜宇吉ってば臆病すぎだよ、口を開いたものの、口をついて出たのは悲鳴だった。杜宇吉の方へ顔を振り向いているうちに、わたしの足は崖近くへ、そして獣道を踏み外していたようで、足が滑って体が浮遊したような感じがした。
「ひな____________!」
差し伸べられた手を傾いた体で一心に掴んだ途端、杜宇吉の体も一緒に傾いた。まずいと思ったのも遅く、わたしと杜宇吉は斜面をごろごろと転がって落ちてしまった。
着物は泥だらけで枝が引っかかって切れたりほつれたりして大変なことになり、すりむいた肘や膝が痛い。隣を見ると、幸いにも杜宇吉も無事のようであったが、その顔は今にも泣きそうに歪んでいた。
「ひなのちゃん、ぼく、帰ろうッて言ったじゃない」
「ごめんってば……あら、ねえとう吉、あっちに沢があるよ。行ってみよう、少しなら歩けるでしょ」
と半泣きの杜宇吉の腕を無理やり引いて小川に連れて行き、手拭いを濡らして泥のついた顔を拭ってやった。すると杜宇吉が、あっと声を上げるので彼のめが追う先を見やるとそこには白いきつねがいる。小川を飛び越えてそのきつねを追うと、きつねはぴょこぴょこ跳ねるように、豊かな白いしっぽを揺らして逃げて、しまいには見えなくなってしまった。
「ねえひなのちゃん、あれ神社かな」
杜宇吉の指差すさきには鳥居が見え、近づくとそれはやっぱり神社だった。相当に古いもののようで、看板に彫られた文字もすりへって読めず石段には苔が這うように生えていた。わたしたちはここを勝手にきつね神社と呼ぶことにした。
「見つかったね、静かで素敵な神社」
「これでこそ崖から落ちた甲斐もあるってもんね」
「もう落ちたくないよ……痛いもの」
「それはわたしだってもう御免だけど……ってあれ……!さっきのきつねじゃない」
「待ってよひなのちゃん……!」
わたしは特にそのきつねを捕まえてどうしようなんて思っていなかったけれど、今度こそ捕まえられるような気がして全力で追いかけた。杜宇吉の慌てたような足音が追いついて来る。もう少し、もう少しで指先がその白いしっぽに触れる。
その瞬間、あたりが白い光に包まれた。
いつの間にかわたしたちは山の外に出ていて、目の前には目に馴染んだ田舎町と穂波が広がっていて、さっきの白い光というのは急に明るいところに飛び出したために目が眩んだのだと分かった。しかし、あの白いきつねだけが見つからなかった。
次の日、あの神社にもう一度行こうと、昨日出てきたところから山に入ってみたが、一日歩き回ってもとうとう、きつね神社は見つけられなかった。
まるで朝の霧に溶けてしまったみたいに、昨日と今日をまたぐ間で消えてしまったのかもしれなかった。
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